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「リール一周のスピードで 第三章」
~山賊スロット24~   

 


 その角部屋は、ひとりカラオケをするには、ずいぶん広かった。10人ほどは入れそうな空間に、リバの兄は、一人、座っていた。
「何や、ヒロシやんか」と兄は言った。

 話はしない、とリバは決めていた。そんなことをしているうちに、兄のペースになってしまうからだ。先手必勝。兄は今、座っていて、リバは立っている。有利なのはこっちだ。

 リバは、兄に向けて、猛然と突進した。体のどこかに当たれば、ダメージを与えられる。リバの手に握られていたのは、小僧の目を突いてしまった、忌まわしきサバイバルナイフだった。

 当たった、と思った。が、どういうわけか、ひっくり返っているのは、リバだった。ひっくり返った拍子に、サバイバルナイフは転がってしまった。リバはすぐに立ち上がり、兄に殴りかかった。リバはもう冷静ではなかった。その、苦し紛れの一発が、当たった。兄は頬を押さえ、停止している。チャンスだ、と思う。リバは一気に掴みかかり、兄をフロアに引きずりこみ、馬乗りになった。そして、殴りつける。殴りつける。
「……」下で攻撃を受けている兄が何かを言ったが、構わず殴りつける。
「……」なおも、兄は何かを言っているが、リバは聞かない振りをして、殴りつける。
「なあ、何でお前、泣いてるんや?」今度は、兄の言葉がはっきりと聞こえた。

 泣いてる? 確かに目元には涙がにじんでいた。が、何があったとしても、リバは、兄と言葉をかわすつもりはなかった。リバは、馬乗りになって、兄を殴り続けた。涙を流しながら。
 殴れば、殴るほどに、リバは自分自身を殴っているような、嫌な気分が広がっていった。
「なあ、何がそんな哀しいんや?」殴られながらも兄は言った。「今まで、殴りたかったんやろ? 友達の仕返しがしたかったんやろ? 願いが叶ったんやないん? むしろ喜ぶシーンやないんか」
「……お前は、どういうつもりで、いつもいつもおれを殴ってたんや?」その発言が、命取りだった。今までせき止められていた感情が、次から次へと口の外に出て、止まらなくなった。
「こんなことして、何が嬉しいんや? こんなもん、何が楽しいんや? なあ、何でおれは実の兄ちゃんを殴らなあかんのや?」
 殴られながらも、リバの兄は笑った。「マツリもいっつも何か殴ってるぞ。人間の本質なんやろ」
「おれたちの前では、マツリちゃんはそんなん一度もしなかった。優しい子や。お前の真似をしてるだけや。お前は病気や。早くマツリちゃんを解放しろ。牙なんて、アゴの骨、砕けたんやぞ。コオくんは、唯一見える目を怪我してもうた……」
「正当防衛や」兄は言う。
「正当防衛で目が潰れたら洒落にならんのじゃ」
「洒落って何や? 殴られる覚悟もないのに、人のことを殴ろうとしたらあかんやろ」
「ここは日本やぞ。そんなわけのわからん論理は通用せん。お前、謝れや」
「誰に?」
「生まれてきてすみませんって言えや」
「はあ?」
「お前のせいで、どれだけおれら家族が迷惑をかけられたか、わかるか?」
「じゃあ逆に聞くが、お前らのせいで、おれがどれだけ苦しんだか、わかるんか?」
「わからん。お前に人の苦しみがわかるはずがない」
「言うとくけどヒロシ、あの人ら、お前の本当の親ちゃうぞ」
「は?」
 リバの力が抜けたのを、リバの兄は見逃さなかった。瞬きほどの間に、リバとリバの兄の位置は入れ替わっていた。形勢が逆転してしまった。と、思う間もなく、いつ拾ったものか、リバの兄はサバイバルナイフをリバのふとももあたりに突き立てた。叫び声をあげる暇すら与えられずに、リバは殴られた。殴られた。殴られた。

