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ええと、家でじっとしてるのがしんどくなってきたので、前に書いたスロ小説を読み返してみようと思う。何か、これ違くない? という点があったら、直していこう。

ということで、スロ小説第一弾

仮説と確率のラボラトリー


スロットで生活をする3人組の話でしたが、何か、タイトルが肩ひじ張ってますよね。ラボって何だっけ。研究室か。

まえがきも、ずいぶん力んでいる。

元祖。だとか、本邦初公開。だとか、仰々しい肩書を必要としている時点で、マイナスからのスタートなんだよなあ。

2020東京五輪が延期だver.ということで、「仮説と確率の研究室」くらいで、さらっとできないものか。

とにかく、まあ、読んでみよう。




 キミはまだ、幸運にもパチンコ屋に足を踏み入れていないのだから、それでいいじゃないかとも思うけど、一応説明はしておきたい。

 キミは、数百枚のトランプのカードの中から一枚を引かなければいけない(いけない)。

 トランプには、稀に大当たりと書いてある一枚がある。小当たり、というのも、サクランボの絵柄が書いてあるものも、スイカの絵柄が書いてあるものも、ベルの絵柄が書いてあるのも、もう一枚(replay)と書いてあるものもある。

 書いてある絵柄によって、キミは報酬を得ることもあるが、トランプの中身はハズレばかりだ。

 ともかく、キミはトランプを引かなくてはいけない(いけない)。

 そこに、どんな絵柄が書かれていても、トランプのカードを引き、カードの絵柄を見て(報酬がある場合は貰おう)カードをまたカードの集団に戻す。これが、大まかに言ってパチスロの仕組みである。

 ここまで読んでくれたのだ。キミがパチスロというものに興味を持ったものと見なし、具体的に語ってみたい。

 キミは、パチンコ屋から1枚20円のコインを借り、そのコインを、台の右よりに設置されたコイン投入口から投入し(ほとんどの場合、1ゲームに3枚のコインが必要だ)、レバーを叩くと、リールが回り始める。

 日本にあるパチスロが、ラスベガスにあるようなスロットマシーンと決定的に違う点は、3つのストップボタンがついていて、プレイヤー自身の手で押さなくてはいけないことにある(不思議なことに、これは国の決定事項なんだ)。

 さて、リールは回り始めた。どこから押すかはキミの自由だけど、時に損をすることもあるので、指定がない限り(またはメリットがない限り)、左、中、右と押そう。自分が狙った絵柄を押すことを目押しと言うんだけど、スロットのリールはだいたい0.75秒に一周する。少しだけ練習は必要だけど、大丈夫。誰でもできるようになる。

 スロットのレバーを叩くことは、さっき例にあげた、カードを引くということだ。レバーを叩くたびにカードをめくることができる。つまり、抽選を受ける。

 次のステップは、カードの絵柄を確認すること。3つのストップボタンを押して、リールを停止させる。


 大当たりと書かれたカードが出るのは稀で、ほとんどの場合、3つのボタンを押し終わった後は、ハズレ出目というろくでもない出目が並ぶ。しかし偶然にも、キミは大当たりを引いた。7を揃える。するとどうだろう。数千円分のコインが台からこぼれ落ちてくる。

 

 レバーを叩く、ストップボタンを3回とめる。60円が消費される。60円を消費し続けて、大当たりを目指す。これを1日に8000回転以上繰り返す。

 これが、スロッターの日常だ。キミが理解してくれると嬉しいのだけど……。




 仮説① 

 「ギャンブルをする女ってどうなの?」


 2009年、某月某日


 今日も一日が始まる。

 私は一日の中で、この時間帯が一番好きだ。まだ何物にも染まっていない、まっさらな状態の朝が。一日の始まりを知らせる店内BGM、一目散に目当ての台に進む客の足音、コインがジャラジャラ落ちてくる音、台によって異なるコイン投入音、声優の声、ボーナスやART中の音楽、それらが合わさった音。あまりに過剰なパチンコ屋の音。まともに聞いていたら、聴覚がやられてしまうくらいの音。私は耳栓をして、自分の台に集中する。


  目の前の台の設定は、この時点ではまだわからない。良いかもしれないし、悪いかもしれない。ほとんどの場合、回してみなければわからない。そこに、私は唯一と言っていいくらいのやりがいを感じる。

