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「リール一周のスピードで 第三章」
~山賊スロット26~    


 帰らなくていいんですか? と僕は聞いた。
「はい」越智さんはうなずく。
「どうしてですか?」
「師匠さんのことが心配だからです」
「大丈夫ですよ」
「いや、大丈夫じゃないです」
「大丈夫ですって」
「大丈夫じゃないんです」と言って、越智さんは着いてくるのだった。


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 イタリアンの店を出た後で、僕と越智さんは、パチンコ屋に向かった。越智さんが、僕がパチンコ屋で遊びたいとでも思っているんだろうと思うと、気が重かった。違うのだ。ただ遊んでいるわけではないのだ。が、ただ遊んでいるのとどう違うのかを説明するのはひどく面倒だった。

 僕らの前にパチ屋があった。初めてパチ屋に入る小僧には、何と言って説明したんだったか。ちょっと前のことなのに、もう思い出せない。
「入らないんですか?」
「入りましょうか」
 自動扉が開いた瞬間にやって来るのは、音の圧だ。1990年代のパチ屋はここまでうるさくなかったような気がする。スピーカーが壊れて音の出ない台が、どの店にも、というかどのシマにも1台はあったような記憶がある。スロットのゲーム性、スピーカーの性能が上がったのだろう。壊れている台はすぐに撤去されるという事情もあるのだろう。が、そんな中堅スロッターの感慨も、おそらく初めてパチンコ屋に入る女性には伝わらないだろう。
「初めてではないんです」音の圧に負けないように、越智さんはしっかりとした口調で言った。「昔、一度だけ、付き合ってた人に連れてきてもらったことがあるだけですけど」
「そのときは、何か打ちましたか?」
「パチンコをしました」越智さんは言った。「それで、パチスロットというのは、何をどうすればいいんですかね」

 何をどうすればいいか? 期待値を見つければいいのだ。MBもしくはCBを拾う。天井を狙う。ゾーンを狙う。モードを狙う。リセット恩恵を狙う。設定を狙う。難易度順にあげてみると、こんな感じだろうか。では、MBとは何の略か? ミドルボーナスである。CBは? チャレンジボーナスである。それはどのようなボーナスであるか? 次ゲームに1度か2度、ベルが揃うから、必ず十枚程度儲かるという、小銭拾いのような行為である。みたいなことを、ここでレクチャーしたくはないのだった……。
「師匠さん?」
「やっぱり、やめませんか?」
「どうしてですか?」
「説明がめんどいです」
「駄目です」越智さんは言った。「師匠さんが今、喫緊に必要なのは、厄《ヤク》を落とすことです。ですので、これはあなたに課せられた義務だと思って、私と一緒にパチスロットを打ちましょう」
「……はい?」
「いいですか」と、言って、越智さんはパチンコ屋の中で、厄落としの理論というか、考え方を説明してくれたのだった。

 一番手っ取り早い厄落としは、自分とは何の関わりもない人に施しをすることです。厄というのは、縁の反義語、つまり悪縁という解釈をすることが多いのですが、要するに、自分にとって悪いことが起こること、また、悪いことが起きそうであるという予兆のことです。施しというのは、恵み与えるという意味がありますが、煎じ詰めると、自分の身を切って、第三者に与えることですね。自分にとって良いことが起きるかどうかは自分では予測できないけれど、少なくとも、他者にとって良いことは起こせる。その意味で、世界にとってプラスである行為なんですね。

 ふむふむ、と思う。真瞳術チャンスが成立した時点で台を譲ってもらっても、そこから爆発するかどうかはわからないが(最悪100枚ちょっとで終わる)、ストックが20個ある状態で引いた真瞳術チャンスを譲ってもらったら、ほぼエンディングが確定するというようなことだろうか? ……ちょっと違うか。

 ともあれ、パチンコ屋の中で、スロットの打ち方、すなわち期待値のイロハを説明するのは骨が折れるので、一度外に出ようと思った。しかしパチ屋の前で期待値の話をするのも、何だか人前で痴話喧嘩をするカップルのようにさもしい気がする。ということで、「説明が必要だと思うので、いったん、どこか店に入りませんか?」と誘った。
「いや、説明はいりません。師匠さんの後ろについていくので、いつも通りのことをしてください」
「わかりました」
 そこは、繁華街にあるパチンコ屋ではあったが、あまり客付きはよくなかった。それでも腹をくくって、期待値を追った。


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 勝ったお金は、全部寄付します。いいですね? と越智さんは言った。

 一体全体、この数時間は何だったんだろう? と、思いながらも、僕は交換所で受け取った紙幣をすべて越智さんに渡した。
「いえ、これは、師匠さんの手で、寄付してください」
「誰に寄付をするんですか?」
「まずは、道行く人に渡してみましょうか」

