パチスロは終わったとみんな言うけれど(小説です)
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 自分からは動かない。アイディアも出さない。そのくせ、割と人のせいにしがち。どうしておれみたいなやつとヤマサは、15年も一緒にスロットを打っていたんだろう。だーかーらー、死んだやつは答えてくれないんだって。少しは自分で考えろよ。うん。

 たぶん、おれがイエスマンだったからだろうな。パチ屋みたいなところで、一人で生きていくのは楽なことではなく、幾らヤマサであっても、味方の存在が必要だった。それがおれみたいな無能でも。いや、むしろ無能の方が都合がよかったのかもしれない。あいつが決め、おれが、従う。きちんとした指標があり、かつ期待値がある状況では、おれたちの戦略はハマった。

 が、ヤマサは、期待値のマネジメントはできても、健康面でつまづいてしまった。もともと体が強くなかったのもあるかもしれない。日頃の不摂生。不運もあっただろう。それでいて、頑なにマスクを拒絶する男だった。同じような生活をしていたにもかかわらず、おれだけが生き残ってしまった。

 そんなヤマサには娘がいて、今、おれの膝の上にいるのがその子で、歩こう歩こうとするのをやめさせるために抱きしめていたのだけど、そのうちに疲れてしまったのか、寝てしまった。しょうがないので、抱っこをしたまま、おれは座った。

 母親が誰かは知らないが、ヤマサがいない以上、責任的なものがあるとすれば、その女性に帰属してしかるべきだろう。が、その女は、育児放棄をし、この子は、児童養護施設に引き取られたのだそうだ。どこか遠い世界で起きているような話だ。しかし、この子は生きている。ここにある命は、間違いなくある。遺伝子の半分と、名前、この子を構成するかなりの要素はヤマサ由来であり、その意味では、ほぼヤマサである。

 ブキ、よろしく、というあいつの声が聞こえた気がした。……つうか、そもそもなんなんだよ。ブキってのは。


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 あいつと初めて会ったのは、総合病院の待ち合わせ室だった。今と同じくらいの季節のことで、おれは、籍を置いていたサークルのスノボー合宿から帰ってきて以来、どうも胸のあたりがチクチク痛み、講義をサボって、朝から病院に向かったのだった。
 
 30分が経ち、1時間が経ち、しかし一向に、おれの名前は呼ばれない。待合室は、老人ばかりで、近しい年齢の人間は、1人しかいなかった。そいつがヤマサだった。
「これ、いつまで待たされるんすかねえ」人懐っこい感じで、ヤマサは言った。
「さあ」
 おれは当時から、引っ込み思案というか人見知りというか、初対面の人と仲良くできないうえに、胸が痛い(のちに、肋骨にひびが入っていたことが判明した)。しかし、ヤマサは違った。
「ここで待ってても埒が開かないし、てか今日、時差オープンでいいイベントあるんで、もしよかったら、ブチってパチ屋行かないすか?」と、言うのだった。

 ヤマサの言い分は、要するに、リスクを半分にする代わりに、利益を山分けしませんかという提案だったのだが、おれには理解できなかった。しかし次の瞬間、おれは、いいよ、とうなずいていた。意味のわからない言葉の中に、何かしら良いものを感じたということなのだろうか。良いというか、魅力的な、悪のささやきのようなものを。
「んじゃ、行こう。おれ、ヤマダマサト。よろしく」
「よろしく」と言って、頭を下げた。
「名前は? 何て呼べばいい?」
「ケンザキカネト」
「どういう字を書くの?」
「剣崎金刃」
「すげえ。武器が二個もあるじゃん。ウェポンじゃん。どっちがいいかな、うん、ブキって呼ぶわ。ブキ、よろしく。おれのことはヤマサって呼んで」
「はあ」ウェポンじゃなくて良かった、という謎の安堵感。今、思えば、この瞬間に、おれとあいつの位置関係は決まったのだ。

