書くこと、賭けること

どうもはじめまして。スロ小説家のブログです。

すべての書かれたもののうちで私が愛するのは、自分の血で書かれたものだけだ。
血で書け。そうすればきみは、血が精神であることを経験するだろう。

フリードリヒ・ニーチェ 永井均訳
「ツァラトゥストラはこう語った」
読むことと書くこと、より

午前11時のブンガク

大切なことは目に見えない

とてもかんたんなことだ。ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない。

「星の王子さま」より

サン=テグジュペリ 河野万里子訳
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午前11時のブンガク

主人公の体を縛っているのは、具体的な悩みではない。
お金に困っているというのなら、対処方法がある。だけどそうではない。
体調が悪いというのなら、病院に行ってみればいい。だけどそうではない。

こういうとき、ドラえもんがいてくれたらいいのに、と彼は思う。四次元ポケットなんてなくてもいい。ここが22世紀だったらいいのに。22世紀だったら喋り相手程度のスキルを持つAIは、市販されているか、またはスマホに類する電子デバイスに標準装備されているだろう。でもここは21世紀で、この世界では、ネットの向こうの誰かを頼るか、あるいは夜の街にお金を投じるしかない。それは詮無い。むなしい。

バカじゃねえの、と第三者なら思うだろう。要はさびしいんだろ? だったら仕事しろ。他人と強制的に出会うにはそれが一番手っ取り早い。が、仕事をせずにこの歳まで生きてきてしまった彼にとって、社会は毒蛇の巣窟のように感じる。無論、甘えだ。完全無欠の甘え。甘えではあるがしかし、彼には一応、お金がある。何となれば、お金を使ってさびしさを消費することもできる。

30代男性は公園のベンチに座って考えている。
おれはいったい誰なんだ?
たとえば、そこを歩いているOLさんにとって、おれはただのオッサンなわけだ。だけど、自分をオッサンと規定するのは難しい。おれの中では、3歳の自分も、15歳の自分も、22歳の自分も、今の自分も、おれなのだ。おれという人間は、今も昔もおれであり、オッサンというのは、自分のすべてを表現する言葉ではない。

彼の認識は、ある意味では間違っている。「おれ」というのは不変の存在ではない。1年もすれば、ほとんどすべての細胞は生まれ変わってしまう。その意味では、去年の自分と、今年の自分は、別人である。「おれ」という概念にしてもそうだ。悲しいときの自分。嬉しいときの自分。どんな人間にも、ポジティブな側面と、ネガティブな側面がある。しかし、どちらかだけを抽出するわけにはいかないのだ。

「星の王子さま」には、次のような一節がある。

「子どもたちだけが、なにをさがしているのか、わかってるんだね」


大人はすぐにガワを考えてしまう。年齢だとか、肩書きだとか、これが欲しいけど、自分には似合わないからダメだ、とか。といって、ああ、性欲やべえ、みたいな欲望を素直な行動に起こすと、犯罪だ。子どもにはわからない大人のしんどさ。社会的な生物である人間は、子ども的な素直さと、大人的な体裁を、うまく使い分けて生きていくしかない。

けがれをしらない子どもの特権。汚れちまった大人の特権。とりあえず、主人公は、お金を出して気持ちよくなることにした。

つづく
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酒と二日酔いと経済の関係

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昨日はたくさん文章を書いたので、気分がよくなってしまった。

せや。体調が治ったら飲もうと思って、夏の楽天セールでせっせと酒を買っていた。そのコレクションから1本を取り出してみる。シャンパーニュと同じ製法でつくられたスペインのスパークリングワイン。CAVA。久々の酒はやーばいくらい美味かった。たちまち1本が泡と消え、今度はバーボンの封を開け、国産の発泡水と合わせてハイボールをつくってクピクピ飲んだ。

気づくと朝の6時半。ひどく気分が悪かった。おまけに、Tシャツ、トランクスという格好で、寒い。飲みすぎたことのざんげをはじめる。すいません。申し訳ありません。誰に? 知らん。痛む頭を抱えながら立ち上がり、水を飲んだ。それから胃薬を流し込む。二日酔いは、水分と薬と時間だけが解決してくれる。ようやく人心地つき、パソコンに向かってこの文章を書き始める。

