書くこと、賭けること

どうもはじめまして。スロ小説家のブログです。

すべての書かれたもののうちで私が愛するのは、自分の血で書かれたものだけだ。
血で書け。そうすればきみは、血が精神であることを経験するだろう。

フリードリヒ・ニーチェ 永井均訳
「ツァラトゥストラはこう語った」
読むことと書くこと、より

日記

恋の季節


肉体を殺すことが出来ても、魂を殺すことが出来ない者を恐れるな

イエス・キリスト

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覚えておられる方もいるだろうが、1991年の今ごろ、東京で世界陸上が開かれていた。家族はみんな、カールルイスを見るといって(今はなき)国立競技場に出かけていった。このときカール・ルイスは100メートルの当時の世界新記録を樹立し、種目は違うがそのカール・ルイスを破ってつくられたマイク・パウエルの走り幅跳びの世界新記録はいまもって破られていない。列島は即席の陸上ブームに沸いていた。なぜおれがそんな大イベントに参加しなかったかというと、恋をしていたからだった。

当時、ほとんどのクラスメイトはその女子に恋をしていた。当時の親友もその子のことが好きだった。親友と、おれと、その女の子と、その女の子の親友の4人は、その日、共同で夏休みの宿題(自由研究)をするという名目で会っていたのだった。

おれと親友はリアルな銃が見たかった。ふたりの女子は銃には興味がなかったが、宿題を1日で消化することには興味があったのだろう。そこで一挙両得(どころか3得も4得も)をはかるべく、警察官に話を聴きに行くことにした。派出所のドアはおれが開けた。不安神経症の疑いがあるくせに、わけのわからない行動力だけはあった。
「はじめまして。~小学校5年~組の寿と申します。今日は職業研究というテーマでいくつか質問をしたいのですが、かまいませんか?」
警察官は終始ご機嫌で、時に褒めてくれた。しかしそういう空気になればなるほど、銃を見せてくれ、とは言い出せず、結局、職業についての質問に終始するという、夏休みの宿題としては満点でも、少年の心にとっては零点の結果になってしまった(たとえ言っていたとしても、見せてくれたはずがないけど)。

ともあれ、この共同研究はプレミアムな利権だった。誰もがうらやむ既得権益だった。しかしクラスの男子が思い焦がれる女子が好きなのはおれの親友だった。それは何となく感じていた。それでもワンチャンはあるはず。おれたち4人は派出所でのインタビューを終え、公園でワキャキャした。公園の水飲み場の蛇口を目いっぱいひねったりなんかして、4人の体はびしょびしょになった。虎視眈々とワンチャンを狙うはずだったおれは、そのワキャキャで満足してしまった。ダサ、と言うなかれ。そこは小学五年生が望みうる最高到達地点だった。その水しぶきの勢いは、ほとんど世界新記録だった。

同じ女性を好きになった親友とは、小学6年生の3学期を境に疎遠になってしまった。どういう理由があったかは覚えていない。なぜかクラスの空気が彼を遠ざけたのだった。今になってみれば、クラスの男子の嫉妬がその遠因だったのでは、と思う。しかしどんな原因があったにしろ、彼を遠ざけた事実は変わらない。またぞろ、この身を縛る呪いが刻まれた。

卒業式が終わり、男3女3くらいでディズニーランドに行った。そこにかつての親友はいなかったが、その子は笑っていた。こんな幸せがあっていいのか、と思った。しかしこの恋は静かに終わる。別々の中学に通うことになったからである。

つづく
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8/28
夏休みの宿題2016

ダサ笑


肉体を殺すことが出来ても、魂を殺すことが出来ない者を恐れるな

イエス・キリスト
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父親の考えで、地元の公立の小学校に通うことになった。そこにもまた、ごちゃごちゃ言うやつがいた。体育の時間、50メートルを走る直前のできごとだった。彼は言った。
「おれの足は速いんだぞ」
それまで自分の足を速いと思ったことはなかった。が、その言葉はなぜかおれの胸を焦がした。そのチリチリした感情をバネに地を蹴った。一瞬で彼は視界から消えた。羽が生えたのかと思った。たとえようもないくらい爽やかな気分だった。

席替えやクラス替え、環境が変わるたびに、ごちゃごちゃが現れた。そこで行われるのは明確な権力闘争だった。衝突があり、融合があった。

もしかしたら、この世界は不安に満ちた世界ではないのかもしれない。おれは次なる目標を中学受験に定めた。そこで、予備校のテストを受けることにした。それまでテストというものに苦労したことはなかった。が、配られたテスト用紙を見て、生まれて初めてのび太くんの感覚が理解できた。ムリだ、と一瞬で悟った。どうしたかというと、なかったことにした。この瞬間に見つけた「なかったことにする」という解決方法。これがマズかった。

そんな折、自分よりも腕力のある人間に出会ってしまった。喧嘩というのは単純な腕力勝負じゃない。腕力がなくても戦う術はある。おれの足はそこそこ速い。習っていない問題を解せないレベルではあっても、頭の回転もそこそこ速い。力以外の分野で勝負すればよかったのだ。そのときのおれはどうしたか? そのゲームのような力比べを途中でやめてしまった。なかったことにしたのだ。たぶん、成り行きでつかんだジャングルジムの主の座を守ろうとしたのだと思う。ダサ笑

なかったことになんて、できるはずがないのに。

つづく
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8/27
夏休みの宿題2016

あの日、呪われた場所のこと

肉体を殺すことが出来ても、魂を殺すことが出来ない者を恐れるな

イエス・キリスト

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生まれて初めて外で喧嘩した日のことを、どういうわけか今でも覚えている。

