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 次に、スロットで勝てる理由について語ってみたい。

 スロットには設定というものがあって、 勝ち負けはほとんどの場合、ここで決まってくる。基本的に、設定は6段階に別れていて、1が悪が、6が良い。スロッターは一日に平均8000回転くらいリールを回す、と書いたね?

 1ゲームに必要なお金は60円。
つまり我々は、一日に48万円分のコインを台に投入することになる(60×8000)。


 さて、1日が終わったとき、いったい僕はどれくらいの収支があるのだろうか? それを便宜的に計算できる指標がある。これを機械割という。機械割は55%から119.9%という決まりがあるのだけど、仮に、こういう台があったとする。
 

 設定一 94%

 設定二 96%

 設定三 100%

 設定四 104%

 設定五 106%

 設定六 110%
 

 機械割は、プラマイゼロを100%と考えて、設定1の94%なら、48万円分のコインに対し45万1200円(480000×0.94)、つまり2万8800円の負けということになり、設定6の110%なら、52万8000円(480000×1.1)、つまり4万8000円の勝ちとなる。

 これが、店側にしても、客側にしても、基本的な考えの基になる。


 店は、トータルで黒字になるような設定配分をし、客は良い設定を探そうとする。これがスロッター(そんな職業が許されるなら)たる僕の日常なんだ。

 高設定台に座る限り、客は、高い確率でスロットに勝つことができる。
 

 結論として、僕がこの十年以上一度として定職に就くことなく生活を続けられたのは、パチンコ&スロットユーザーによる不断の献金のおかげだ。

 パチンコ屋は必ず儲かる。なぜなら、そういう風に設定を配分するから。けれど、全機種全台設定1というようなホールには、客が近づかない(実際そんな店ばかりなんだけどね)。

 なぜこんなことを言うかというと、人間がパチンコ屋に入るのは、伊達でも酔狂でも、物見遊山でもない恐ろしい理由が隠れているからなんだ。

 最初に書いたことを思い出して欲しい。

「キミは数百枚のトランプのカードの中から一枚を選ばなくてはいけない(いけない)」

 そう、それをしなければならない、という強制力が働くんだ。人間の脳ってやつは。


 だから、ギャンブル中毒というのは、薬物中毒と同じものなんだ(本当だよ)。

 



 御手洗優

 ミタライ、ユウ。私の名前。親がくれた、私だけの名前。好きでもないし、嫌いでもない。ただの識別コード。

 タホは私のことをユウと呼ぶ。コウタはおまえと呼ぶ。こだわる人もいるかもしれないけど、私は呼ばれ方なんてどうでもいい。うぬでもそちでもそなたでも。

 

 私がパチンコ屋に入り浸るようになったのは、高校生の頃に付き合っていた彼氏の影響だった。信じられないほど最低な奴だったけど、一緒にいたかったのは事実なのだから、しょうがない。

 彼の発する言葉が宝石みたいに輝いていた。後になってそれが贋物だったことがわかったとしても、その時の私にはそれが真実だったのだ。たぶん、偽りの清涼感にほだされてメンソールのタバコを吸うみたいなことだ(今は嫌煙家だけど、私にも吸っていた時代があった)。


 要するに、彼はダメ人間だった。クズで、ゴミで、最低、最悪の人間だった。高校生にはおよそ考えられないような場所に、デートなんて口が裂けても呼べないような場所にしか、私は連れて行ってもらえなかった。パチンコ屋だけではない、競馬場、競艇場、ゲーム喫茶、果ては裏カジノ。パチンコの打ち方、スロットの目押しの方法、競馬新聞の読み方、ポーカーのルール、バカラのルールなどを、(今考えるとおそろしくへたくそな言葉で)説明してくれた。

