書くこと、賭けること

どうもはじめまして。スロ小説家のブログです。

すべての書かれたもののうちで私が愛するのは、自分の血で書かれたものだけだ。
血で書け。そうすればきみは、血が精神であることを経験するだろう。

フリードリヒ・ニーチェ 永井均訳
「ツァラトゥストラはこう語った」
読むことと書くこと、より

2015夏休みの宿題「日記」

8/6 同業者たち

同業者。

設定を狙っているときのライバルだったり、期待値を追っているときのライバルだったり。ぼくのルートにも各ホール3人以上いる。設定狙いができる店には、その10~20倍はいる。最近覚えたであろう学生や、十数年前から見知った顔もある。彼らがいなくなってくれればさぞや楽な生活になるだろう、とは思う。が、ぼくはこの世界が自分だけのものとは思っていない。

時々、同業者を消そうと目論む打ち手がいる。恫喝したり、嫌がらせをしたり。でも、同じことをされたらどうするのだろう? 闘うの? 戦争するの? 目的は期待値を追うことじゃなかったの?

ことスロットに限っては、
「これしかないから」
という理由で打つのはつらい。というか、どこかで行き詰ってしまうような気がする。

物語でよくあるのは、引っ越した先の隣近所にキチガイしかいなくて、精神的に追い込まれるみたいな話。

どうすればいいのだろう? まずはその場所のリサーチが初手だよね。そのリサーチをもってしても、防げなかったらどうするか。うーん。そこでしかできない、そこにしか住めない、という状況をつくらない。それができないなら? うーん。

しがらみをつくらないように生きる、としか言えない。パチ&スロットは、よくも悪くもそこでしかできない稼ぎじゃない(ほぼ日本限定だけど)。そこでしかできないわけじゃないけど、基本的に生物は環境の変化に弱い。

案外、親を大切にするとか、隣近所の人と仲良くするとか、常連やパチ屋のスタッフに便宜を図る、とか、解決策ってそういうことなのかもしれない。スロッター(ぼく)の苦手とすることだけれども。

8/7 嫌な予感が当たる理由

昨日バジ絆を打っていて、何か嫌だなあ、と思った。展開も、小役の引きも。が、理性的に考えるならば、打たないほうがおかしい、という状況。そういうときは、もちろん理性を優先する。結果、最大天井まで行って単発、フィニート。

どうして嫌な予感は当たるのだろう?

ぼくが今まで見聞きした中で、最も腑に落ちた仮説は、
「生物にとって生存に適さない選択に、体が拒否をする」
というもの。

うー、サバイバーの血が騒ぐ。実に男心をくすぐる文言ですな。が、ともすればこの理論は、オカルト領域に絡め取られる危険性がある。その前に、一回の勝ち負けが即座に生死に関わるなんてことは、スロットにおいてはほぼない。というかそんな勝負をしてはいけない。ぼくはスロッターであり、そこはやはり期待値の有無で考えたい。

ということで、今度はぼくの経験による仮説を。
「嫌な予感がして、嫌な結果になった場合のみ、記憶に残る」

ぼくの考えでは、人間(ぼく)は基本的に健忘症である。
嫌な予感がして、良い結果になった場合、嫌な予感のことなどは忘れてしまい、良い結果という記憶しか残らない。嫌な予感がして、何も起きなかった場合も、もちろん記憶に残らない。結果、残るのは、「嫌な予感と、嫌な結果」という前世からの因縁のごときゴールデンペアのみ。

おそらくは、人間の感覚なんてそんなもんなのだ。だから数百年前と同じミスを、あるいは数千年前と同じミスをくりかえしてしまうのだ。ということは、数百年後も数千年後もぼくたち単体では同じミスをしてしまうのだ。

人間の生き死に、生存について明言はできない。が、こと、スロットに関しては、人間の感覚を第一にするよりも、「期待値の有無」で考えるべきである。ここで大切なのは、「期待値の有無」で決定した結論が裏目った場合に、落ち込まない、ということ。

確率は、ぼくらとは無関係に存在している。そこに意志はない。意志がない以上、良いも悪いもない。良い悪いを決めるのはぼくらだけだ。

ギャンブル生活者とは、都合の良いことが、都合の悪いことよりも、総体的に多くなるような配分を自ら選ぶことのできる人間のことである。すぐに言い訳を探したり、他人のせいにしてしまうメンタリティではとても成立しない。この世界において、都合の良いことだけを望み、また、叶う人間は、お子様と王様と神様だけである。

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又吉さんの芥川賞受賞に思うこと

少し時間が経ってしまったけど、おめでとう!

