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「リール一周のスピードで 第三章」
~山賊スロット29~   


 越智さんは、僕の後ろに、影のようなものが見える、と言った。この場合、僕ではなく、その影が見えている越智さんがピンチらしい。意味がわからない。どうして僕の後ろに影が見えていると、越智さんがピンチなんだ? 僕がピンチなんじゃないのか? というか、影って何だ? 人の後ろに影ができるのは当たり前ではないのか? 僕の後ろにある影を放置しておくと、越智さんが死に到る? どういう仕組みなんだ? 馬鹿なのか? わからない僕が馬鹿なのか?

 聞きたいことはたくさんあったが、僕と越智さんは、途中のコンビニでご飯を買い、暗い道を歩いてたけさんの家に戻ってきた。
「お邪魔します」と、越智さんは言って、靴を脱いで、揃えて置いた。こういうところは、しっかりしている人なのだ。
「いただきます」
 ちゃぶ台の前に座って、遅い夜ご飯を食べ始める。何だか、気まずい。どうして気まずいんだろうと考えていて、改めて思うのは、たけさんの家が、とても静かな場所にあるということだ。たけさんは、ここで一人で暮らしていたのだろう。たまにりんぼさんを誘うことはあったかもしれないが、宴会という感じではなかっただろう。たけさんは、ここに一人でいて、寂しくなかったんだろうか。そんなことを考えつつ、壁の汚れや、天井に浮かんだシミを眺めつつ、コンビニ弁当をもぐもぐと食べた。

 ここは、僕の家ではない。見知らぬ土地の見知らぬ人の家なのだ。にもかかわらず、住み慣れた我が家のごとく、生活している。それどころか、主の役割を果たそうとしている。不思議だ。僕は人とかかわらずに生きるためにスロットをしていたんじゃなかったのか?

「人は、変わるんですよ」越智さんは僕の心を読んだようにそう言った。それから、コンビニで買ったたこ焼きをつまんだ。
「でも、馬鹿は死ななきゃ治らないとかって言いません?」
「そうですね。個人としての人間の傾向は、よっぽどのことがない限り変わらないでしょうけど、集団の中の役割というのは、必要に応じて変わらざるを得ない。立場が人をつくるって言うじゃないですか」
 ふむふむ、とうなずいた。
「働きアリの法則とかって言いますよね。アリ塚の中で、効率的に働いているのは、全体の2割、普通に働いているのが6割、つまり、8割が働いていて、残りの2割のアリはサボっているというような」
「じゃあ、俺らはその2割のサボってるアリなんですかね」
「そうかもしれませんね」越智さんは笑った。「割合で言えば、効率的な働きをするエリートアリと同じパーセンテージの希少種ですね」

 確かに、スロット打ちは、数から言えば、希少種なのかもしれない。ろくでもない希少種ではあるが。


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 小さい頃は、大人になったら、自動的に学校の先生になるのだと思っていた。父親も祖父も教師だったからだ。

 おそらく、教育というのは、集団に有意な8割を育成するためのメソッドのようなものなのだろう。悪くても6割に入れるように。その教育を血肉にできなかったのが、僕たちのようなスロット打ちなんだろうか?

 家族の成り立ち、あるいは国の成り立ちも、もっといえば、職業の選択の自由というのも、働きアリの法則のような、生物の持つ本能を効率化することによって生まれた制度なんだろうか? ということは、俺が自由意志で、スロット生活を始めたと錯覚していただけで、実際は、生命の設計図というか、企画書みたいなものをなぞっていただけということなんだろうか?

 少し前に、ここに来るきっかけとなったネットの書き込みをりんぼさんに見せたとき、りんぼさんはこんなことを言った。
でも、あれだよね。その、ネットの書き込みもそうだけど、現実問題、キミたちは嫌われてるよね。パチンコ屋からも、パチンコ業界からも、客からも、同業からすらも、好かれてない。どうしてだろう?
 僕がりんぼさんに何を返したかは、酔っていたのもあって忘れてしまったが、スロットを打って生活をしている人間なんて、パチ屋の中にたぶん2割もいない。バランスが、おかしいのだ。だから、嫌われるのは当然なのだ。そんなごく当然の仕打ちを受けたくらいで傷ついた僕の認識が、甘かったということだ。

 では、サボっているろくでなしの希少種は、何のためにサボっているのか?