 お金がなくなったと言っては高校生の私にせびる。愛のあるセックスが何なのかなんて、今でも私にはわからないけれど、彼の前で私は完全なるオモチャだった。

 ご主人様と奴隷ですらない関係。

 彼のみすぼらしい1kのアパートには蒸し暑いだけのロフトがついていて、そこに檻が用意されていた。大型犬用の檻。

 半ば予定調和の演出ではあったが、彼は頭が痺れるくらい下品なことを口にした。私はそれだけで胸いっぱいになってしまった。けれど、ある日を境に彼は帰ってこなくなった。放課後になると彼の部屋に向かい、終電で帰る。

 何日も、何日も、私は蒸し暑いロフトの上で彼の帰りを待った。数週間が経ち、私はあきらめた。悲しいとかそういう感情はなかったように思う。

 私は彼の幻影を追う代わりに、パチンコ屋に通うようになった。彼の存在を打ち消すようにスロットのレバーを叩いた。執拗に。なぜかはわからないが、負ける気がしなかった。


 私は梅雨空みたいにうじうじ考えたりはしない。一つの季節が終わったら、また違う季節がやって来るのだ。私は彼を愛していたのではなく、彼の作り出した舞台を愛していたに過ぎない。そう判断することにした。だって、彼がいなくても、私はもう悲しくない。

 高校を辞めるつもりはなかったから、パチンコ屋には放課後からしか行けなかったけれど、それでも負けることはほとんどなかった。大学に進学しなかったことに理由はない。といってやりたいことがあったわけでもない私は、高校を卒業した後も、だらだらとパチンコ屋に通った。目の前にあったのは坂道だった。なだらかではあるが、確実に下っていく坂道だ。高校の頃のゴッドハンドは鳴りを潜め、半年で数十万円の借金ができて、やむなくキャバクラで働くことになった。


 ……でも、二人との出会いを思い出すと、今でも笑いそうになる。 


「あれ、あんた田嶋じゃない?」タホに気づいたのは私だった。

「え? タホ、知り合いにこんな可愛い子いるんだったら、紹介しろよー」という、まったく真実味のない言葉を放り投げてきたのが、コウタである。

 タホとコウタは、家族ぐるみで付き合いのある幼馴染なのだった。それで、大人になってまで仲が良いなんて、うらやましいにもほどがある。今でも、正直少し嫉妬する。

「いや、知り合いって言うか……ただ、高校のクラスが一緒だっただけで」タホはぼそぼそとした独特の喋り方で言う。

「へえ、あんたってそんな声だったんだね」と、私は言った。「で、今何やってんの?」

「普通、だよ」

 何、普通って? もちろん、普通は、客にその先を訊ねたりしない。普通科の高校にもの申さないように。それくらいの職業的モラルは持っていた。だけど、私はイラっとしたのだ。

「普通って何? 何、言えないことでもしてるの?」

「普通は普通だよ」

「クラスメイトの行く末を心配してるんだから、ちゃんと答えなさい」

「……」

 隣に座った胸のでかさだけがとりえのような女とニヤニヤ談笑していたコウタが異変に気付き、「おいおい、どうした?」と言った。

「コウちゃん、行こう。ここはオレがお金出すから」

 頭の中で何かが爆発したような音が聞こえた。気づくと私は、立ち上がったタホに、水割りをぶっかけていた。そして、私はキャバクラをクビになりました。パチパチパチパチ。タホの驚いた顔を見たのは、後にも先にもその時だけだ。思い出しただけで、あの顔は笑える。


          ☆


 席に座り、オレンジ色の耳栓を、いつものように左耳から装着する。

 すうっと音が消えていく。けれど完全に消えるわけではない。パチ屋の鼓動は常に聞こえている。耳の奥底で、脳の中で。


 大きく深呼吸をし、コウタから受け取った一万円をコインサンドに投入する。出てきたコインを台に注ぎ込む。さりげなく、効率的に。体の負担を考えて、優しくレバーを叩く。ストップボタンを押す。

