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病で布団の中にいると、考えることが大きくなる傾向があるのは、ぼくだけだろうか?

ふだんが「ぼく」くらいだとすると、病気になると、「ぼく」くらいに肥大するのだ。自分=世界という風に拡大してしまうのだろうか。しんどい。他者の感覚がわからない。相対化もできない。睡眠時に見る夢と似ているのかもしれない。

普段は、あー、PBC引けねーかな(鼻ホジ)というようなことを考えているが、病床にいると、嗚呼、世界平和はどうやったら達成できるんだろう(真剣に)みたいなことを考えている。ぼくの中の宮沢賢治が騒ぎ出すのだろうか。

熱のせいだろうか?

どうせデカいことを考えるなら、具体的なことを考えてみようか。

たとえば、身近なところで、甲賀と伊賀が、戦争を回避する方法はあったのだろうか? ということを、持続可能性という観点から、考えてみようか(どこが身近やねん、と文章を書く段になって思うけども、このまま進もう)。

当時の日本は、徳川二代将軍、秀忠の治世である。

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父、家康は、江戸から離れた駿府城にいて、大御所と呼ばれ、表向き、隠居生活を送っていることになっていた。

そんな大御所様が、息子秀忠の後継者、すなわち徳川三代将軍の座を誰に指名するかを迷った挙句(ここからフィクションに入る)、南光坊天海の深謀によって始まったのが、「伊賀」と「甲賀」による忍術合戦であった。

伊賀の次期頭目(姫プリンセス)朧と、甲賀の次期首領(殿プリンス)弦之介は、祝言をあげ、以後、伊賀と甲賀は、憎しみの刃をおさめ、和議を結ぶことに決まっていた。

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これを面白いと思わない部下たちは、家康のお達しに、ヒャッハーとばかりに即乗りをする。

より大きなもののためというお題目で、自分の属する集団の長の意向を無視するのである。おそらく、彼らのマインドは、昭和の時代の青年将校と酷似している。現実に対する強い不満と、理想の実現のための武力が組み合わさった際の悲劇は、言わずとしれた二・二六事件であり、または、「日本のいちばん長い日」で知られる1945年8月15日の宮城事件である。

彼らの多くは、長期的なビジョンがあったわけではないだろう。とにかく現実を否認したい。二・二六事件も、宮城事件も、そのように起き、しかしクーデターは未遂に終わる。

甲賀と和議を結ぶなんてまっぴらごめんという伊賀忍。そして、伊賀と親戚づきあいなんてごめんだと考えていた甲賀忍も、嬉々として戦争を始め、結果、全滅する。

歴史は続き、伊賀方についていた春日局(ここからノンフィクション)こと、お福が乳母を務めていた竹千代(のちの家光)が三代将軍となり、地方大名を弱体化させるべく、参勤交代を制度化し、徳川の治世を磐石のものとする。元々伊賀のトップにいた服部半蔵は、江戸城、半蔵門の門下に服部家を構え、今の東京メトロ半蔵門線に名を留めている。




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ブログを始めた年、薬師寺天膳という男、そして、薬師寺天膳、暁美ほむら説という記事を書いたが、悲劇を成立させるトリガーが薬師寺天膳だったとするならば、平和のためのトリガーがあってもいいじゃないか。まことの幸いのために、と宮沢賢治的自我は考える。

でも、平和のためのトリガーって何だ? 物語的に、戦争をする。その結果、全滅する。というのはわかりやすい。誰が見ても「哀しい」からだ。

「忠臣蔵」の赤穂浪士たちは、全員が打ち首になるが、全員が処刑されていなかったら、今の今まで物語が語り継がれるということはなかっただろう。

しかし、本来起こるはずだった戦争を回避し、全員生き残った! という展開は、どういう感情を抱いていいかがわからない。バッドエンドでも、グッドエンドでもない。誰も死なず、何も起こらなかった。というか、エンディングを迎えないために、そうするのだ。今日はその難題に挑みたいと思う。