 それは、おそらく、集団にとっての……





「……師匠さん」「……あのー」「……師匠さん?」
 僕は、越智さんの問いかけに気づきもせずに、考え込んでしまっていたようだった。頬をつねられる痛みで気づくと、越智さんが口を尖らせて僕の顔を見つめていた。
「聞いてますか?」
「すいません。聞いてませんでした」
 そう言いながら、食べかけの弁当を口に運ぶと、冷めてしまっていた。
「師匠さん」
「はい」
「さっき、パチンコ屋に行ったじゃないですか」
「はい」
「パチンコ屋さんって、営利事業ですよね」
「もちろん」
「であれば、パチンコ屋さんに入ってくるお金と、出て行くお金の和は、常に等しいですよね」
「まあ、商売ですから、脱税や脱法行為をしない限りは、常に等しいでしょうね」
「要するに、この、パチンコ屋さんから『出て行くお金』の一部をめぐって、師匠さんたちは、日夜、あの空気のあまりよくない場所で奮闘しているんですよね? パチンコやパチスロットを娯楽として楽しんで入るみなさんは、そういうところまで考えているんでしょうか?」
「考えている人と、考えていない人がいるんじゃないですかね」と、僕は言った。「それこそ、8:2で考えてない人が多いと思いますけど」
「普通に考えて、ですよ。私たちが4万ずつ勝つということは、それ以上に負ける人がいるということですよね?」
「そうですね」
「偶然4万勝つってどれくらいの確率なんでしょうね?」
「台の仕様にもよるでしょうけど、まあ、10%ないでしょうね」
「ふむふむ」と越智さんは言った。「決して不可能ではないけれど、並大抵の運では得られない、というところですか。私が強く思ったのは、ですね、あの空間にずっといたら、あんまり幸せになれないんじゃないかっていうことなんですよ」
「まあ、そうかもしれませんね」
「師匠さんにとって、幸せって何ですか?」
「自由じゃないですか? 決定権というか。何をするのも、自分で決められるというような。金銭面、健康面も含めて」
「健康は、生まれ持ったもの、才能に近いものがありますけど、権利という意味では、法律上そうなってますよね」
「『すべて国民は、健康で文化的な、最低限度の生活を営む権利を有する』、でしたっけ」
「はい。日本国憲法25条、生存権。それから、13条にも、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利が規定されています。私、前に言いましたよね? 師匠さんに信じているものは何か? と聞かれたときに、世界平和を信じている、と」
「はい」
「もちろん、みんなが幸せっていうのが理想なんですけれど、みんなが幸せになることは、果たして可能なのか? ということを考えると、難しいと言わざるを得ません。その社会的な実験が、20世紀だったわけで、その社会的な実験の結果、20世紀は戦争の世紀になってしまった」