 私たちの地域のパチンコ屋が開店する午前十時から、良い台と悪い台がぼんやりとわかってくるお昼くらいまでの時間は、一日のうちで最も集中を要する時間でもある。

 自分の台だけでなく、周りの台の状況もチェック、狙いが外れたら、二の矢、三の矢。勝負の鉄則だ。

 低設定と感じたらすぐに止め、高設定と思しき台、もしくは可能性がある台を狙う。そうやって、私たち三人はこの六年間、一度も他の職業に就くことなく生きてきた。

 一つ向こうのシマに座っているタホ、そして私の三台隣にいるコウタ。この二人が私の頼れる相棒たちだ。

 朝の並びを入れると、労働時間は15時間に及ぶこともあるけれど、泣き言なんて言ってられない。これは自分の意志で選んだ道なのだから。


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 外に出ると、風に匂いが染みていた。鼻の奥で感じる冷たい匂い。
 耳栓を外すと、風に乗じて虫の声がどこからか聞こえる。そうか、季節が変わったんだ、と思う。そういえば、今年も海に行っていない。山にも川にも、花火大会にも祭りにも行ってない。

 その代わり、太陽を気にすることもあまりない。平気でスウェット姿で人前に出れる。これは退化なのか、進化なのか……。
  コウタが、今日の分、と言って2万8千円を渡してくる。

「お疲れさま」

「ありがとう」と言いながらお金を受け取る。今日のイベント内容にしては、まあまあ、というところ。

 いつからだろう? お金の価値観が変わったのは。この紙は、私たちにとっての商売道具みたいなものだ。コインは、これを入れないと借りることができないのだから。

 かつては、1台に12万円を投入したことがある。それもたった数時間の間に。その日は1万円しか戻ってこなかったけど、しょうがなかったのだ、と思えた。私たち全員がゴーという決断をしたのだから。


 スロットの規定が変わってしまってからは、そういうことがほとんど起きない。一日の浮き沈みが少ない台の仕様に変わったからだ。皆はつまらなくなった、と言うけれど、それでも今でもパチンコ屋は私たちの仕事場だ。

 夜、こうやってコウタの手からお金を受け取る時、ようやくお金は、日本銀行が発行している紙幣として私に認識される。職業病だろうか。

 この後はいつも通りファミレスへ。勝ったのだから、もう少し豪勢にしてもいい気がするが、他に選択肢があんまりない。お酒を飲むと明日に支障が出る、と二人は言うし(タホもコウタも酒に弱い)、誰も飲まない席で一人だけ飲んでいても面白くない。寝る前に一杯だけブランデーを飲むのが、今の私の唯一の趣味。

 今日も一日が終わっていく。


          ☆


「あら、おはよ。やっぱりこの日は来るわよね。何打つの?」すべてのパーツが線でできたみたいな常連のおばちゃん(通称スキニー)が、今日もなれなれしく話しかけてくる。

「おはようございます。んー、抽選の順番次第ですかねえ」

「今日はナンゴクに6は何台あるかしらねえ」

「さあ、でも出しそうな感じはありますよね」

「私、5の方が好きなんだけどな」

「爆発力ありますもんね」

 私だったらいらないけど、と心の中で毒づいた後で、二人を見ると、当然のごとく沈黙している。

 スキニーは「頑張ってね」と言って、去っていった。

「はーい」

 三人の中の外交担当を、私は一応自認している。目立っていいことなんて何もないし、嫌われていいこともない。私がいない場合は、きっとコウタが同じような役割を演じるのだろう。私たちは、店の営業努力から美味しいところだけをかっさらっていく盗賊団だ。だから良い顔をしておかなければいけないのだ。


 列を見渡す。200人はいるだろうか。よくもまあ、平日にこんなに人が並ぶものだ。ヒマジンどもめ。世の中の景気なんて関係ないのかな、と思う。というよりも、不況だから、こんなに人がいるのか。抽選ダメだったらイヤだな、と思いながら左手でクジを引くと10番だった。