持続可能な社会を考えるときに目につくのは、この忍者世界における、格差、不平等性である。具体的に言うと、男尊女卑的なシステムである。

甲賀卍谷のトップは、甲賀の首領たる甲賀家であるが、ナンバーツーはというと、陽炎の家なのだ。

そんなエリートの家に生まれた陽炎の任務が哀しい。彼女は、男と寝る。すると、必ず相手の男が死ぬという、必殺夜の仕事人なのである。
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この国に足りないものは、おそらく多様性のようなものだろう。そして多様性とセットである人権意識だろう。その根底にある教育だろう。忍術、体術を磨くのもいいが、持続可能な社会のためには、文武両道を推し進めてもらいたい。そして、誰もが生きがいを見つけられる、健康で文化的な、明るい忍道国家を目指そうじゃないか。

ということで、陽炎さんには、その性愛全振りのアビリティを知性に振って、官僚として、文科省的な仕事をしてもらいたい。嫉妬深さは、愛情の深さの現れともいう。彼女はきっと、良い教育者になってくれるだろう。

地味w

何だこの地味な改革は。でも、構造改革に必要なのは、共有可能な理想の提示であり、他方、報酬系、いわゆるアメの部分も充実させなければいけないだろう。何せ、甲賀忍者たちは、これまで戦争の道具になるべく鍛錬してきたのだ。

ガス抜き。戦後日本における力道山や、王、長嶋、東京五輪を手本にするまでもなく、お祭りが必要だ。そこで、忍術大会を開く。それこそ、伊賀鍔隠れの里VS甲賀卍谷の対抗戦でもいいし、天下一武闘会スタイルでもいい。ラップバトルでもいい。しかし、ルールを設ける。このあたりの仕切りは、何事にも動じないお祭り男的な丈助さんが適任だろうか。
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甲賀弦之介の師匠こと室賀豹馬さんは、調子乗りの委員長を補佐してもらいたい。

兄様こと左衛門さんは、試合会場の根回しから、各藩、各自治体の長への接待。変幻自在、無敵の公務員として、大会を成功に導いてもらう。

お胡夷さんは、その大会に、選手として出場してもらおう。兵士からアスリートへ。きっと、甲賀の誇る国民的ヒロインになってくれることだろう。

風待将藍さんには、その膠(にかわ)ばりの痰を有効活用し、試合会場の施設をつくる現場監督を担当。

地虫さんは特技の占いを使って、賭けのオッズを決める役目。いわゆる相場師をお願いしたい。甲賀の国庫を潤す一大ビジネスに発展するはずである。

問題は、霞行部さん。

この中で唯一、伊賀に対する直接的な恨みがある彼に役目を与えることが、この平和プロジェクトの成否がかかっている。

伊賀との対抗戦、それを広く諸藩にお見せするのは、世界に先駆け、忍道国家として、近代化を果たしますよ、というメッセージである。そして、その後、起こるはずの問題、飢饉、公害、紛争、衝突を未然に防ぎ、悲劇を起こさない。起こさせない。どこに出しても何ら恥じ入ることのない独立国家を目指すのだ(ドン)。
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というような世界を夢想し、さて、夢想一閃、それを実現しようとすると、江戸幕府と交渉、他の藩との兼ね合い、根回し、そもそも伊賀との平和交渉、膨大な手間と、時間、人員、費用に目がくらむ。

その後の世界で起きることも、目白押しである。島原の乱。寛永、享保、天命、天保の大飢饉。百姓一揆。火山、富士山の大噴火。地震に洪水、大火災。黒船来襲まではあっという間だ。

世の多くの為政者が、「よろしい、ならば戦争だ」という態度を取りがちなのは、自らの理想を実現するためには時間がかかること、そして、その大半の作業が地味なこと。自分が生きていられるかわからないこと。しかし、認められたい、褒められたいという、哀しきサガがあるのだろうと愚考する。

日本は外圧がないと変わらないというが、別に今でよくね? という現状維持的思想を覆すのは、黒船か使徒がやって来るぐらいしかないのだろうか。

さて、二日寝ていたら、随分体調がよくなった。ご飯を食べたら、彼らに会いに行こう。


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76台 34時間22分 -12.5k

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目標まで後312.5k

撤去まで後57日

つづく

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