 この、眠気を誘う会話の運び方が、誰かに似ている、と思う。そうだ。りんぼさんに似ている。途中までは割と興味深く、聞き入っているのだけど、だんだんと七面倒くさい話になって、最終的に、僕は寝てしまう。が、目の前にいるのは、妙齢の女性で、あれ? 僕が今32歳で、たぶん越智さんは、僕よりも若いからそういう表現になってしまったが、妙齢というのは、正しい日本語なんだろうか? ともあれ、二十代の女性を前にして、ここで寝るわけにはいかない……。って、これは、どういう意地の張り方なんだろうか?
「……師匠さんは、人の話をあんまり聞いてませんよね」
「はい?」
「私は仕事柄、人の話を聞くことが多いですけど、師匠さんは、人の話を聞くことも、自分の話をすることも、好きじゃない感じがします」
「そうですかね。すいません。それは、気づきませんでした」
「これは占いというより、人付き合い全般の話ですが、人の話を聞ける人間の方がモテますよ。男女問わず。オレの話を聞いてくれ、という人と、あなたの話を聞かせてくれ、という人。どちらに需要があるかを考えれば、これは確率の問題だと思いますけど」
「そうですね。確かに」
 ……ええと、何の話をしていたのだったか。お金の流れ、幸せ、権利……。
「あの、越智さん、さっきの話ですけど、幸せの総量って決まってるんですかね?」
「……師匠さん、どうして私が今したい話をピンポイントにわかったんですか?」
「いや、さっきの、お金の流れという話と、幸せを追求するっていう話を足しただけですけど」
「頭いいですね。そうなんです。私がしたかったのは、エネルギー保存則の話なんです」
「何でしたっけ、それ?」
「中学生の理科の授業でやったじゃないですか。熱をエネルギーの一形態とすると、孤立系のエネルギーの総量は変化しないというような」
「習ったような、習っていないような」
「エントロピー増大の法則でもいいです。運、不運が、エネルギーの一形態だとすると、誰かに行った運が大きければ大きいほど、他の誰かに行く不運が大きくなるということになりませんか?」
「何だかどこかの魔法少女みたいな話ですね」
「足し算引き算の話だと思いますけど」越智さんはむくれた顔で言った。「とにかく、さっき、師匠さんは厄落としをしました。その、落とした厄はどこに行くと思いますか?」
 正直、厄がよくわかっていない以上、落ちる落ちないもよくわからない。ここは、自分の考えを述べるところではないのかもしれない。
「どこに行くんでしょう?」と、聞いた。
「師匠さん、おならを我慢すると、どこに行くかわかりますか?」
「何だっけな、分散するんじゃなかったでしたっけ? 上の方に逃げたり、血液の中に逃げたり、あるいは腸内にとどまったり」
「そうですね。流動体であるエネルギーは、逃げ場を求めて分散するはずです。厄の場合は……」

 お、話がちょっと楽しくなってきたかもしれない、と思ったそのとき、ガラガラと家の引き戸が開いて、誰かが入ってきた。こんな時間に入ってくる人間は、一人しか思いつかなかった。


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 リバのは、怒り狂っていた。
「おい、女。ニゴウはどこまでトイレ行ったんや?」
「知りません」
 カナちゃんは、リバの兄の問いかけを軽く流して、トイレに向かった。トイレは、臭かった。ありとあらゆる負の力をかき集め、こねて、こねて、一つにした、みたいな臭いだ。が、カナちゃんは、それしきでまいるような精神の持ち主ではなかった。そんな空間であっても、背筋を伸ばし、ブラジャーつけ、パンツをはき、ニットをかぶり、スカートに足を入れ、腰まであげた。そして鏡の前でリップメイクと髪を直し、ベッドまで歩いて戻り、靴下、ブーツの順で履いて、コートをはおった。
「私、帰りますね」と、カナちゃんは言った。
 有無を言わせぬその態度に、リバの兄は、何も言えなかった。カナちゃんの後ろ姿を、ただ見つめていた。取り残されたリバの兄は、タバコをくわえ、火をつけた。

 そんなことがあったとは露とも知らぬ修羅は、心持ち、首の角度を右に傾けながら、道を徘徊していた。タクマ。お前はどこにいる? おれにはお前をぶちのめさなければいけない理由があるのだ。

 しかしこの「クエスト」は、リバがリバの兄を探していたとき同様に、いや、それ以上の難題だった。すでに深夜を回っている。多くの住民は眠っている。助けを求める知り合いはいない。いや、いたとしても、修羅は誰かに頼るという発想を持たない。

 阿修羅の特性とされる「三面六臂」とは、3つの顔に、6つの腕を持つ、ということだ。普通の人間に比べれば、倍、いや3倍の作業効率である。それでいて、寿命は、一説には5000歳とも、10万年とも、あるいは修羅の十億年とも言われている。

 が、どれだけの時間が用意されているとしても、悲しき修羅は、どこにも向かえず、どこにもたどり着かず、ただ、歩くことしかできない。

つづく
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作者ひとこと 

※お詫びと訂正

9/14の記事にて、タツゾーくんの本名の表記が、山下達三となっていましたが、正しくは、山下辰三でした。お詫びして訂正致します。

昨日のBT

9連1094枚
5連821枚(追想+30)
6連817枚(推定継続率50%以上、継続率連続スルー)

躁鬱、躁鬱ゥ!

また明日、同じ時間にお待ちしております。