「おい泣き虫」リバは、とても応えられるような状況ではなかったが、兄は言葉を続けた。「お前は本当にいつもいつも泣いてるな。お前、ちっちゃいぶつぶつがあかんかったやろ? あれ、おれにはまったく理解できんくてなあ。というか、お前がいつもいつも言う『怖い』って感覚が、おれにはさっぱりわからんかった。それだけじゃなくて、怪談だとか、ホラーだとか、そんなんも、おれには何が怖いんか、さっぱりわからんかった。見えないもんを怖がる意味がわからないし、見えるもんを怖がる意味もわからんかった。おれがおかしいんか? 怖いって感覚を味わうにはどうすればいいんや? あ、そうや。おれのことを嫌う人間がいればいいんやん。おれ、頭いいやろ? で、お前をもっともっと怖がらそうと思った。家の中におれのことを狙ってるやつがいたら、さすがに怖いんちゃうか、と。でも、お前は一回もおれの期待に応えてくれんかったな、結局」

 ……おい店員、そこに監視カメラ置いてあるんとちゃうんか? なあ、カラオケ屋の一室がこんなことなってんのに放置か? てか、タツゾー。はよ助けに来いや。まだ歌ってるんちゃうやろな。お前、クソの役にも立たんやないか……


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 タツゾーくんは、あいつ、トイレなげーな、と思いながら、奇妙な味のするサワーを口にした。それから、何を歌おうかとデンモクに相談した。

 タツゾーくんの本名は、山下辰三という。別に、三男でもなく、特に両親が山下達郎ファンというわけでもなく命名された名前だったが、タツゾーくんは、タツゾウではなく、タツゾーと呼ばれることに、強いこだわりを持っていた。語尾なのか? 語感の問題なのか? 自分でもどうしてかはわからない。

 つうか、何歌おう。あいつも戻ってこないことだし、と、タツゾーくんは、自分の名前の由来になったかどうかは不明ながら、何かしら気になる山下達郎の「ヘロン」を入れた。

 うーん、ムズい歌やな。てか、ヘロンって何やろ。革命はテレビに映らないのギル・スコット・ヘロンやろか。スマホで調べてみると「鷺(サギ)」らしい。へえ。そうなんや。確かに、日本語で、「飛び立て、サギー」というサビじゃカッコつかんわなあ。てか、マジでタクマおせえな……。

 タツゾーくんは席を立ち、トイレに向かった。男子トイレに入り、小便をしつつ、あたりを見回すが、リバの姿はない。大便器を覗いてみるも、人の姿はない。あいつ、どこ行ったんや? 手を洗った後で、スマホを出して電話をしてみるも、つながらない。トイレから出ようとすると、リバの兄が立っていた。
「お前は誰や?」
 どういうことだろう? とタツゾーくんは考えた。トイレの前に立っていたということは、トイレの中にいる誰かを待っていたということだろう。が、トイレの中には、おれしかいなかった。ということは、この人は、おれのことを待っていたのだ。が、リバの兄は、お前は誰や? と言う。おかしい。どう考えても、おかしい。この人は、おかしい人なのだろうか? やっぱり。
「ええと、おれはお兄さんの中学の後輩です。弟さんの同級生です」ものすごく普通のことを言ってるぞ、と思いながらも、タツゾーくんは言った。
「で?」
 リバの兄は、タツゾーくんのことを、睨んでいた。いや、殴られるのは嫌だぞ……。「あの、おれ、ずっと、ファンでした」
「は?」
「タクマさんは、おれらの伝説なんです。あの、よろしければ、握手してください」
 タツゾーくんが右手を出すと、兄は、面倒くさそうに右手を出した。タツゾーくんは、ひし、とリバの兄の手を握った。
「ありがとうございます。ありがとうございます」あなたの信者ですよ、とアピールするように、2度、タツゾーくんは謝辞を述べた。
「まあいいわ。お前、ちょっと一緒に来いや」
「はい?」
 リバの兄は、今来たとこやけど、何か気乗りせんから、今日はやめとくわ。また明日来るからツケといてや、と言って、カラオケ屋から出ようとした。
「おい、行くぞ」
「は、はい」
 タツゾーくんは、リバの兄について、店を出た。

 ……おれ、もしかして、詰んだ?

つづく
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作者ひとこと 

また明日、お会いしましょう。