トーマス・セドラチェックという経済学者は、借金とお酒は似ている、と言った。

金曜の夜にバーに行く。お酒がおいしい。そのときこう思う。自分は歌える。踊れる。口べただがしゃべることができる。お酒からエネルギーをいっぱいもらえる。


でもそれは誤解です、と経済学者は言う。

お酒からエネルギーをもらっているのではなく、翌日の土曜の朝のエネルギーを金曜の夜に移動させているだけ。週末のエネルギーの合計は一定です。借金も同じ。金がなくなると銀行や友人から借りたり、最悪の場合は姑から借りたりします。しかし、実際には、私の未来から現在に金を移しただけです。

朝日新聞デジタルより

30代からの人間の体力と、今の日本の経済状況は、似ている。ような気がする。
二日酔いの頭で考えても、極端な成長は望めそうにない。(ドラゴンボールか、ドラえもん的な超絶イノヴェーションが起きない限り)1950年代60年代のような景気はありえない。領土が拡がることもない。移民を受け入れることもなさそうだ。であれば、喪失を、縮小を、受け入れるしかないのだろう。

たぶん、ぼくは30代後半の男性の小説を書くことによって、モデルを探しているのだと思う。どんなオッサンであればゆるされるのか、あるいは、生きやすいのか、ということについて。

それにしても……。うぷ。
過去の自分から気持ち悪さのプレゼント。おそらく、調子乗りのぼくにはこの時間が必要なのだ。 謙虚にしかなれない鬱状態が。

さあ、頑張ろう。

つづく
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好きなことで生きてきた人間の落ちる穴


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午前11時のブンガク

好きなことをする、ということは、嫌なことを引き受ける、ということである。

実際、好きなことだけをやってみると、短くて数時間、たいてい1週間以内に挫折する。何事も、持続そのものは楽しくない。ずっと勃起してろ、ずっと濡れたままでいろ、と言われても無理なのだ。

エントロピー増大、すべては失う方向に進んでいく。だからこそ、人間は、現実をつかの間忘れさせてくれるものに熱中する。映画、マンガ、音楽、何でもそうだ。ここではないどこかで鳴る音や物語は心を躍らせる。しかし自分の心を自分で躍らせるのは容易なことではない。

今書いている小説の主人公(30代後半男性)は、自分の年齢を認めることができない。時間は流れ続けている。だから今、自分が30代だ、と仮定したところで、すぐに40代になる。その次は50代、60代。いったい全体、時間というのはどうなっているのだろう? 大学生、高校生、何なら中学生から、おれはそんなに変わってないぞ?

彼の悩みは人類の悩みである。それもそのはず、学校では、「加齢」について実践的に学ぶことは不可能である。しかし、日本人である以上、実践では学べなくとも、知識としては(記憶に残っていない可能性は高いが)すでに学んでいる。古きをたずね、新しきを知る。「温故知新」という言葉である。「少年老い易く、学成り難し」という言葉である。

「温故知新」


出典は、中国は春秋時代、孔子(紀元前552年9月28日生まれ)の「論語」である。

「少年老い易く、学成り難し」


このことわざは、およそ800年前の漢詩が元になっているそうだ(諸説あり)。

いずれにしても、我々が生きるはるか以前から、主人公の悩みは共有されていたのだった。

「そんなの習ってないよ」と言っても遅い。アリとキリギリス、三匹のこぶた、類型的な題材は、童話寓話にいくらでも出てくる。聞いたことがないは通用しない。何より、この道は自分で歩いてきたのではないのか?

心の中で声がする。
「なぜ、大学を辞めた?」
面倒になったからだ。

「なぜ、就職をしなかった?」
めんどくさかったからだ。

「なぜ、元カノとは続かなかった?」
……何でだろう。

ちぇ。鼻をほじりながら思う。めんどくせえ。

思い通りにいかないときに苛立ち、震える心は少年のそれである。にもかかわらず、鏡に映る自分は少年とはとても言えない。もしかしたら、誰かがおれに引導を渡してくれるのを待っているのかもしれない。ふと、思う。

「君はもうオッサンなんだ。だからそんなことを考えてはいけない。君はすでにサナギではない。すでに次のステージに入っているのだよ。だからもう悩む必要はない。サナギの夢を見ても、サナギには戻れないのだから。おめでとう。キミは、オッサンになったんだ」そんな風に諭してくれるオッサンに出会いたかった。

10月の夜の風は、次の季節がどんなものかを能弁に語っていた。

つづく
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バカだから


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午前11時のブンガク

ナルシスは、どうしても男でなければならないのである。と書いたのは三島由紀夫だった。一番じゃなきゃダメですか? 普通じゃダメなんですか? ダメです。そう、男って、バカなんです。

