書くこと、賭けること

どうもはじめまして。スロ小説家のブログです。

すべての書かれたもののうちで私が愛するのは、自分の血で書かれたものだけだ。
血で書け。そうすればきみは、血が精神であることを経験するだろう。

フリードリヒ・ニーチェ 永井均訳
「ツァラトゥストラはこう語った」
読むことと書くこと、より

日記

闇を光で照らすのさ


8/23
夏休みの宿題2016


ほんの8年前、おれは缶ジュースを買うことすらできなかった。

精神と時の部屋」時代。

その頃書いたものを読み返すと、正直ポカンとしてしまう。以下は8年前の今日の日記。


     「風に吹かれて」


 二〇〇八年、八月二十三日、午後二時五十六分
 

Right up the darkness.「闇を光で照らすのさ」と、ボブ・マーリーを評して「アイアムレジェンド」というゾンビ映画の主人公は言った。悪いやつは毎日休まない。だから俺は怪我をしていても歌うんだとボブ・マーリーは言った。もちろん何が正しいのかなんて、誰にもわからない。


 音楽について、考えている。僕たちが生まれる前、1970年代くらいまでは音楽は世界を光で包んでいたように思う(嫉妬だろうか?)。ボブ・マーリーは僕が生まれた次の年に死んでいる。ボブ・ディランも、ザ・ビートルズも、ロックもテクノもヒップホップも、すべてはポップの渦に呑み込まれてしまった。

 友よ、答えは風に吹かれていると、ボブ・ディランは歌った。1990年代、小室哲也はあの膨大な作品群の中で何が言いたかったのだろうか。空前絶後のヒット曲群を残して彼も消えた。


 風が吹いた後、残るものなんてほとんどない。ほとんどのものはどこかに吹き飛ばされてしまう。風が吹いた後、僕たちには何が残されているだろう。風とは何だろう? 果たして僕は文章でそれを表現しきることができるだろうか? 何にせよ、今の僕には音と言葉しかない。

 

この日のおれ(僕)は何が言いたかったのだろう? ふたりのボブの音楽(ムジカ)をおれは知っているんだぜ、と自慢したいのだろうか?(誰に向けて?) それとも風についての考察か? 仕事をクビになったことを風にたとえている? スカシた野郎だ……。つうか風が吹いた後、の後の文章が鬱陶しい。「残るものなんてほとんどない」「ほとんどのものはどこかに吹き飛ばされてしまう」そりゃ残らんだろ。「ほとんどほとんど」うるさいし。重複は小役とボーナスだけにしてくださいね。ともあれ、ひとりよがりなことは間違いない。語ること、書くことは、ある経験を翻訳することである、とメルロ=ポンティは言った。

音と言葉しかないのは今も同じ。

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お金がないときに見えたモノ

8/22
夏休みの宿題2016

缶ジュースを買うことすらできない時代があった。ほんの八年前のことだ。本を読む。音楽を聴く。文章を書く。以外にできることはほとんどなかった。飲みにいくのは常に他人の金だった。

社会的接点を絶たれたうえに引きこもったりなんかしたら、まず精神がおかしくなると思った。そこで二つの決まりをつくった。

1、節制する。

2、体を動かす。

幸い、当時住んでいたマンションの近くを流れる川には歩行者専用道路が併設してあって、そこがジョギングコースになっていた。そこを走ることにした。最初は1日2キロくらい。そのうちに3キロ、4キロ、と増やしていった。

社会から転落したのを期に、ワンデイコンタクト装着者からメガネマンに転生していた(今はメガネマンとコンタクターの二足のわらじ)。当然、走るときもメガネ姿。怖いからだ。しかし見える恐怖もある。桜並木が途切れる場所に、一本の松の木があった。立派な松だ。その松の木の芽が、おれに向かって中指を突き立てているように見えるのである。最初は気のせいかと思った。しかしまじまじと見ても、やはり中指にしか見えないのだ。一本の松の木から、何百ものファックユー。

ミー?

頭をぶんぶん振りながら、走り去ることにした。ジョギングコースをもう一周。やはり松の木はおれに向けて中指を突き立てている。

「おまえみたいなもんが走るて」

「無職やってw」

「缶ジュースも買えへんねんてwww」

頭を振った。松の木にバカにされることに耐えかねて、メガネを外して走るようになった。いくら弱視といっても人にぶつからないくらいの視力はある(たぶん)。メガネなしで走ってるうちに視力上がるかもしれないしね。そんな生活がしばらく続き、ある日、エウレカセブンの推定設定6を打つ機会にめぐまれた(そのことはどこかに書いたと思うのだけど、どこに書いたかは忘れてしまった)。ともあれ、10万以上勝った。

翌日、いつものように走りに出た。

松の木がいつもと違うように見えて、目をこすりながらポケットの中のメガネをかけた。松の木の芽はよくやったと親指を上げているように見えた(サムズアップ)。おれは松の木めがけてピースを返す。

そしてメガネを外し、走り出した。とてもよく晴れていたのを覚えている。
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精神と時の部屋時代

精神と出玉の関係

8/21
夏休みの宿題2016
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イライラしているときはスロットで勝てない。そんな気しない? するよね。