又吉さん同い年なんだよね。 

これは文学界デビューを知ったときの文章
又吉さんの文学界デビューに思うこと

一応、芥川賞の発表の翌日に、さらっと文章を書いておいたので、まずはそれを。

     ΦΦΦ

ワーオ! と叫びそうになった(いや、ぶっちゃけ叫んだ)。何事かと言えば、これを書いている日(7月17日、日本列島は台風に襲われ、ぼくの住む地域では雨が上がり、2015年初の蝉が鳴き出した日)の前日、ピースの又吉直樹が、芥川龍之介賞を受賞したからであった。

芥川賞とは、過去半年程度の期間に発表された純文学小説(ほとんどが中篇)に贈られる新人賞である。純文学小説家の登竜門であり、しかし候補作は公募ではなく、文芸春秋のスタッフの選定で決まる。正賞として懐中時計、副賞として100万円。大したことなくね、と思われるかもしれないが、古くは石原慎太郎、村上龍、田中康夫、最近では金原ひとみ、綿矢りさ、という社会現象化した作品を排出。純文学を志す人間がノドから目押しをしてしまうほど欲しい賞、である。

ここでおじさんの話をしよう。おじさんが過去の話をするときにイキイキとしているように見えるのは、それが確定していることだからだ。 これはある種のズルである。

が、人間は、このようなズルを当然のように行使する生き物である。何が言いたいか? つまり、賞を取ってしまったら、もう賞を取る前には戻れない、ということである。もし、賞を取った書き手が、賞を取ったという理由でスタンスを変えるのだとしたら、ぼくはその書き手を軽蔑する。賞を取ったくらいで昇華されるレベルのモチベーションで小説を書いている人間は小説家とはいえない、とぼくは信ずる。無論、 これは賞に縁のない人間の呪詛みたいなものである。又吉さんに対するやっかみみたいなものだ。ぼくだって、太宰が好きなのだ。

同じように芥川龍之介が好きだ。安部公房が好きだし、開高健、大江健三郎も好きだ。安岡章太郎も好きだし、庄野潤三も好きだし、小島信夫も好きだ。村上龍も好きだ。町田康が好きだ。川上弘美も好きだ。綿矢りさ好き。川上未映子も好き。諏訪哲史にはうなったし、金原ひとみには元スロッターというシンパシーがあるし、朝吹真理子もすげえと思った。円城塔には魂消た。田中慎弥の酔いに仮託して会見する様にはしびれた。西村賢太はスロッター好みの作風だし、つうか今あげた作家で芥川賞を取っていないのは太宰のみ。芥川賞を受賞するということは、その系譜に連なるということなのだ。又吉直樹、すげえ!

嫉妬心は当然ある。でも、嫉妬してぼくの文章力が上昇するはずもなく。だからぼくはこの感情をじっと監視しなければいけない。そのためには現実を直視するしかない。がんばろ。

       ΦΦΦ

くわあ。平々凡々な文章やね。でも、ほら、おいら負の感情で文章を書くタイプちゃいますやん。



ということで(どういうことで?)今朝、芥川賞受賞作と選評の載った文芸春秋を買ってきた。「火花」を読んだら、また感想を書きます。
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8/8 時間とお金

自由な時間とお金が等価値だった場合、ぼくはけっこうなリッチメンだ。

無職の自由は、死ぬまで自分勝手に時間を使うことのできる天文学的な自由なのだ。

ただ、やはり両者は性質が違う。

お金はお金を生むが、時間は時間を生まない。

お金は貯められるけど、時間は貯まらない。

もちろん、ある程度、お金で自由な時間は買える。そうすると、手に入れた時間に彩りをくわえようと、お金がもっと欲しくなる。気づくと自由だと思っていたはずの時間に、あると思っていたお金に縛られている。ったく、救われねえ。

もし、無尽蔵にお金があり、無尽蔵に時間があった場合、何をするだろう?

意味のないたとえだ。人生は有限であり、ぼくの持つ資産は風が吹けば飛んでいく。でもそれはいい。問題は、何が大切で、何が大切ではないか。それが時々見当たらなくなることだ。

ハマりの時間は長く、連チャンの時間は短い(少なくとも脳はそう感じる)。よいことばかりは続かない。悪いことばかりも続かないけれど、悪いと感じている脳には出口が見当たらない(だから悪いのだ)。不安。人間、元気がまったくない状態では自殺もできないという。まいったね。

ゼロ地点を覚えておくこと。常にそこを意識すること。落ちたときに、堕ちたときに、「ここは知らない場所じゃない」と自覚すること。元気がなくてもできること(それが仕事だ)を見つけること。自分をそう躾けること。作り変えること。調子良いときの自分だけが自分じゃない。どんな悲劇の後も、生きねば。

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8/9 鬱について

本当のうつ病がどんなものかはわからないが、今とても、とてもとても、気分が優れない。

素直で前向きな人間にありがちなこととは思うのだけど、ぼくもご多聞に漏れず、時々、ひどく、落ち込む。

永遠に前向きなのは、演じているのか、あるいは特異体質である。感情、または精神の状態には波があり、上がったり、下がったり、下がったり、上がったり。だから前向きな人間といえど、どこかで後ろ向きになる瞬間が必ずある。その後ろ向きの度合いによって、揺り戻しの度合いが変わってくる。だから躁鬱という極端な状態は繰り返してしまう。以上が、ぼくの感情というものに対する認識である。

