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稲葉弘通「鶴図」


何か、愉快なものを書こうと思い立ち、阿呆なものを、できるだけ阿呆なものを、と努めたら、こんなんできました(と、言いながら、書き途中ですが)。”今”という時間が、ほんの少し愉快なものになりますよう、祈りを込め、アップします。

書くこと、賭けること 寿

パチスロは終わったとみんな言うけれど#1/10

これは小説です
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 他者と出会うことが極端に少ない生活の中で、「職業は?」と聞かれるのはもっぱらキャバクラだった。

 何かを叩く仕事をしている、というと、「トンカチ?」と言われることが多い。
「ボクサー?」違う。
「ネット関係?」それも違う。

 叩くのは人じゃない。存在、言葉でもない。レバー。そしてストップボタン。さあ、何? といって、正解が返ってきたことがない。えー、わかんない、という返答で話はうやむやになる。どうせろくでもない職業だろうという彼女たちの予想は当たっている。

 叩くのはレバー。そしてストップボタン。正真正銘のろくでなし。スロット打ちである。

 ギャンブラーと聞くと、ギャンブルに命を張る勝負師、または愚か者、みたいなイメージがつきまとうが、スロットで生計を立てるスロッターは、ギャンブルをしない。それは、ほとんど唯一の鉄則だ。

 みたいなことを得意げに言うと、同業者は失笑するだろう。すべてのギャンブルは、打ち手が負ける確率が高くなるように設計されている。おれたちは、その亡骸を拾って回る廃品回収業者みたいなものだ。どぶさらい。死体拾い。職業とはとても言えない。ただ、その分、お金をじゃぶじゃぶ使う。どこで? 夜の街で。

 ぶっちゃけ、風俗も、お姉さんのいる店も苦手だ。というと、スカしやがって、と思われるだろうが、最低でも週に2~3度は行く。というか連れて行かれる。いや、連れて行かれたのだ。あいつに。


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 式場は、大理石をふんだんに取り入れた立派な建物だった。記帳を済まし、香典袋を渡し、あいつの棺がよく見える位置にあるパイプ椅子に座った。

 波のうねりのようなお経が聞こえている。坊主の声はマイクに拾われ、室内に広がる。白木でできた棺の上では、地味な色の花で飾られたあいつの写真が笑ってる。

 何が面白くて笑ってるんだ? と思いつつ、焼香のために席を立つ。お辞儀をして、焼香台の前に立つ。一度、二度、三度、焼香し、手を合わす。ここにあいつが眠っているということがうまく呑み込めない。あいつの写真に向かって頭を下げる。あいつのお母さんに向かって頭を下げる。パイプ椅子に戻る。

 思いがけず、唐突に、式が終わる。香典返しを受け取り、式場を出たところでスマートフォンを取り出すと、ラインが入っていた。

「今日 ちょーヒマなんだ 助けて笑」
「いいよ」と返し、タクシーを拾った。
 パンドラ、というのが、そのキャバクラの名前だ。
「いらっしゃいませ」ボーイが言った。「ご指名はリノさんでよろしいですか?」
「うん」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
 あー。久しぶりー。リノはよそ向きの丸い声で言った。
「あれ? 何でスーツ?」
「就職活動」
「ウソつけー。ネクタイ黒だし。お葬式? 今日ヤマさんは?」
「おれ、一人」
「珍しいね」
「うん」
「どうしたの?」
「何が?」
「何か、暗くない?」
「疲れてんのかな」
「何、飲む?」
「一杯目はビールありなんだっけ」
「うん」
「じゃあそれで」
 すいませーん、ボーイに向かって硬く鋭い声でリノは言う。外向き。内向き。この二面性がリアルでいい。リノという源氏名は、アイドルだか誰だかの名前をパクったというが、おれとしては、スロットにそんな機種があったから、覚えやすく、むしろそれが仲良くなったきっかけだった。
「おつかれさまー」
「おつかれさまです」と返す。「何か飲む?」
「いいの? あざーす」
 彼女が教えてくれたところによると、キャバクラ嬢は、飲めば飲むほど、お金をもらえるらしい。客はもちろん、飲み放題のプランで入店するわけだけど、彼女たちの一杯は、1000円とか2000円で、その半分だかが、彼女たちの懐に入る。らしい。

 リノは梅酒ロックを飲んでいる。原価は100円にも満たないだろうが、リノはダブルという魔法の二倍付で飲んでいるため、これが何と2000円なり。
「ブッキーって、ほんと細かいよね」
「おれ? 何で?」
「だってあれでしょ。おれの金で、梅酒なんてしょぼいもの飲みやがってみたいなこと考えてるでしょ」
「考えてねえよ」と言って苦笑した。
「ヤマさんに何かあったの?」
「何で?」
「そんな顔してるから」
「エスパー?」
「うん」リノはそう言って、梅酒をごくんと飲んだ。
「あいつの葬式だったんだ」

つづく

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