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ギャンブラーというものは、一番いい景色を基準点とする傾向がある。そう思いませんか?

たとえば、300万円から勝負を始め、750万まで増え、一手で400万を失ったギャンブラーは、勝っている事実よりも、負けた事実をより強く知覚する。そんな傾向。これはもう、間違いなくある。

つまり、350万円あるのだから、50万勝っている、とは考えず、400万負けた、という風に考えてしまう。一度見てしまった頂上の景色から、今の自分の懐を見下ろす。そこで、その、架空の持ち物を、取り返しにかかる。

なぜ、人がこのように、勝っているにもかかわらず、ギャンブルを続けてしまうかについて、森巣博という賭博者は、精神科医ロバート・グッドマンの言葉を引いて、「希望の病理」という言葉で説明している(「賭けるゆえに我あり」より)。

希望の反義語は、失望であり、どうして天井に近い台が空くのかというと、この希望の病理が反転し、失望にすりかわってしまったのだろうと愚考する。

しかし、パンドラの箱の一番底にあるとされるのが「希望」で、いくら失望がひょっこり顔を出したとしても、次の日には再び、希望システムがばっちり起動する。

今日も、パチ屋には、人がいる。

ぼくは、27歳の頃に職場を失って、今でも、その失った職場にいるかのように生きている。はたから見れば、バカなの? と思われるだろうが、ぼくはいたって普通だ。ぼくは精神異常者なんだろうか? いや、割と普通の人間だと自分では思う。自己認識というのは、普通の人間には難しくできているのだ。なぜって、人の認識の大部分は、目に拠っていて、しかし目は、前についている。自分の目で、自分を見ることはできない。鏡に映るのは左右が反転した自分だし、画像は、映像は、カメラという目に映る自分である。まるで、裏組織のボス。絶対に直取引できない相手、それが自分という存在なのだ。

バジ絆という台が好きだったのは、これができるというのが大きかったように思う。人が落とす希望や失望を経由せずとも、直取引ができる台。何なら、ハイエナがやめた直後、一番期待値がないとされている台さえも、かみ砕く。もぐもぐ。この、直取引に魅了され、台数を重ねることで、僅かばかりの期待値に換えてきた。

6号機になって、これが事実上、不可能になった。いや、しようと思えばできるのかもしれない。だけど、ぼくの能力では難しい。結果発表のごとき打ち手のいる店に戻るのもしんどい。

ほら。気づくとこうやって、バジ絆の高みから、バジ絆2を見下ろしている。いかん。いかんですぞおお。

少し、現実と(バジ絆2と)仲良くしよう。よろしくお願いします。


パチ屋へ


バジ絆2(BC3スルー)339~という台を20ゲームほど打っているうちに(コインは3枚しか減らなかった)、(BC3スルー)554~という台が空いたので、そっちに移動する。

チャンス目を2回引いて(たぶん、チャンス目だと思う)、明らかにモードよさげな状態で天井に到達。赤同色BC
→BC中に白数字が出現。これ、前作ではストック確定だったが、どうなんだろう。
投資7k初のBTゲット
追想巻物スルー
1話巻物、強チェリースルー
2話初めての絆高確は「恋」スルー
253枚
-1.5k

徐々にでいいので、喪失感とも仲良くできるようになりたいです。

ルパンイターリア373~
投資9k天井到達ルパンボーナス
有利区間終了ー7k

エヴァATナナナcz2スルー
シナリオCシーン7~
シーン7、8、9、10と連続スルー
-5k

Re:ゼロ112~(465ポイント)
モードはB
→B天井到達
白鯨攻略戦60%、3戦通してATゲット
120ゲームスタート
1002枚フィニート
+13k

トータル-0.5k
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