ここでは脳内をめぐる物質の話はしない。すべてを脳内の電子信号と、生成または取得した物質に還元し、そして物質(端的に言えば薬)さえあれば恒常的な精神の安定がはかれるのだ、というような一元論には意味がない。人間の生活はそんなに単純じゃない。おそらくは、先天的な遺伝的形質、脳の性質、後天的な生活、環境、職業、人間関係、嗜好、運、不運、すべてにかかわってくる。だから精神の病は治りにくく、また、診断も難しいのだ。

というのも、人間が人間である以上、生活の中で絶えず必ず行わざるをえない行為、「欲求と、行動と、結果」すなわち、「ギャンブリング」によって、感情、または精神の状態がたやすく変化することを、ぼくたちは知っている。

たとえば、ラーメンが食べたい。

1、ラーメン食べたい。
2、ラーメンを食べた。
3、美味しい。

これは比較的軽い欲求であるから、越えるべきハードルも低い。欲求が通ればいい。が、大前提として、欲求が通らなければ人間の気分は害される。次にもう少し高次の欲求について考えてみよう。

1、朧のことが好きだ。
2、朧は人間じゃない。
3、朧には会えない。

まず、空想上の生き物に会いたいという要求は、とても、とてもとても高度なものであり、かなり高い知的レベルの欲求であることに留意したい。が、不可能なものは不可能である。あきらめるしかない。

このあたりの話をひとまとめにしたものが、「マズローの欲求5段階説」なんだろうけど、ぼくはあんまり法則に興味を持てないので(自分が好きなので)、興味のある人はググってみてください。

言ってることは大したことじゃない。

ここにピラミッドがあるとして、

5、生理的欲求
4、安全欲求
3、社会的欲求
2、尊厳欲求
1、自己実現欲求

下から、5→4→3→2→1というように、一つクリアしたらもう一つ上のものが欲しくなるというもの。で、シックスセンス、セブンセンシズ的に、ピラミッドの頂点の上にあると言われているのが、

0、自己超越

である。

こういう法則をもとに、自己をごまかし、騙そうとする運動、自己啓発とか意識高い系的言説のくだらなさ、アホくささ(なぜ金儲けの道具に使われていることに気づかない?)はここにある。

「自分なんてないんですよおおお。法則があるんですよおおお。それにしたがえば、自分の望む自分になれますよおおおお。自己実現、できますよおおお」

シャットザファックアップ。それじゃ嫌なんだ。言うなれば、ぼくは自己の超越を望む自己を超越したい。文章による自己(の延長または縮小)補完計画こそが、ぼくの望みなのだ。

が、ぼくのように、極端に装飾の少ない生活をしていると、感情の状態がはかりやすい、というメリットもある。

ああ、負けたから気分が悪いのだな、とか、文章がうまくいかないから気分が悪いのだな、というのがたちどころにわかる。芥川龍之介の言った(そして死に到った)「ぼんやりとした不安」というのが、精神にとっては最も悪い。

1、文章書き→自分の書くものを必要としてくれる他者に出会うこと。よりよいものを書いていくこと。結果としての賞賛。

2、スロット→勝つか、負けるか。

こういう風に限定さえできれば、対処ができる(頑張れ、おれ)。

もうひとつの利点は、心の中にわだかまっているものが形になるということ。意識が、認識が、感情が(精神が)、文章という形になるということ。ぼくはいつも、いつもいつも、文章を書くことで救われている。

救われてるけど、幸せになれる気はしねえ、2015夏w

でも、人間は夏場に成長するって。細田守が言ってたよ(ほんとかな)。よし、成長してやる。
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作者 寿
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ふと思う。スロ歴ってどれくらいなんだろう? 今年で20年? そんな経つ? ピーいれたいね。スロットばっか打ってるわけじゃなくて、普段は小説書いてんすよ。ちっとも売れないけどね。つうか売ってないしね。けどこのブログだと読めんすよ。フォウ!

ブログポリシー「my rights sometimes samurai!」
当ブログは、寿という人でなしが小説を書くなかで、
また、スロットを打つなかで、
はみ出たものを一所懸命につづったものです。
基本的に毎日更新してはいますが、
毎朝グビグビ飲めるというほどあっさりした、
また、健康的な文章ではありません。
油ギトギトのラーメンというほどではないと思いますが、
胸焼け、食あたりを起こす可能性がある由、ご留意くださいますよう。

また、コメントは大歓迎です。
引用ももちろん大歓迎ですが、引用元の記事を明記していただけると幸いです。
それでは今日もはりきって行きましょう! どこへ? パチンコ屋へ。
1日1回のポチを。
血がたぎります。

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