1、コインを入れる。

2、レバーを叩く。

3、ストップボタンを押す。

 このスリーステップが閉店まで続く。合間に近くの台の情報や、店全体の情報を収集しながら。集中する。私たちの望んでいるものがないとわかったら、躊躇なく止める。

 3、2、1、よし、止めよう。

 悪くはないかもしれないが、最高設定ではない。今日打っているこの機種では、6以外では、ギャンブル性が飛躍的に高くなってしまうのだ。

「あれ? 止めちゃうの? その台良さそうなのに……」

 スキニーが気安く喋りかけてくる。
「設定は悪くなさそうなんですけどね。何なら打ちますか?」と笑顔で返す。

「うんー、打ちたいんだけどね、私の台、ちょうど今、ハマリだしたところだからさ」

 だから? と言いたいところを我慢して、「わかりました。頑張って下さいね」と笑顔で言った。

 下皿のコインを頭上の箱に移し、ジェットカウンターに運ぶ。

 
 自分で選んで座った台というだけで、その台をあたかも自ら腹を痛めて産んだ子どもか何かのように接してしまう人が、パチンコ屋には大勢いる。信じる信じないは個々人の考え方なのだから、もちろんそれは自由だ。
 (天井がついているわけでもないのに)ハマリ台が出るとか、カド台が良いだとか(店の傾向如何によっては使えることもあるが)、そういうオカルト的な考えを頭ごなしに否定するつもりはない。

 我々は、鉄火場という底なし沼みたいな場所にいるのだ。それが何であれ、よりかかりたくなる気持ちはわからないでもない。だが、私たちはそうではない。

 私たちの仕事。それは、見極めることだ。台の動向を。店の傾向を。それは、徹頭徹尾、数字とのにらめっこである。ただ、数値を追いながらも、経験則はないがしろにしない。感触、手応えもギャンブルで生活する中で大切な要素ではある。だけどこれはなかなか言葉にできない。

 

 さて、1500枚ほどのコインを流し、ホール内をうろつくことになった。こういう大規模なイベント時は、おいそれと台移動は叶わない。各シマを回って(シマとは、規則的に並ぶ台の一塊を島に見立てて言う俗称である)、高設定台の当たりをつけ、二人と情報を共有する。その台が空いた場合に効率よく押さえるために。台について熟知していないだろう人の台が高設定と推測される場合は、それとなく近づいて、様子をうかがう。プロっぽい人が出ている台を止める時は、その人の熟練度合いにもよるが、だいたいは信用する。その人が私たちと同じような理で判断したのなら、その台を打つ価値はない。ただ、それも判断が難しい。設定を狙いつつ、天井間際や割の高い状態の台が見つかった場合も、押さえる。

 タホとコウタの背中を眺め、悪くなさそうだな、と思う。時計を見る。十二時半。先に食事を取って、交代しよう。パチンコ屋では何があるかわからないから、できる時に食事を済ますに限る。

 コンビニでおにぎりとサンドウィッチを買って歩きながら食べ、より多くコインを出していたコウタと交代した。


          ☆

 

「今日は、ユウの1500枚が大きかったね」と、コウタが言った。

 今日の結果は、プラス1500枚と端数。投資9万円、回収12万円。一人あたり1万円の勝ちだった。

「いやあ、でも、本当、きつかった」と私は言う。

 本当にきつかった。

 突如始まる暴風雨のような連チャン(デレ)と、底の見えない湖のような深いハマリ(ツン)。

 度重なるツンデレの波を、それでも何とか耐えることができたのは、例によってタホの精神力によるところが大きい。

「ま、勝ったんだし、いいじゃない」と言い、タホはトイレに向かった。

「ほんと、タホさまさまだね」と私はタホの後姿を眺めながらコウタに問いかける。

「そうだな……」

「どうしたの?」

「なあ、ユウ。後で話があるんだけど」

「相談? めっずらしい」

「うん……」

「何?」

「いや、後で」

「今じゃダメなの?」

「うん……」



つづく

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