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「リール一周のスピードで 第三章」
~山賊スロット23~   


 もはやベロベロだった。しかしリバは、酔ってはいても、我を忘れたわけではなかった。常に顔は、ドアに向かっていたし、そこを通る人間の顔をチェックしていた。ただ、酒を飲むペースが異常に速かっただけだ。

 カラオケに入ったのが、午後2時。睡蓮歌を歌ったのが、2時ちょっと過ぎ、今は午後4時を回ったところ。タツゾーくんにしても、素面のときより歌がうまくなっているのでは? というレベルで酔っていた。あるいは、その歌を聴くリバの耳が酔っているのだろうか? 正解がどこにあるにせよ、タツゾーくんは、バジリスクのテーマである「甲賀忍法帖」を、高音部をごまかし、ごまかし、熱唱している。

 下弦の月~言うてるけど、朧BCで浮かぶ半月、あれ、月没寸前の、上弦の月なんだよなあ、これ、豆な。

 リバは、誰に言うでもなく、そう言った。居酒屋や、競馬場のようなところで、隣の人が明らかにまったく話を聞いていないときに、話し続けている人がいるが、あの状態である。リバとタツゾーくんは、同じ場所で、同じように酔ってはいるが、ほとんど別の世界にいた。それが、酔いというものなのかもしれない。


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「しょうがないですね。次はあれを出すしかありませんか。なるべくなら使いたくはなかったんですが……」越智さんは、そう言うと、水晶を手に取って、桐のような箱に慎重にしまい、ビロードのような布も、きちんと折りたたんで麻のような素材でできた風呂敷に包み、そこからトランプ大のカードを取り出して、ちゃぶ台の上に並べ始めた。

 そのカードの裏面には、紋章か家紋のような柄が、表にはアルファベットが書かれているらしかった。越智さんがそのカードをめくると、「LIFE」という文字が逆向きで現れた。
「さかさまの命」と、越智さんは遊☆戯☆王か何かが乗り移ったみたいなことを言い出した。
 続いて、めくったカードには、「STABLE」という文字が、またも逆向きで現れた。
「さかさまの安定が出ました」
 続いて、「LOVE」という文字。
「愛。これは、表です」
「占領。これは、表です」「知性。裏です」「純潔。表です」「勇敢。裏です」「運命。表です」
 次々とカードをめくった後で、「これで、8枚のカードが並びました」と、越智さんは言った。「さかさまの命、さかさまの安定、愛、占領、さかさまの知性、純潔、さかさまの勇敢、運命
「きれいに裏表が4/4になりましたね」と言って、僕はうなずいた。
「はい。それも占いの一つのポイントになります。まず、1枚目の『さかさまの命』ですが、これは、師匠さんの現在地を表しています。そして、2枚目。『さかさまの安定』これは師匠さんの過去と捉えて下さい。3枚目、『愛』これが、師匠さんの求めるもの、向かうべき未来の方向性です。4枚目は、あなたが苦手なもの、嫌っているもの。『占領』ですね。5枚目は、あなたが敵対しているもの。『さかさまの知性』6枚目は、あなたが守っているもの。『純潔』7枚目。『さかさまの勇敢』これが、あなたを手助けしてくれるものです。そして最後に8枚目。あなたの未来です。『運命』」

 学校教育という『安定』から離れ、パチ屋に居場所を求めた僕の求めるもの。そうか、期待値とは、『愛』のことだったのだ。『占領』束縛から逃れ、オカルト等の、反『知性』主義と戦い、期待値の『純潔』を守ろうとする『愛』の戦士は、『勇敢』の反対=ゼンツをしない。それが、僕の『⑧運命』である。しかし今、僕の『命』運が尽きようとしているのだった……。

 無理矢理つなげてみるとしたら、こんな感じか。確かに、僕の人生と言われたら、そんな気もするが、誰の人生であれ、当てはめることができるような気もする。

 どういうわけか、越智さんは青白い顔で、僕の顔を覗いていた。
「……どう思いますか?」
「それっぽい感じがしますね」と言った。それしか言いようがなかった。
「そうですね。それっぽい。それこそがまさに、タロットカードの利点であり、弱点でもあります。これは、私が自作したものですが、誰が、どのようにカードをめくっても、それっぽくなります。なぜなら、どの組み合わせでカードが出たとしても、それっぽい物語が、組み上がるからです。現在、過去、未来、どの地点にフォーカスしようとも、問題はすべて、ご自身の中にある。そしてそれは、ほとんどの場合、自覚してもいるのです。アドバイスのようなものは、誰にでも言えます。ただ、それが正解であるかどうかは、誰にもわからない。……駄目ですね。私、これでは仕事になりません。もしかしたら、このタロットが示唆するものは、私の運命なのかもしれません」
 運命よりも大切なものがある、と僕は思った。そう、現実可能性。
「あの、越智さん、お見舞い、行きませんか?」
「はい」


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 越智さんと小僧と牙のお見舞いをした後で、遅い昼食を取ることになった。
「思ったよりも、元気そうでしたね」思ったよりも元気そうな越智さんは、ジェノベーゼを食べながらそう言った。

