よく使われるたとえではあるが、アクセルとブレーキはセットであり、どちらか片方だけで車を運転することはできないというものがありますね。しかし知りたがりの心は、みなアクセルの踏み方ばかりを知りたがる。

パチスロでも何でも、勝ち方というのは、負け方を含んだ概念であって、負け方を内包していない勝ち方は、ブレーキの搭載されていない車であり、必勝法ではなく、むしろ必敗法と言うべき事案である。というわけで、勝ち方(だけ)を教えてくれ、ということを言ったり考えたりしている時点で、勝つという状態にはほど遠い。

というわけで、

1、賭けドキ(狙い目)

2、やめドキ

というのが、賭け事におけるアクセルとブレーキではあるものの、勝っているときのやめどきと、負けているときのやめどきは、同じようで違う。120キロ出ている車と、30キロの車ではブレーキの踏み方が違う。ブレーキは大切な生命線ではあるものの、何でもかんでも踏んでしまうと、距離が稼げないうえに、負債も増え続ける。

というような観念論はとてもとても大切なものだと思うのだが、このようなことを言うと、実在論。もっと具体的に言えよ。具体的によお。という意見がわいてくる(こう書きながら、自分の中からもわいてくる)。

具体的に言うと、許容できる損失がどれくらいかによって、獲得できる利得が変わってくるよ、ということだ。許容できる損失というのは、要するに負けてもいい金額ということだ。

百円をベットしようとしている人と、一億円をベットしようとしている人では攻め方が違う。同じ1%の利得があったとしても、前者は1円の儲けだし、後者は100万円の儲けになる。100円を200円にするためには、100%の利得(つまり倍)の勝負をするか、1%の利得のある勝負を100回勝たなければいけないが、1億円を1憶100円に増やすには、0.000001%の利得があればいい。このパーセンテージはそのままギャンブルの難易度に相当する。

というわけで、本気でギャンブルをしたければ、アクセルとブレーキのついている車に乗る必要があり、ブレーキを頻繁に踏むことなく運転するためには、許容できる損失額を増やすしかないわけで、まずは働いてお金を増やさなければいけないという身も蓋もない(これ以上具体的なものはない)結論になるのだが、手っ取り早く勝ち方を知りたい人は、ブレーキのない車に乗り込み、勝負に向かってしまう。ブレーキのない車に乗って、帰ってこれる保証はどこにもない。アクセルとブレーキのたとえもさることながら、「家に帰るまでが遠足」というのは極めて現実的な教えだと思う。
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