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「リール一周のスピードで 第三章」
~山賊スロット27~    



 ああ、ここで死んでも別にいいや。ユーロビート。その聖なる音に揺れる胸。タツゾーくんは、夢見心地だった。ああ、おっぱい。ああ、おっぱい。おっぱい。おっぱい。

「タツゾーくん」「ねえ、タツゾーくん」
 気づくとタツゾーくんは、リバの兄の寝床、というかアジトというか、パブだかバーの成れの果ての空間に設置された巨大なベッドの上に、カナちゃんと2人で横になっているのだった。それも、素っ裸、で。

 ……は?

 タツゾーくんの驚きようといったら、目が覚めたら毒虫になっていたとか、勉強机の中からネコ型ロボットが出てくるというような、シュルレアリスティックなものだった。
「カナ、ちゃん?」
「はい」
「あの、ええと、おれら、した?」タツゾーくんは、そう聞いた。
「……」
 カナちゃんに向かって、こんなにも失礼なことを聞いてきた男は、かつていたのだろうか? 戸惑いを隠せないという顔でカナちゃんは固まってしまった。
「あ、ごめん。ええと、あの……」
 しかしカナちゃんは、優しく微笑むと、もう一回する? と、エロマンガから飛び出てきたキャラクターのようなことを言った。
「……」タツゾーくんは、アゴが首にめり込むくらいの勢いでうなずいた。

 が、声が出ない。ノドが、渇いて、渇いて渇いてどうしようもなかった。ちょっとごめん。タツゾーくんは立ち上がると、水を求めて、リバの兄の秘密基地を捜索した。が、蛇口と思しきコックをひねっても、水は出てこない。冷蔵庫を開けても、酒ばかり。しかたないので、リバは冷蔵庫の中に入っていた缶ビールのプルトップを開けて、ごきゅごきゅと飲んだ。ノドの渇きが収まると同時に現れたのは、猛烈な尿意だった。これは駄目だ。トイレはどこだ? あそこか。

 男女の区別のないトイレに駆け込んだタツゾーくんは、大便器に腰をかけ、深いため息をついた。蛇口が壊れてしまったように、小便が止まらない。徐々に、徐々に、量は減っていくが、止まらない。しかし、こんなにも大量の水分が、膀胱にたまっていたとは……。漏らさなくて良かった、と思う。小便を出し切った後、座ったまま、水を流そうとすると、やはり、水が出ない。

 ……饐えたような香りが便所内に充満していた。吐き気を催したが、しょうがない。これはしょうがない。と思いながら、ズボンを上げ、チャックを閉めようとして、自分が裸なのに気づき、手を洗おうとして、また水が出ないことに気づくのだった。何してんねん。おれ。とぼとぼとベッドに戻ると、美しい女性がそこにいた。

 え? 何でこんなところに天使が? タツゾーくんは3歩歩くと物事を忘れるという伝説のニワトリのように、再びシュルレアリスティックな驚きに包まれるのだった。夢だろうか? いや、これは夢ではない。いや、正直、夢でも構わない。タツゾーくんは、ブンブンと頭を振って、カナちゃんの胸に飛び込んだ。
「大丈夫?」と、カナちゃんは心配そうに見つめた。
「大丈夫大丈夫」タツゾーくんはカナちゃんの胸に顔をうずめる。そのさまは、さながら、乳幼児が母に対するようなものだったが、タツゾーくんは気にしない。
 カナちゃんと二人。しかも、一つの空間にたった二人。間違いない。そうに違いない。ここが天国に違いない。タツゾーくんは畳み掛けるようにそう思う。薄明かりの中、チラと見ると、カナちゃんは裸である。天使は裸なのか。裸が天使のコスチュームなのか。新鮮で奇妙な驚きに、再び全身が包まれる。愛しさと、体が引き裂かれそうなほどの情欲と。

 ……

 どこかで音が鳴っていた。正確には、タツゾーくんのお腹が鳴っていた。それは遠くの雲で鳴る雷の音に似ていた。まだ雨は降っていない。が、そのうち土砂降りになる。遠雷に似た音は、そんな不吉な予兆をはらんでいた。自らの腹の異変に気づいていないタツゾーくんは、カナちゃんに抱きついた。カナちゃんは嬌声をあげた。その甲高い、艶かしい声に呼応するように、タツゾーくんの腹は低い音で鳴り続けていた。