たとえば「強い酒」、たとえば「ヤンキーマンガ」、たとえば「ヒップホップ」、たとえば「ブンガク」、マイフェイバリットシングス。ぼくがそれらを愛好するのは普通の否定、あるいは、普通への憧憬(しょうけい)や怨嗟(えんさ)を反転させる方法だったからだ。

物心ついてから、今に至るまで、ぼくは常に現状に不満があった。不安があった。何をした。何を食べた。何を着た。何を飲んだ。勝った。負けた。何かを伝えずにはいられないのは、そのゆえ。ぼくは素直に生きていたいだけだ。が、素直は他者の感情(素直)と反目する。

「疲れた」

「だるい」

「あつい(さむい)」

「ねむい」

「腹減った」

「やりたい」

「もう死にたい」

聞かされる立場になって考えろよ、と言いたい。誰に? 自分に。

今日は自分語りが過ぎるのでは? とお思いのかた。イエス。我が30代後半の主人公が、にわかにモテはじめたのだ。報われなかった作中の人物が報われはじめ、作者が、嫉妬する。これではどちらが物語の登場人物か、わかったものではない。まいったね。

つづく
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縮んでいく世界で・・・

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午前11時のブンガク

もういいや、お金を使ってしまおう。主人公はそう考えた。このまま中途半端に貯蓄を増やすよりも、いっそのことパーッと使ってしまい、ゼロからのスタート。もしくはゼロ地点までの13階段をのぼりたい。考えるのもめんどくさいしね。

が、貧乏性の主人公は、常にお金を期待値と絡めて考える節があった。どうしても、内訳が気になるのだ。外食の場合、原材料に、調理、接客、設備、土地代、という対価が加算される。500円程度の食材が2000円、3000円と膨れ上がる。ただし、自分で500円を払ってそれがつくれるわけじゃないから、納得はいく。

しかしたとえば、うら若き女性が隣に座ってくれるような飲み屋では、客の飲み物はタダだが、彼女たちにおごろうとすると、原価100円程度のものが1000円、1500円となる。これは馬鹿らしい。阿呆くさい。耐え難い。

うーむ。主人公は腕を組む。パーッと使ってしまおう、といってもなかなか使えるものではないのだった。どうすっか? 何だか悩んでばっかだな。考えたくないから金を使おうというのに、悩んでしまうとは、これはどういうことだ?

期待値とは何か。期待値とは、未来に起こるであろうことの、平均の値である。だからプラスにも、マイナスにも、振れることがある。1回1回の勝負では振れるが、その幅はプラスの範囲に収まる可能性が高い。だからスロットは勝てる。少なくとも、負けない。その戦術は、保守的なものだ。こんなことを続けてきたから、おれはこんな大人になってしまったんじゃないか?

つまらん大人である。たまらん小物である。
毎日のご飯の選択といえば、デフレ時代の勝者たるチェーン店が費用対効果に優れている。よって、牛丼にみそ汁のつく松屋がナンバーワン。何という消極的な人生だろうか。

よし、と決意して、主人公はセブンイレブンに入り、ATMで50万円をおろした。セブンイレブンを出て、向かいのファミリーマートに入る。テレレレレレーンルテレレレレン♪ という入店ミュージックが流れる中、ATMで50万円をおろす。今、主人公の右ポケットには50万が、左ポケットにも50万が入っている。ファミマを出る。何だかドキドキしてきた。高校生のような胸の高まりだった。

このお金をどう使おうが自由。守るも、自由。攻めるも、自由。すべては自分の采配ひとつなのだ。

わくわく。

つづく
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作者 寿
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ふと思う。スロ歴ってどれくらいなんだろう? 今年で20年? そんな経つ? ピーいれたいね。スロットばっか打ってるわけじゃなくて、普段は小説書いてんすよ。ちっとも売れないけどね。つうか売ってないしね。けどこのブログだと読めんすよ。フォウ!

ブログポリシー「my rights sometimes samurai!」
当ブログは、寿という人でなしが小説を書くなかで、
また、スロットを打つなかで、
はみ出たものを一所懸命につづったものです。
基本的に毎日更新してはいますが、
毎朝グビグビ飲めるというほどあっさりした、
また、健康的な文章ではありません。
油ギトギトのラーメンというほどではないと思いますが、
胸焼け、食あたりを起こす可能性がある由、ご留意くださいますよう。

また、コメントは大歓迎です。
引用ももちろん大歓迎ですが、引用元の記事を明記していただけると幸いです。
それでは今日もはりきって行きましょう! どこへ? パチンコ屋へ。
1日1回のポチを。
血がたぎります。

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