【鰻の前日譚】山賊団がスロットで稼げるようになるまでの軌跡⑥
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 結局、リバは、朝になっても帰ってこなかった。牙は怒っていたが、まあ、しょうがない。多少期待値は減るだろうが、一人ずつの取り分はさほど変わらないだろう。2人で店回りをすることに、特に問題はなかった。

 小僧は、天井に近い台を発見し、遊技を開始した。これを、天井狙いと言う。多くのパチスロには、天井という、大当たりが遠くなった台に、強制的に大当たりを成立させる救済措置が施されており、天井に近いところから打てば、まず負けない。まず負けないことをくりかえせば、お金が貯まっていく。これが、山賊団の戦略の根幹だった。

 打つべき台を探し、紙幣をコインに替える。レバーを叩き、ストップボタンをとめる。ポケットの中にあるチョコやグミを、時々口に放り込む。ご飯を食べるのが面倒くさいというよりも、時間がもったいないと思うからだ。とはいえ、スロットが打てない時間もある。小僧は、そんな待ちの時間すらも、嫌いではなかった。この店にある、ほとんどの台が、お金に換わる可能性がある。状況は刻々と変化する。それを見極め、行動に移す。といっても、小僧は、パチ屋にあるものや他者の顔をほとんど見ていない。片目が眼帯でふさがっているうえに、見えている方の目も弱視のため、正面からじーっと見ないと、うまく像を結ばないのだ。目が見えない分、聴覚と想像力で勝負する。期待値を欲してはいけない。すべてを拾えるはずがないのだから。虚心でレバーを叩く。自分の手が空いているときに、期待値に期待できる台があれば、拾う。

 牙と小僧は、閉店近くまで期待値を追い、拾い続けて、たけさんの家に帰ってきた。戸を開けたたけさんの家は、どこかいつもと雰囲気が違うような気がした。
 居間の座布団にあぐらをかいてたけさんの酒に付き合っていたリバが、開口一番、「あの、コオくん、今日はすいませんでした」と頭を下げた。
「大丈夫ですよ」小僧は笑顔で返す。
 小僧がそう言う以上、牙は何も言えなかった。その空間は、どこか、いつもと雰囲気が違うのだが、小僧は疲れていて、歯を磨くとすぐに眠ってしまった。

「おはよー」小僧を起こしにやって来たのは、着ぐるみを着た女の子だった。
「ええと、誰ですか?」小僧は言った。
 おはよー、と声をかけたことで満足したのか、着ぐるみを着た女の子は、スタスタと走って部屋を出て行った。
「師匠、この子は?」
「リバのめいっこだって」


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 パチ屋に行けば、期待値が落ちている。期待値は高確率でお金に換わる。その仕組みを共有する仲間がいる。仲間に利益をもたらすことは、自らがおかしてしまった過ちを償うことにつながる。

 リバは、これからのことを考えていた。これからを考えるということは、これまでを振り返るということでもある。おれの人生は、コオくんに捧げている。ということは、コオくんが嫌だと言ってこない限り、おれとコオくんは、運命共同体のようなものだろう。ということは、おれの抱える問題は、コオくんの問題ということになる。ほな、マツリちゃんのことも、まずは、コオくんに相談。それが筋というものではないか。