「ところで、あなた、家内とはどういう関係なんですか?」
 ジジイの声で、我に返った。低く、暗い声。まるで別人格が現れたような言いぶりだった。
「ひょっとして、家内と関係があったりはしませんよね?」
「な、ないわ」何だこの言い方は。これじゃまるであるみたいじゃないか。
「そのことを証明できますか?」
「証明しようがないことを証明させたい理由って何?」
「たとえば、ラブホテルに入ったりしたら、それは、不貞行為の証明になりますよね」
「それは、脅してるの?」おれは言った。
「ただ、お金を貸してほしいだけですよ」
「貸さないと言ったらどうすんの? 裁判?」
「あなたはこれまでに、訴訟したこと、もしくは、されたことはありますか?」
「ない。スラップ訴訟とかってのは、大学でちょろっと習ったけど」
「では、その面倒くささはご存知ですよね」そう言って、ジジイは笑った。
「その前に、お金がなくて困ってる人が、裁判なんてできるんですかね。たしか裁判は、最低でも何十万か、かかるはずだけど」
「わたしは、これでも一応、NPO法人の理事長をしておるのですね。キミのご職業は存じ上げませんが」
「ほら、典型的なやつじゃん」と言って、おれは笑った。「社会的な地位がある団体、または個人が、社会的弱者をさらす。あるいは、むしるための裁判、スラップ訴訟。でも、おれは、自分で言うのも何だけど、無敵の人に近いですよ」
「無敵の人というのは、守るものが何もない人のことでしょう? あなたが今、抱えているその子はどうなんです?」
「こいつは、魔王の子供。無敵、それ以上だよ。ためしに戦ってみる?」おれは笑った。はは。何か楽しくなってきた。「無敵ってのは、攻撃を食らわないだけじゃなくて、攻めるのに何の躊躇もいらないから無敵なんよ」
「へえ。あなたは戦いそれ自体が好きな人なんですか。病気ですか?」
「病気かもね」
「お金は貸してくれないんですか?」
「あのさ、さっきからずっと、おかしな話してるけど、それがどれだけおかしいか、わかってて言ってる?」
「おかしいというのは、何か基準があって、その基準からズレてるから、おかしいと感じるわけですよね。その基準がどこにあるか。あなたにあるのか。わたしにあるのか」
「おれでもないし、あんたでもない」
「じゃあ、何ですか?」
「おれが、生き残れるかどうか」
「それは、わたしも同じですよね」
「もちろん」
「二人とも生き残りたいときはどうすればいいんですか?」
「二人とも生き残ればいいんじゃないですか」
「わたしが生き残るのに、金が必要だって言ってるんですけど」
「それは、嘘だと思いますよ」おれは言った。「お腹が空いたなら、ご飯が食べたいと言えばいいし、寝るところが欲しいなら、寝るところが欲しいと言えばいいし、承認されたいなら承認して欲しいと言えばいい。言えないなら態度で示すしかない。そのうえで、それがバッティングしたら、分けるか、争うかを選ぶ。生き残るってそういうことじゃないですかね」
 んん、とヤマサコの口から声がもれた。起こしてしまったか。
「トイレ」と、ヤマサコははっきりとした声で言った。
「こっちだよ」と言って、ヤマサコの手を引いて、トイレに連れて行く。
「ひとりでできる?」と聞くと、うなずいたので、リビングに戻ると、ジジイが消えていた。あの野郎。

 ま、いいか。そのうちに、ヤマサコが戻ってきた。心なしか、彼女の顔に生気のようなものが浮かんでいるように見えた。
「ねえ」と、言った。「ヤマサって呼んでもいい?」
「ヤマサ」ヤマサコはオウム返しをした。「ヤマサ」
「そう。ヤマサ」
「ヤマサ」
「……」
 おれの言った言葉をくりかえすヤマサの娘を見ていると、感傷がやってきた。おれは、漠然と、期待値を追って生活をしてきた気になっていたが、そうじゃなくて、ヤマサの言葉に生かされていただけなのかもしれない。言葉の根拠もわからないままに。

「大丈夫」というのが、あいつの口癖だった。あいつはいつも、大丈夫、と言った。ブキ、大丈夫だって。ぜんぜん問題ない。そんなん気にするより、次どこに行くか決めようぜ。大丈夫、大丈夫だって。ぜんぜん問題ない。

 ヤマサは、行動原理を説明してくれたりはしなかった。憶病なおれが、期待値だとか、仕組みだとか、論理みたいな言葉を探してきただけだ。ただ、あいつの言うことは、いつも裏付けがあった。あいつなりの確信があった。あいつの言う「大丈夫」の裏には何があったんだ?

 命、か。

 命あるものは、いつか消えゆくのだとしても、少なくとも、生きている間は消えたりしない。だから、大丈夫(生きていれば)。大丈夫(生きてさえいえれば)。ぜんぜん問題ない。そういうことだろうか? あるいは、あいつは自分が言われたいことを言葉にしていただけなのかもしれない。いずれにせよ、おれがヤマサの子供にかける言葉も同じはずだ。
「大丈夫だ」と。

 唐突に、志村けんの顔が浮かんできておかしくなった。笑うおれの顔を、ヤマサコは不思議そうな顔で凝視している。不思議そうな顔のヤマサコを見ているうちに、何だか本当に大丈夫な気がしてきた。大丈夫。生きていれば。大丈夫、大丈夫だって。ぜんぜん問題ない。今生きてるんだから。

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