事実、イライラしているときにスロットで勝つと、勝ったことでイライラの何%かは解消される。しかしイライラしているときにスロットで負けるとますますイライラする。イライラするからスロットを打つ。負ける。イライラする。打つ。負ける。完璧だ。刺身と酢飯のように完璧な組み合わせだ。まいった。

ただし、これは純朴な感情論に過ぎない。ニキビがお似合いの幼稚なロンリである。ロンサムボーイ。実際問題、イライラは持続しない。持続しない現象の頭と尻尾だけをとらえて「イライラ」捕まえたり、とは片腹痛い。

イライラとスロットの勝敗の因果関係を正確に測定するには、イライラを測定可能なものに変換しなければいけない。イライラの原因はどこにある? もしかしたらそれは精神の病かもしれない。甘えかもしれない。寂しいだけかもしれない。イライラの原因はわからないことが多い。だからイライラするのだ。けれど、少なくともこれだけは言える。スロットで勝ってハッピー、負けてファッキン、というのはただのワガママである。

そもそも、勝利、敗北のラインは台風下の海面に浮かぶ小さな船のようにたゆたっている。勝つと嬉しい、負けると腹立たしい。その赤子のような認識を変えなければいけない。世界はおれの頭で理解できるほど単純にはできていない。だから勝ったくらいで浮かれない。負けたくらいで落ち込まない。

暫定的な結論。イライラとスロットの勝敗を結びつけるのは甘え。
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制約と誓約

8/20
夏休みの宿題2016
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何でこんなにめんどくさいんだろう。

メンドクサイ。ほとんどすべてのことがめんどくさい。起きるのがめんどくさい。掃除がめんどくさい。飯を食うのがめんどくさい。外に出るのもめんどくさい。そのうち息を吸うのがめんどくさくなりそうだ。面倒を感じるのは脳の機能。これをするにはこれくらいの労力がかかる。その試算。

文系とか言いながら、ガッツリ計算してるやん。その打算的な思考回路に腹が立つ。面倒式計算法。正味の話、そんな計算は時間のムダだ。甘え、愚痴、その類だ。ゆとりの国のゆとり人間にだけ発症する病魔なのだ。したいことがある。そのためには、すべての甘えを王国から追放せねばならぬ。

メンドクサイを無効化するには習慣にするとよい。人間の体は従順な犬に似ている。それをしなければ気持ち悪い、というところまで持っていけば彼の出る幕はない。ただし、サボることもまた習慣化する。よし頑張るぞ、と思うことが気持ち悪い。メンドクサイの支配下。三日坊主のゆえである。

おれはよい小説が書ければそれでいい。今月は少しばかりスロットを頑張っているけど、それにしたって頑張れば月に200台くらいは打てるんだ、ということを自分に証明したいだけだし、ひいてはこの先に待ち受ける執筆の時間のためである。

おれは普通の生活を差し出す。後ろ指をさされる道を行く。その結果、何を得られたとしても、得られなかったとしても、すべては自分の選択したこと。
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ねだるな勝ち取れ、ビビるな投げ込め

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8/19
夏休みの宿題2016

試合を〆るピッチャー(クローザー)の精神ってどうなってんだろう、といつも思う。1点勝ってる状況での9回裏2アウト満塁、3ボール、みたいな状況で投げるときの精神は。

負けてるときは攻めればいい。というか攻めるしかない。が、勝ちという報酬がちらついていると、精神はとたんに精神と肉体を連結させる通路に鍵をかけてしまう。至近距離の1打を沈めれば勝利というゴルフのパッティング。後1球のビリヤード。ラスト1投のダーツ。それらはイップス(運動障害)の温床である。いったい何人の優れたアスリートが自分のかけた鍵のありかがわからずに引退に追い込まれたことだろう。

ピッチャーの場合、味方といえど、野手は何も関与できない。少なくともボールを投げるという動作に関しては誰も助けてくれない。すげえなあ、と思う。

が、だ。他人の話、自分の話、と分けてしまっては学びがない。

「書くこと、賭けること」のこと。ただ稼動して、それを記録して、それで? アクセスを集めるために大仰な言葉を使って煽ってそれで?

置きにいった文章なんて面白くもなんともない。ピッチャーすげえと礼賛してる場合じゃない。おれだってそこに投げ込まねば。ストライクゾーンギリギリを目がけて。持てる力を込めて。
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作者 寿
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ふと思う。スロ歴ってどれくらいなんだろう? 今年で20年? そんな経つ? ピーいれたいね。スロットばっか打ってるわけじゃなくて、普段は小説書いてんすよ。ちっとも売れないけどね。つうか売ってないしね。けどこのブログだと読めんすよ。フォウ!

ブログポリシー「my rights sometimes samurai!」
当ブログは、寿という人でなしが小説を書くなかで、
また、スロットを打つなかで、
はみ出たものを一所懸命につづったものです。
基本的に毎日更新してはいますが、
毎朝グビグビ飲めるというほどあっさりした、
また、健康的な文章ではありません。
油ギトギトのラーメンというほどではないと思いますが、
胸焼け、食あたりを起こす可能性がある由、ご留意くださいますよう。

また、コメントは大歓迎です。
引用ももちろん大歓迎ですが、引用元の記事を明記していただけると幸いです。
それでは今日もはりきって行きましょう! どこへ? パチンコ屋へ。
1日1回のポチを。
血がたぎります。

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