 この期に及んで、リバはおめでたい男だった。牙は怒るだろうな、とは思う。あいつはそういう男だ。
「はあ? リバお前、この子をどうするつもりなんや?」
 ほらね。牙が予想通りの反応を見せたのは、マツリちゃんが寝てしまい、マツリちゃんを前に大はしゃぎだったたけさんも寝てしまった後のたけさんの家の居間だった。
「しゃあないやんけ。ほな、あの子、どっかに放れ言うんか?」リバは言う。
「何を言うてるんや。兄貴を探せや」
「探すって、あれをか? あのな……」
「てゆうかお前に兄貴がおるなんて知らんかったぞ」
「言うてへんし」
「はあ? 言えや」
「言えんことやってあるわ」
「ないわ。少なくとも、おれには一個もない」牙は言う。
「それは、お前が恵まれてるからやろ」
「恵まれてるって何やねん。おれらバディちゃうんか?」
「そうや。でも、それとこれは違う問題やろ。牙、お前、親友やからって、ケツの穴見せろ言うたら、見せるんか?」
「見せるよ。ぜんぜん」
「いや、見せんな……」
「おれが言うてるのは、リバお前、スロットはどうするんかってことや」
「もちろん、打つよ」
「パチ屋にあの子は連れていかれんやろ」
「保育園とかあるやろ」
「金はどうするん? それから、誰が連れて行くんや?」
「牙、おれら、家族みたいなもんやろ」
「いや、それこそ、それとこれは違うやろ」牙は、強い調子で否定する。「何がメインかって話や。お前の言う家族の中心には、『お前』っていうか『お前の都合』があるやろ。違うやん。『家族』をメインで考えな」
「それは一理ある」リバがうなずいた。「おれらの生活の中心は、コオくんや。おれは、コオくんのしたいことをサポートする。ほんで、その生活に、お前は付き合ってくれている。ここまではオーケイ?」
「オーケイ」
「その生活に、新メンバー加入。マツリちゃん。あかん?」
「あかんとかあかんくないとかじゃなくて、子供は親元で育てるべきやろ」
「いや、そんな正論なんか意味ない。世の中にはマジでやべーやつがおるんやって。それが、うちの兄貴や」
「そんなん知らんし」牙は、若干、すねたような態度で言った。
「わかるやろ」
「わからん。なあ、お前の見えている世界と、おれの見えている世界は違う。言わな、言われな、わからん。違うか?」
「……」
 いつだってリバは、過去の出来事をうまく言葉にできなかった。そういうことはしたくない、という強力な蓋が、それをすることをはばんでいた。ともあれ、そんな場合じゃないことも、リバはわかっていた。
「なあ、おれ、弱点があるんやけど」とリバは言った。「弱点さらすんやから、お前も覚悟しろよ」
「何や、覚悟って?」
「聞く覚悟や」
「……何や、聞く覚悟って?」
「お前が思ってるよりしんどい話でも、最後まで付き合えってこと」
「わかった」
「牙、おれな、ぶつぶつがあかんねん」
「はあ?」
「ぶつぶつを、よう見れん」
「意味がわからん」
「ぶつぶつ、あるやろ」
「ぶつぶつって何や」
「ぶつぶつはぶつぶつ。ドット? てんてんてんや。そんなんを見ると、悪寒がする。ゲー出そうになる」
「高所恐怖症みたいな?」
「高所は大丈夫や」
「違う違う。高所恐怖症とか、閉所恐怖症みたいな、恐怖症ってやつちゃうの?」
「知らんけど、とにかく細かいもんがぎゅっと集まってるのがあかん」
「ふうん」
「牙お前、これを簡単に考えるなよ」
「だって、わからんもん」他人事のように牙は言った。
「お前には怖いもんないんか?」
「いや、苦手なもんはいっぱいあるよ」
「何よ?」
「女の人とか……」
「はーん」リバは今度は他人事のように牙の話を流そうとした。「女は別に、お前のこと襲ったりせんやろ? おれはぶつぶつに襲われるんやぞ」
「ぶつぶつに襲われるってどういう状態や?」
「あいつらは、何もせんよ。でも、おれの体内があいつらから何かを感知して、逃げようとするんや。とにかく、嫌やねんて。ぶつぶつが嫌やねん。冗談抜きで。真剣に。そこはわかってもらわんと、この先の話はできん」
「わかった。お前は、ブツブツが怖い。オーケイ?」
「オーケイ。で、おれのその弱点を知ったあいつは……」
「待て待て、あいつって誰や?」牙は、落ち着け、というようなジェスチャーでリバの言葉を止めた。
「兄の話やろ? あいつは、3歳だか4歳のおれに、ぶつぶつの写真を、延々と見せてくるんよ。わざわざカメラで撮ってまでやで。おれは泣き叫ぶ。あいつは笑う。これがおれとあいつの関係の原点にして頂点なわけよ」
「どっちにしろ点やん。お前の苦手なやつやん」
「うん」
「お前の兄貴は、悪いやつってことやな」
「まあ簡単に言えば」簡単に言えないから困ってるんやけど、と思いつつリバはうなずいた。
「その弱点、でもけっこうやばいな」牙は苦笑した。「そんな柄のタトゥを顔に彫ったやつおったら、お前の攻撃力ゼロになるやん」
「やめろや。そんなん言うの。想像するだけで吐き気がする」
「でも、たとえば、台取りのときに、そんなやついたら、お前絶対負けるやん」
「だから、弱点ってのは、人に言うもんじゃないやろ。それを言ったんやから、察せや。察しと思いやりはお前の得意ジャンルやろ、牙」
「え? おれそんなやつやった?」
「頼むぜ、皇帝」
 リバが、思いのほか真面目な顔だったので、牙はうなずくしかなかった。
「で、あの子はどうするん?」
「いくら親って言っても、そんなやつの手元に置いておくわけにはいかんやろ?」


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 パチ屋に行けば、期待値が落ちている。期待値は高確率でお金に換わる。その仕組みを共有する仲間がいる。仲間に利益をもたらすことは、かつての過ちを償うことにつながる。それは、牙とリバにとって、これ以上ない素晴らしい物語だった。

 牙、リバ、小僧という山賊団。たけさんという、人たらしのお父さん。りんぼさんという怖い叔父。僕という地味な兄。そんな擬似家族に、マツリちゃんを迎えるべきかどうか。この物語はどうすれば続けることができるのか。2人が話し合っているのは、そういうことだった。

 家主であるたけさんの意見はこうだ。
「おじいちゃん本能がくすぐられるのは大歓迎!」
 おじいちゃん本能の真偽はさておき、リバは、マツリちゃんをこの家に連れてきた後で、がっつり昼寝をしていたから割と元気。対して、がっつり山賊稼動をしてきた牙は眠い。そうすると、どうしたって、リバの意見の方が強くなる。
「牙、お前さあ、女の人が苦手って言うてるけど、子供も苦手やろ?」
「まあそうなあ」牙はうなずく。
「子供と喋れん男は、女ともうまく喋れん。何でかわかるか?」
「わからん」そんな話はしたくないんやけどなあ、でも、お前の弱点の話を聞いた手前なあ、という複雑な表情で牙は言った。
「お前が女とうまく喋れへん最大の理由は、格好つけてるからや。自分をよく見せようみたいな気持ちがあるからや。なあ、牙、これは、神様が与えてくれたチャンスやと思うんや。天があの子を遣わせてくれたんや、と」
「……なあ、何で、おれの話になってるんや? 一番の問題は、あの子がどう思てるか、やろ。ご両親に問題があるんやとしたら」牙は眠気をこらえて正論を言った。
「ほなお前は、あの子がここで暮らしたい言うたら、あの子がここで生活できるように、応援するんやな?」
「まあ」うまく言いくるめられてる感はあったが、牙はうなずいた。
「じゃあ、明日聞いてみようや」
「そやな」牙はそう言うと、意識を失ってもいいという指令を、肉体に出した。

 過去の話を言葉にしたことで、リバは不思議な興奮に包まれていた。とはいえ、リバはいつでもどこでも眠れる特殊能力の持ち主でもあった。今日も竹田家には、3種類のいびきが響く。

つづく
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