「捕らぬ狸の皮算用」という言葉がありますね。ハンターなのかな。あるいはハンターでもない一般人かもしれませんが、狩りをする前から、捕えた狸を売ったお金をどう使おう、何食べよう、うっしっし、みたいな考えを戒めることわざです。

人間の感情(≒損得勘定)には、そのような傾向が備わっているということなのでしょう。GOD系の機種を打てばGODがひけるものだと思うし、宝くじを見れば、一等のみならず前後賞まで当たるのではないかと考えてしまう。ストップ高の株を見れば、最安値で自分が買った想定で儲け額を出してみるし、ビットコインもしかり。儲ける前から、一億円儲けたら、税金で5000万円近く払うのか、と絶望したり。隣の芝が青く見えるのも、逃した魚がデカく感じるのも、同じような心の働き。

スロットを打っていて、一箱分のコインが飲まれると、ああ、2000枚飲まれた。というように、自分の負債を大目に計上してしまいがち。昨日寝てねえ、最近ぜんぜん寝てねえ、テスト勉強してねえ、という謎アピールもしかり。

自尊自大。目線は高く、しかし自分の負債は痛い。これでは勝てるものも勝てなくなってしまう。目線が高いのであれば、少々の痛手は呑み込まなければいけない。少々の負債が痛いのであれば、目線を低くするしかない。損小利大という言葉があるが、これを字義通り受け取ってしまうと、脳というものは、おーけい。1円のリスクに1億円のリターンを目指そう。というように、都合のいい解釈をしてしまいがちだが、5000万のリスクに1億円のリターンでもじゅうぶんに損小利大なわけで、その意味でリスクを許容できる人間だけが、リターンを得ることになっている。

というと、痛みに耐える訓練をする、というようなわけのわからない努力に走ろうとしがちだが(ぼくはそうでした)、そんな訓練はまったく必要ない。人によって痛くない金額は違うだろうが、自分の痛くない金額で勝負すればいいだけのことだ。

お金を増やすのと、お金を節約するのは、残るお金という意味では同じなのだが、どうもお金は増やしたいがお金を使うことを我慢するのは嫌だという人が多いような気がする。

年間36万円の出費削減というと、大きな金額に感じるが、月に3万円を我慢するだけで、年に36万、10年で360万になる。これを一日にすると、千円の我慢ということになる。たとえば、タバコを2箱吸う人は、タバコをやめるだけでこれが可能だし、ビールを5本飲む人は、それをやめるだけで可能だ。で、それまで嗜好品に使っていた(痛くも痒くもないはずの)金額で勝負する。

畢竟、賭け事は脳の報酬系を刺激する行為であり、その意味では向精神薬のようなものであり、タバコを吸うのもビールを飲むのもギャンブルするのも脳にとって大差ないが(たぶん)、賭け事はお金というリアル報酬に期待できる。というわけで、ギャンブラーの道のりは、倹約することが一歩目なのだが、ここでつまづく人が多い。
にほんブログ村 スロットブログへ
にほんブログ村    

Twitterにて短文修行中。フォローされたし。
寿Twitter