KIMG0418

自粛期間につき、読書中。→仮説と、確率の研究室



 ファミリーレストラン。ファック。クーラーが効き過ぎ。


 今日は私のおごりだから、と言ったにもかかわらず、二人は別段いつもと変わりばえのしない、低価格の料理を頼んだ。

 彼らは、おごると言われるだけで目の色が変わってしまう私のような人間と根本的に違うのだった。

「発表があります」と、普段よりも大きな声でコウタが言った。

 いきなりだったので、私は口の中にチーズ入りハンバーグが入っていて、「んむ?」という変な音が口から漏れてしまった。

「オレ、女の子と同棲することが決まりました。はい拍手」

 え? という顔をしながらも、素直に拍手するタホを見て、胸が痛んだ。

「どういうこと?」と私は訊ねる。答えは知っていても、問わずにはいられなかった。

「前言ったじゃん。好きな子がいるって。我、告白に成功せり。その子と一緒に住むことになった」

「良かったじゃん」とタホは言った。

 感情がこもっているようには聞こえないが、タホなりに祝福しているのだろう。だけど……

「でさ、タホ、わりいんだけど、荷物まとめておいてくれないか?」

「は? あんたそんな大事なことをタホに言わずに決めたの?」

「悪いとは思ったけどさ」

「タホは? タホはそれでいいの?」

「まあ。しょうがないよね」

「は?」

 私はむしろタホに怒っていた。ずっと一緒に住んでいたんでしょ? 何でそんな横暴を許す?

「そういう問題じゃなくない? 本当にスロット止めるつもり?」

「いや。今すぐってわけじゃないけど、その子の手前さあ……」

「コウタってそんな自分勝手な奴だっけ?」

「つうかさ、オレももう30じゃん。そろそろ所帯を持ちたい年頃なんだってばよ」

「そんな喋り方しても、私納得できない」

「まあ、しょうがないんじゃないの」タホはポテトをもぐもぐしながら言う。

 そうか、そんなものなのか?   私たちの絆は? つながりは? 

「私たちはどうするの?」

 甘えだ。わかってる。

「タホがいるじゃん。なあ」

「うん。オレは別に全然いいよ」

「でも、何で、何で、コウタ、私たちじゃダメなの?」

「そういう問題じゃないだろ」

「私は三人がいいよ」

 そんな言葉を発しなければ良かったのだ。

「ごめん」とコウタが言う。

 コウタの悲しそうな顔を見るのはこれが初めてかもしれない。嫌だ、と思った。顔が崩れるのが自分でわかる。

 顔が歪んでいく。

 イヤだ。

 イヤだ。

 この液体は何? 涙だ、と思う間もなく溢れてきた。 

 あーあ、ぶっさいくだろうな、と思う。

 泣きながら、チーズハンバーグを食べた。食べ終わってまた泣いた。ドリンクバーを取りに行ってまた泣いた。

 頭の悪そうな大学生くらいのカップルが頭の悪そうな顔で私を見ている。

 小さな声で「別に違うし」と呟いた。

 席に戻った時には涙が止まっていた。無言でメロンソーダを飲み干した。

「帰ろうか」とタホが言った。

「うん」と私は答える。

 レジの前で、「今日はオレが払うよ」とコウタは言ったけど、約束だから、と私が払った。

 支払い金額は3000円もかからなかった。

 不思議ともう悲しくはなかった。あのカップルのおかげかな。頭悪そうなんて思ってごめんなさい。

 続けるか続けないか。タホはすでに決めている。コウタは違う場所を見据えている。それが成功するかしないかは別問題だとしても。


          ☆


「あのさ、ぶっちゃけた話、スロット、いつまで続けられると思う?」と私は問うた。誰に。タホに。

「え?」タホはのんびりとした声を出す。「さあ、どうだろうね」

「さあじゃないでしょ。将来どうなるんだろうとかって不安にならないの?」

「うん。だってパチンコ屋がここ何年とかでなくなるとは思えないよ。それにさ、もしパチンコ屋がなくなってもカジノとか行けばいいんじゃない? もしくは麻雀、ポーカーを覚えるとか。株とかFXとか、投資を覚えてもいいかもね。何とかなると思うんだけどな。ギャンブルは世界中にあるだろうし」