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 リバの兄が戻ってきたのは、そのときだった。
「ああ、いい、いい。気にすんな」リバの兄は、タツゾーくんとカナちゃんの二人に向けて、そう言った。
 待て待て待て待て待て待て待て待て……と、タツゾーくんは思った。思っただけじゃなくて、実際に口に出てしまっていたらしい。
「あ? 待て?」
「いや、違うんです」何が違うかはわからないが、とにかく否定だけはしないといけないという、苦し紛れの言葉が、口から出た。
 カナちゃんは、すばやくブランケットを体にまとい、静止していた。美しい。その姿がまた、タツゾーくんの情欲をかきたてる。しかし、同時にお腹の異変にも気づいてしまったのだった。

「はたして、便意と、性欲と、恐怖のうち、どの強制が一番抗いがたいのでしょうか?」まるで科学の実験か、新感覚クイズ番組のパネラーに選ばれたような心持だった。

 便意が、ややリード、とタツゾーくんは思う。いや、こんなことを考えている場合ではない。待ったなしである。タツゾーくんは、下半身を膨張させたままで立ち上がり、「すいません。トイレ行ってきます」と宣言した。
「水が止まってるから、下のコンビニ行け」
「いや、我慢できないんです」
「いいから、行け」
 タツゾーくんは、目に涙を浮かべていた。こんなことってあるか? こんなことがあっていいのか? こんなことが許されるのか? 一体、日本政府は何をしているんだ? 国民が、究極的に困っているというのに、水が出ないなんてことがあっていいのか?

 タツゾーくんは涙を流しながら、脱ぎ捨てられていた服を着て、リバの兄の根城を出て、遅いエレベーターを待った。ちょっとしたロックンロールを演奏するドラムスのようなリズムで、内側からお腹が叩かれていた。はよ来い。はよ来い。はよ来い。違う。便意、お前じゃない。エレベーターや。

 ……が、エレベーターは幾ら待ってもやって来ない。その間も、タツゾーくんのお腹は叩かれ続けていた。わかってるよ。わかってる。便意があるってのは、わかりきってるからもういいやろ。誰に向けてアピールしてんねん。タツゾーくんは、エレベーターをあきらめ、階段で降りることに決めた。タツゾーくんのいるビルは5階建ての5階。何、たった5階分だ。4階。3階。2階。1階。と駆け降りて、非常扉のドアノブに手をかけた。

 しかしどれだけ回しても、非常扉は反応しなかった。壊れているか、向こう側から鍵がかかっているのだろう。だが、嘆いている余裕などない。タツゾーくんは、再び、2階。3階。4階。5階。と階段を駆け上がる。よし、今度こそエレベーターに乗ろうと思うと、エレベーターは、再び1階に戻っていた。何でやねん。タツゾーくんは「下」ボタンを押して、待つことにした。待つ以外に選択しがないからだ。待った。ただ、黙って、待った。押し寄せる便意が、少し、引いていく。と、思ったら押し寄せる。その波は、徐々に間隔が狭くなっているようだった。

 なーに、人間、8時間は寝れるもんだ。寝ている間に漏らしたことなんて、物心ついて以来、一度だってない。だろ? だから、大丈夫。だから大丈夫。2階。3階。4階。エレベーターがゆっくりと上昇していた。5階。エレベーターの扉が開いた。タツゾーくんは、その中にすべり込み、1階のボタンを押した。がちゃりと扉が閉まり、エレベーターはゆっくりと下降していく。ドゥクドゥクドゥクドゥクドゥク……腹の中では、どんなパーティが行われているのだろう? 違法薬物でもやってる感じである。4階。タツゾーくんのお腹は、ロケットの発射準備のように高まっていた。3階。そうだ。小さい頃、おれは、宇宙飛行士を夢見ていたのだった。2階。因果の時空的制約が歪んでいた。1階。エレベーターの扉が開くと同時に、タツゾーくんの内宇宙、お腹の中で騒いでいたすべての因子が、解き放たれた。

 今ここに、ひとりの修羅が誕生したのだった。


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 修羅はひとり、夜の松山の街を、歩き出した。

つづく
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次回予告

作者ひとこと 

どうして人間は、我慢に強い人、弱い人がいるのでしょうか? スラムダンクに出てくる一之倉聡なら、このピンチを脱するまで我慢したでしょうし、三井寿であれば、したいと思った時点で、止められたとしても、出しているでしょう。修羅はどこに向かうのでしょうか。でもまあ、便意ばかりはどうしようもないですよね。

昨日はBTを2回引いて、争忍1話が、絆高確「縁」、「恋」と続いたのですが、単発、単発。これで直近で4連タンとなりました(白目)。

また明日、同じ時間にお待ちしております。