 何をやってるんだろう? と思いながら、僕はティッシュ配りをする人のように、通りすがる人、通りすがる人に、日本銀行が発券した紙幣を渡そうとした。が、ほとんどの人が、気味悪がって、そのお金をもらおうとはしなかった。
「もらってくれませんね」と、僕は言った。
「現金ですからね。何が裏があると思って、受け取りにくいのかもしれません。ですが、頑張ってください」
「越智さん、あの、コンビニに置いてあるような、募金箱に入れるというのはどうでしょうか」
「それは、明らかな善行ですね。素晴らしい行いですが、今回に限っては、それはやめましょう。有効にお金を使ってくれるであろう人に、または団体に寄付をするというのは、誰が見ても、明らかに良いことです。悪くなる確率が低い。つまり、善行における、期待値のようなものです。ですが、師匠さんは今、損得勘定とは別の次元で行動をしなければいけない。良い、というのは、あくまで相対的な意味なんです。合理的ではなく、徹底的に無意味で、ある意味、馬鹿馬鹿しい方法で、施しをしなければいけないのです」
「……たとえば、男性に興味のない人間が、ホストクラブでお金を使うみたいなことですかね?」
「うん。そういう感じですね。ですが、女性向けの店に、私と一緒に行くと、私の利益、または報酬になってしまう可能性がありますよね。なので、そこは、私も入れて考えてください」
「……どういうことですか?」
「さっき、師匠さんも、期待値について、私に説明をするのを渋りましたよね? 同じことです」と言って、越智さんは笑った。
 そう来たか。「……お金をゴミ箱に捨ててしまうとか、埋めてしまうというのは駄目なんですよね」
「駄目です。師匠さんにとっては無意味でも、誰かにとっては意味のあることじゃなければいけないんです。ですから、捨てる。ばらまくというのは、駄目です。拾った人が、罰せられてしまう可能性がありますので」

 何という難題だろうか。僕は、基本的に、自分の利益のことしか考えていない。僕の生活の中心にある「確率」というのは、その大部分が、損得勘定なのだ。

 時刻は、22時を回ったところだった。マルガリータピザ(もといピッツァ・マルゲリータ)を半分食べてから、何時間経っただろう? さすがにお腹が空いた。人通りもそれほどない中で、このお金を配るためには、何かしらの理由というか、必然性が必要なのだろう。恥ずかしかったが、コンビニで封筒を買ってきて、そこに紙幣を入れて、平身低頭して「少ないですが、お金が入っています。どうか、これをお使いください」と、お願いして回った。そこまでしても、もらってくれる人は少なく、8万円余りがなくなるまでに、2時間もかかってしまった。日本は、平和だった。


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 よし、これで帰れる、と思う。疲れた。飯を買って、帰ろう。……が、どういうわけか、越智さんが、着いてくる。
「帰らなくていいんですか?」
 越智さんは首を振る。僕のことが心配だと越智さんは言う。
「仕事はいいんですか?」
「いいんです」
「……」
 どうやら僕には拒否権のようなものはないらしい。しょうがないので、僕と越智さんは、人気のない真っ暗な坂道を、たけさんの家に向かって、てくてくと歩いている。
「心配って、何が心配なんですか?」あんまり意味のない質問だろうなとは思いつつ、僕は聞いた。
「それを、聞きますか?」
「はい」
「あんまり言いたくないんですけど、それでも、聞きますか?」
「そこまで言われると、逆に聞きたいです」と言って、僕は苦笑する。
「そうですか。聞いた後で後悔しないでくださいね?」
「はい」
「さっき、タロットカードをしましたよね」と、越智さんは言った。
「はい」
「あのとき、からなんですけど」
「はい」
「師匠さんの後ろに、何かが見えるようになりました」
「……はい?」
「もともといるのか、あの瞬間に生まれたのかは、ちょっと定かではないのですが」
「何か……?」
「影のようなものです」
「影」
「はい。どう見ても、良いものには見えないので、その何かが見えなくなるまでは、師匠さんにご一緒して、何とかどこかに行ってもらうように働きかけたい所存なのですが……」
「……」
 厄を落とすと言って、スロットで勝ったお金を見知らぬ人に渡して回ったのではなかったのか? その作業(作業みたいな言葉を使うのが悪いのだろうか?)が終わった後ではあるが、何かよくないものが見える、と。うーむ。
「あの、師匠さん。期待値があるからといって、必ずしも勝てるわけではありませんよね? 今日勝てたのは、何かしら、幸運が味方してくれたからですよね? 同じことです。厄を落とす方法と、即効性は、別の問題なのです」
「……その、影、でしたっけ? これを放置しておくと、どうなるんですか?」
「死に到るでしょうね」
「俺がですか?」
「いえ、私が、です」
「……はい?」
「この場合は、影が見えている私が、ピンチなんです」越智さんはあっけらかんとした表情で言った。「ですので、師匠さんのお力添えが必要なんです」

つづく
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作者ひとこと 

……ムム。これは、どういう話なんでしょうか。ところで昨日は、ハーデスの天井狙いをして、プレミアムハーデス+210で撃沈しました。

また明日、同じ時間に、お待ちしております。