それは幼稚園のグラウンドにあったジャングルジムか、それに似た遊具の前だった。たぶん休み時間のことで、相手は何人かいて、おれはひとりだった。彼らの中心にいる男子が何かをごちゃごちゃ言っていた。わけのわからない葛藤に突き動かされるように、じゃんけんのグーを模した右手が前に伸びていた。その握り拳は、ジャングルジムの主ヅラをした男の子の鼻にスコンと当たった。とたんに彼は泣き出したのだった。

幼稚園に入る際、園長先生との面接でおれはこう言った(らしい)。
「僕はここで何ができますか?」と。
この世界に生まれ落ちてから、おれはずっと不安だった。この世界で何をすればいいのか? 何ができるのか? 不安に抗うように、物語の世界に逃避した。いつもどこでも物語を読んでもらった。母に、祖母に、たまに父に。彼らが苦笑いを浮かべるくらい執拗に。

この世界はおれにとって都合の悪い世界だった。希望よりも不安の数のほうが多かった。けれど右手を伸ばしただけで世界の勢力図が変わった。世界は変えられるのかもしれない。それは希望のように思えた。しかしおれがジャングルジムの前で得たのは呪いだった。

つづく
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8/26
夏休みの宿題2016

遺書

8/25
夏休みの宿題2016



もし自分がこの世界から消えたら、と仮定しよう。その世界に存在しないものがある。何か。おれだ。そりゃそうだ。おれがいない世界なのだから、おれがいるはずがない。今はいる。いるからこそ文章を書いている。いる状態からいない状態のことを考えるのは意味がないかもしれない。だけどやってみよう。

世界が平和になってるといいな、と思う。争いや差別や偏見がなくなってるといいな、と思う。みんな笑って暮らしました。めでたしめでたしみたいな世界になってるといいな、と思う。だけどそれは、おれがいないからだ。おれがいる世界でおれが願うことは違う。

人間の本性が悪であると喝破したのはカントだった。人間は放っておくと戦争をはじめてしまう。だからこそ、人間はまとまり(社会をつくり)、また、世界中に広まった(戦火を避けて移動した)。その視点でいえば、人間の悪性こそが平和の母体になったということができるのかもしれない。

ともあれ、「幸せになりたい」という考えが、戦争を生んだ。自分が幸せになるためには「みんなが幸せでなければ叶わないのでは」という仮定が平和を生んだ。その言でいけば自我こそが悪ということになる。欲望の主は自我であり、この文章の一人称も自我(おれ)である。しかし文字、文章は自我ではなく歴史から借りている。自我の中の戦争と平和。それが文章を書くということだ。

おれがいなくなった後、文章だけでも残ってるといいな、と思う。ただし、更新されなくなった文章は腐敗した汚水。誰も見向きもしない。クラシックが残っているのは今なお更新され続けているからだ。呼吸し、排泄し、今を生きているからだ。おれもそう。過去から借り受けた文章を書くことで今を生きている。未来もそうであればいいな、と思う。
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打つ台がある悩み



8/24
夏休みの宿題2016

昨日の閉店間際にバジ2の宵越し520+256という台を見つけてメモったのだけど、その1台のためだけに行くのはおっくうで、開店ガラガラタイムをスルーしてこの文章を書いている。この文章を書いてもお金にはならないが、やはり生活のリズムのほうが大切なように思う。

夏休み。夏祭り。人ばかり。期待値は落ちやすい状況である。とはいえ、期待値の大半はこの国を支えてきたご年配の方々の懐(フトコロ)から捻出される。そこは自覚しなければいけない。我々はそれを食い物にしている。

どら焼きを食べながら、温かい緑茶をすすり、この文章を書いて(打って)いる。モダンジャズカルテットの「ジャンゴ」を聴きながら。

紐(ヒモ)。これまで色んな紐を引いてきたなあ、とふと思う。幸運なことに、おれらの前にはたくさんの紐がある。ぶっとい紐、軽い紐、オサレ紐。紐のどれかを選んで引っ張ってみる。重すぎれば引けない。切れてしまうかもしれない。何かな。何かな。おそるおそる引いていく。すると、ドーン。紐の向こうにあったのはパチスロでしたー。

……パチスロ、かあ。重いよなあ。食べられないよなあ。どうしよなあ。といっても、それが嫌だったら別の紐を引っ張ればいい。ただ、引っ張るには時間が必要だ。力も必要だ。それがリスク。いつまでも能天気にレバーを叩いて過ごしたい気持ちもあるのだけど、そういうわけにもいかんよねえ。最終的に、バジリスク絆の撤去はいつになるんだろうね。
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作者 寿
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ふと思う。スロ歴ってどれくらいなんだろう? 今年で20年? そんな経つ? ピーいれたいね。スロットばっか打ってるわけじゃなくて、普段は小説書いてんすよ。ちっとも売れないけどね。つうか売ってないしね。けどこのブログだと読めんすよ。フォウ!

ブログポリシー「my rights sometimes samurai!」
当ブログは、寿という人でなしが小説を書くなかで、
また、スロットを打つなかで、
はみ出たものを一所懸命につづったものです。
基本的に毎日更新してはいますが、
毎朝グビグビ飲めるというほどあっさりした、
また、健康的な文章ではありません。
油ギトギトのラーメンというほどではないと思いますが、
胸焼け、食あたりを起こす可能性がある由、ご留意くださいますよう。

また、コメントは大歓迎です。
引用ももちろん大歓迎ですが、引用元の記事を明記していただけると幸いです。
それでは今日もはりきって行きましょう! どこへ? パチンコ屋へ。
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