「はい?」

「オレは宝くじなんてゼッタイに買わないんだよ。分母が大き過ぎるから。割が悪すぎるし、手の届く範疇を超えているから。でもさ、人間対人間だったら、何かしら勝機があると思うんだよね」

「言ってることが全然わからないんだけど……」

「生命の記憶みたいなことだと思うんだけど」

「……は? 生命? 何? オカルトの話?」

「けっこう真面目な話だと思う。何て言えばいいのかな。オスとメスの役割ってあるじゃん。肉体的にも、もちろん精神的にも。オスの役割ってメスと違って現実的じゃないんだよね。たとえばオレらが無人島に漂着するとするでしょ。当然、水や食料が必要になるじゃない」

「うん」

「そういう時になって、やっとオスの存在価値が生まれると思うんだ」

「何で?」
「誰かがそれをしなければいけない。でなければみんな死ぬ」
「それって何? どうやってするの?」 

「迷わないこと」タホは自信に満ちた声でそう言った。

「はい?」

「どこかにゼッタイにあるんだ。水か、食糧か。ない可能性について考えてもしょうがない。ないなら死ぬしかないんだから」

「それであんたはどうやって水や食糧を見つけるの?」

「だから、迷わないんだよ」

「ごめん。よくわからない」

「今のエヴァの設定6のベル確率は?」

「7.44分の1」

「うん。設定1だと8.19分の1。だけどそんなのって偏るじゃない」

「うん。めっちゃ偏る」

「だから、迷わない。冷静に小役をカウントして、見極める。それと同じなんだよ。無人島も。あっちに小川があるかもしれない。こっちに小川があるかもしれない。正解は一つじゃないかもしれない。でもオレはその場所を探せる気がする。正解があるんならね」

「よくわかんないんですけど」

「ごめん」

「要するに、タホはこれからもギャンブルで食べていこうと思ってるってこと?」

「うん」

「あの、一つ質問いいすか?」と私は言った。「ギャンブルって、結局親が勝つようにできてるじゃん。胴元っていうの? プレイヤーが店に勝つことは絶対にできない。それについては?」

「それってよく言われてることだけどさ、勝ち負けの概念が違うんだよ。胴元が儲かるのは、勝ってるんじゃなくて商売してるだけなんだ。ギャンブルじゃなくて。オレは、商売をしたいんじゃなくて、勝ちたい」

「わかんねー」私は言った。「マジでわかんない」でもなぜか、笑ってしまった。

「オレはこう思ってるってだけの話。オスは勝ち続けなければならない。少なくとも日々の糧はそれで得なければいけない。そうじゃなきゃ存在意義がない」

「あんたってそんなマッチョマンだった? てか、スロットって結局確率がすべてでしょ。確率はあくまで確率じゃん。一日で収束することなんて滅多にないし、観測ポイントによってはバラつきだって出るでしょうに」

 言った後で、私にしては正論だろ、と思った。そう、人は確率を意のままにすることはできない。

「そうだよ。だから、そんなのは目安に過ぎない。大切なのは、慎重に見極めながらも、迷わないこと」

「タホは強いからね」

「でも、それしかないんだよ。オレには。うまく言えないけど」

 私はボソッと呟いた。「じゃあ、メスの役割は?」

 タホもボソッと呟いた。「それは、わかんないなあ……」 

「ねえ、タホって女に興味ないの?」

「ないわけじゃないけど……」

「けど?」

「見つからないんだよね。その問題に関しては、見つける自信もないし」

 言った後でタホは笑った。笑い顔が可愛かったので、私もつられて笑った。

 とりあえず、タホとスロットを打つか、と思った。とりあえず、という言葉に含まれる矛盾は無視することにして。


つづく

にほんブログ村 スロットブログへ