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仕事をクビになって12年。驚くことに、それまでゴマフアザラシのように点在していた白髪の本数が目に見えて減った。しかし、眉毛や髭に、白髪が混じるようになった。

ある部分は復元し、ある部分は衰えていく。人体のこの、何とも不思議なアクション/リアクションに、驚きを禁じ得ない。

この、ままならない人生に対する最強のソリューションは、「置かれた場所で咲きなさい」なんだろう。

だけど、置かれた場所じゃ、ちっとも咲かないという人もいる。そこには、土がない。水がない。日が当たらない。何を文句言ってるんだ。甘えるな。そこに置かれたのは自己責任だ。ジャストドゥーイット。やれ。

嫌だ。そんなところでも咲き誇る、不屈の花もあるのかもしれないが、すべての人間がそうではない。そこでは、決して、何も、咲かない。このままならない世界には、そういう場所があるのだ。

「したいことをする。したくないことはしない」

そんな生活を送っているうちに、白髪が減った。ある意味では、ぼくは若返りのクスリを飲んだのかもしれない。逆ウラシマである。だから、それをやめろと言われたら、死んでしまうわけではないだろうが、少なくとも、白髪が増えてしまう。

タイムマシンの開発はまだだが、そして論理的にいえばこの先も、タイムマシンができることはありえないのだろうが、肉体の時間を強制的に未来人化させることは簡単にできる。

「嫌なことをさせられる。したいことは決してできない」

ようこそ。未来へ。言うてる場合ではない。これだけで、肉体の年齢は加速度的に進んでしまう。

幸い、雨の日も、風の日も、パチ屋が開かない日でも、12年続けても、ちっとも飽きないくらい楽しいことに、そのためのストレスなら幾らでも引き受けたいことに、仕事をクビになったおかげで巡り合えた。白髪が減ったという事実が、おまけというか、その”しるし”みたいなものだろう。

自分のすることの成/否は、ギャンブル=自己責任で何とかなるとして、後は、たぶん、誰に迷惑をかけるか/かけないか、という話だ。それから、誰を喜ばすか/苛立たせるか、という話だ。

誰かに迷惑をかけずに生きるのは、無理だ。そして、全員を喜ばすことも、無理だ。それは、ムズすぎる。それだけははっきりしている。

死んでしまうこと。それがソリューションにならないこともはっきりしている。身近な誰かの記憶を、あるいは免疫力を、ポジティブな精神を削るだけだ。そんなことをするくらいなら、迷惑をかけるかもしれないとお願いする。誰かを苛立たせるかもしれないが、誰かを喜ばすことに専心する。

お国のために、死を選ばざるを得なかった時代もあっただろう。お家のために、または自分よりも偉いとされる誰かのために、自分を殺して生活しなければいけない時代もあっただろう。であれば、自分を生かす時代があってもいい。いいはずだ。いい、です、よね?(少し不安になる)。

ダメです、と言われたとしても、つぼみすら膨らまずにポイ捨てされるくらいなら、クソみたいなところでも、咲く方が、咲き散らかす方が素敵だと思う。少なくともぼくはそっちに幸せを感じる。

イエス。今日も家の中でパタパタ文章を書いております。
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