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 北風が、はじめましてという顔で吹きすぎていった。

 あいつのいない冬を過ごすのは初めてのことで、いや、あいつに出会う前も冬はたぶんあったのだから、厳密に言えば10年とかそれくらいぶりなんだろうが、10年前に戻れない以上、この感覚は初めてと言っていいはずで、ともかく、世界はクソ寒いのだった。

 何だ。じいちゃんが死んだときと同じか、とも思う。だけどじいちゃんは、オレが生まれた時点でじいちゃんで、オレよりずいぶん年配の男性で、あいつはタメで、いや、そんな考察はマジくそどうでもいい。何であいつが死ななくちゃいけなかったんだ? この繰り返し。もう何もかもどうでもいい。そう思った次の瞬間には、何であいつが? と嘆く。その繰り返し。

 目が覚めて、起き上がるまでに長い時間が要る。自分が今どこにいて、今日は何をする日だっけと考えて、次にあいつを起こしてやろうと横を向く。いない。どこ行った? ああ、そうか……

 そうか……。

「やっと目が覚めた?」と、誰かが言っているが、頭が痛い。そしてエラい寒い。「身分を証明するものを持ってるかな」
「何?」
「身分をね、証明するものを、持っていますか?」
「身分?」
「住所、氏名、年齢、それを証明するもの。免許とか、保健所とか。ない?」
 そこまで言われて初めて、オレの前にいる人が警察官であることに気づいた。隣には警視庁と書かれた白と黒の車、すなわちパトカー。せりあがってくる吐き気を抑えながらまばたきを何度かして、ポケットに財布があるかどうかを確認し、あったことに安堵し、その中から免許証を取り出した。
「住所、大阪府になってるけど、旅行か何か?」
「旅行……はい」
「大丈夫?」
「いや、はい」
「これからどうするの? 宿は?」
「マンガ喫茶か、サウナか」
 オレとそう変わらない年齢だろう男性警察官は、オレの免許証を目で追いながら、無線で誰かと喋っている。てか、何でオレはこんなところにいるんだ?
「まずは」と警察官は言った。「立ち上がってもらえますか?」
「はい」と言って、立ち上がろうとした。むず。
「まっすぐ、歩ける? ちょっと歩いてみて」
 オレは言われた通りに歩こうとした。むず。まっすぐ歩くのむず。と思いながらも、オレはやった。まっすぐ歩いたよ。
「まあ、大丈夫そうか」そう言うと、オレと同い年くらいの警察官はオレに免許証を返却した。「じゃあ、我々は行くけど、あんまり飲み過ぎたらだめだよ」
「……」全然大丈夫じゃねえよ、とつぶやきつつ、オレはパトカーの後ろ姿を長いこと見つめていた。

        牙折れ

#今、いじけている人物は、近い将来に前を向くという武器を隠しているという意味で可能性がある
#ぼくたちの脳は、過去から未来を予測するシステムである
#良い未来を予測できる小説の書き出しを書けないものか
#イントロドーン
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