 やった。これなら何でも座れる。

「何番だった?」と声をかけると、タホとコウタは無言で紙切れを差し出してきた。

 タホくん、84番。

 コウタくん、136番。

「……ダメな二人」

「おまえはどうなんだよ?」コウタが言う。

「ジューバーン」

「すごいじゃん」とタホ。
「さっすがアネゴ」とコウタ。

「ほほほほほ。じゃあ、コーヒーでもおごってもらおうかなあ」

「うん、いいよ」と言うタホを、「止めとけって。ただの抽選だろ。最終的に勝ったってんならわかるけどさ」と言って、コウタがさえぎった。

「確かにね」
 ちくしょう。タホが前言を撤回しやがった。

 確かに、良い番号を引いたくらいでいい気になる道理はない。大切なのはパチンコ屋が閉まるまでに勝ち越すこと、もしくは明日に繋がる情報を得ることなのだから。

 
 私は若干うつむいたまま、タホとコウタの後ろについて駅前のドトールに向かった。兎にも角にも、入場整理券をゲットしたのだ。後は開店十分前に行けばいい。一日の仕事の三割くらいはすでに終わったも同然である。

 トボトボと歩く私の演技に(まんまと)引っかかったタホが、今日勝ったらパフェをおごってあげるからさ、と耳元でささやく。やったぜ。

 ドトールの喫煙コーナー。タバコは大嫌いなのだけど、こいつらが吸うのだからしょうがない。
 

 ……ちぇ。心の中で舌打ちした。

 狭苦しい喫煙コーナーのど真ん中に、少し前に喧嘩になった女とその彼氏が陣取っていた。

 ああ、こいつらもゼッタイ同じ店で打つんだろうな、と思うとゾッとする。私の隣に来ないでくれればいいんだけど……。

 17のガキじゃないんだから、くわえタバコなんてすんなよな、と私は心の底から思う。

 人生を通して、くわえタバコを好む性格の良い人間に出会ったことがない。たぶん彼ら彼女らは、他人に害をくわえるために、あえて、くわえタバコという自己表現を選んでいるのだ。少なくとも、私の隣に座ってくわえタバコでスロットを打つ連中に限っては。

 だって、くわえタバコなんて、まともにタバコ吸えてないじゃん? そしてその煙は私の目にどんぴしゃで入るんだ。中村俊輔のフリーキックみたいに。すごーい。と言ってる場合じゃない。最初は目線で訴える。やがて、顔をそむける。耐え切れずに、違う違う、とジェスチャーするように手首のスナップをきかせ、フリフリする。

「タバコの煙が嫌だったら、パチ屋なんかに来んじゃねえよ」あの女の小さな口から飛び出した言葉である。

「すごーい」と、私は尊敬の意をこめて言った。「関係者でしたか。他人を出禁にする権限を持っているのですね。以後気をつけます。すいませーん」いくらムカついても、喧嘩を正面から買ってやるほど私は若くないのだ。

 涼しい顔をしてプレイを再開すると、「おめえ喧嘩売ってんのかよ。ちっと外出ろよ」私の肩をつかみながらそいつは言った。

「あ?」

 思わず怒りを含んだ声が出てしまう。

 何だこいつは、もう許せん、というところで、タホが私とそいつの間にするりと入り、「すいません」と侘びだした。

 異変を感じた(両腕にトライバルのタトゥーが入った)彼氏も、「まあまあ」と女をいさめ、大事には至らなかったのだけど、アア、今思い出すだけでイライラする。

 ったく、パチ屋に来る女はろくなやつがいねー。自分のことは棚に上げて、心の中で悪態をつく。

「ユウ、何飲む?」 

 何かの空気を感じ取ったのか、タホが声をかけてきた(エスパー?)。

「え、ごちそうしてくれるの?」

「いいよ」

 持つべきものはタホである。私はゲンキンにも心持ちをヒラっと翻し、「レタスドックとアイスカフェラテMサイズ」とよそ行きの声で言った。

 苦笑しつつ、タホが注文してくれる。「コウタは? 面倒だから一緒に頼もう」

「え? おごりっすか。さすがタホさん。タッポイじゃん。タッポイ」

「いいから、早くして」

 当然のように、私たちは空気の清浄なる一般席に陣取ることにした。経緯を知っている二人は何も言わない。ナイスな相棒たちである。

 私は10番の入場整理券をコウタの136番と交換した。機動力ではコウタが一番優れている。私は人気機種を横目におばちゃんたちの楽園にでも行こうじゃないか。それならあのクソビッチも来ないだろう。


つづく