 どうして一緒に食事をしているのだろう? という疑問もあったが、僕の中でより強く育っていたのは、よりにもよって、口の中がバジルまみれになりそうなものを、普段一緒にご飯を食べる機会の少ない相手を前にして、嬉々として食べるというのは、どういうことなんだろう? という疑問だった。心を許しているということなのか、あるいは、どうしてもジェノベーゼを食べたい理由があるのか。
「今日のラッキーアイテムなんですよ。バジリコが。今の私の肉体には、ベータカロチンが必要みたいです」
 の心を読んだように、越智さんはそう言った。
「というか、その感じだと、男性は口の中が汚くなるものを食べてもいいけど、女性は駄目って思ってるってことですか? 女性蔑視ですよー」
「いや、俺自身の話というか……。あんまり、何て言うんでしょうか、そういう……こう、口の中がごちゃごちゃってなるものを、人前で食べるのが、苦手、と言いますか……」言葉を選びながら喋ったせいで、何かの尋問を受けてる人のようにしどろもどろになってしまった。

 ところで、バジルバジリコマルガリータマルゲリータの違いは、どこにあるんだろう? 英語とイタリア語の違いだろうか? そういえば、ジョジョ4部で、「パリは英語でパリスと言うにもかかわらず、フランス語のパリと発音されているのに対し、イタリアのベネチアは、英語でベニスと言い、『ベニスの商人』、『ベニスに死す』というように、イタリアの地名なのに英語が多用されているのが気に食わない」みたいなことを言うイタリア人キャラクターが出てきたな。ああ。そうか。『ライフイズビューティフル』も、『ニューシネマパラダイス』も、イタリア映画なのに英語タイトルだものなあ。というようなことを考えていたせいもある。

 要するに、僕はあまり慣れていない人と一緒にご飯を食べるのが、苦手なのだ。ファミレス以外のレストランも苦手なのだ。そういうこともあって、僕はメニューの中で、最も食べるのが容易そうだったマルゲリータを注文し、手づかみで食べようとしたはいいが、いや、待てよ、これは、手で食べていいものなのか? 手元には、ナイフとフォークが置いてあり、これで食べるのが正解なのではないか? と迷っているうちに、やはりこの場合は、ナイフとフォークで食べるのが正解らしいことを、越智さんが教えてくれたのだった。
「一口食べませんか?」と言って、越智さんが、クルクルとスパゲティをフォークで巻き、スプーンを添えた上で僕の口元に運んだ。
 一瞬、躊躇したが、ここで食べないと、また、いらぬ疑念が生じるのではないか、という疑念から、いただくことにした。そして、ナプキンで口元を拭った。
「美味しいでしょう」と、越智さんは笑顔で言った。「そのピッツァ、一切れもらってもいいですか?」
「どうぞ」
 正直なところ、お腹はあんまり空いていなかった。ピッツァ・マルゲリータの半分は、越智さんの胃に収まることになった。
 お会計を済まし、爪楊枝をもらって、トイレに入って、歯や口元にバジルがついていないかを入念に確認した。
「お待たせしました」と言って、越智さんのところに戻る。
「これから、どうしましょうか?」
 これから? 何について聞かれているかわからずに黙っていると、師匠さんは、今、何が一番したいですか? と追撃の質問が来た。

 今、何がしたいと言われて、思いつくのは一つしかなかったが、それはを口にするのは、はばかられた。が、僕が口にせずとも、越智さんにはお見通しだったらしく、では、パチスロット、行きましょうか。連れて行ってください、と言うのだった。


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 タツゾーくんは、歌を歌っていた。誰の歌かはわからないが、複雑なテンポで、かつ、複雑なメロディの英語の歌だった。ただでさえ自由ではない歌唱力なのに、何故、そんな難しいことに挑戦するのか? 酔いが醒めるわ、と憤りつつ、リバはもう何杯目かわからないハイボールを飲み干した。そのときだった。リバの目線を通過した人物を見て、リバの酔いは完全に醒めていた。同時に、リバの脳裏に、たけさんの居間で起きた出来事がフラッシュバックするのだった。

 兄に殴られ続けているリバをかばうように、小僧は、リバの兄に突進した。何で、おれのことなんかを助けようとしたんや? 突進する小僧を払いのけようとする際、リバの兄の指にはまっていたクロムハーツ風のゴツい指輪か、あるいは指先が、小僧の左目にもろに入ってしまった。

 昔から誤解の受けやすい人間ではあった。が、兄は、刃向かってこない人間には、危害をくわえたりしない。現に、立ち尽くしていたシーさんに対しては、何もしなかった。だからコオくんも、その場でじっとしておけばよかったのだ。牙だって、あんなところで根性を見せることはなかったのだ。が、目から血を流す小僧を見て、牙は完全に逆上してしまった。あんなに怒っている牙を、今まで見たことがない。殺す勢いで立ち向かった牙に対し、兄は殺す勢いで牙に反撃した。すべてはすでに起きてしまったことであり、今リバは、起きてしまったことに対する精算を、自分自身に義務付けているのだった。

 立ち上がろうとすると、フラついた。それでも構わず、個室を出た。兄の後姿を見ているだけで、体中の血が沸き立つようだった。コオくん、牙、マツリちゃん……リバは、兄に対し、明らかな敵意があった。あかん。と思う。こんな気持ちでは、あいつには勝てん。落ち着け、落ち着け、と念じながら、兄の後ろを追った。リバの兄は、奥の角部屋に入っていった。

 兄が個室に入るのを見届けた後で、深呼吸をし、そして個室のドアに手をかけた。

つづく
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作者ひとこと

タロットといえば、ジョジョ3部を思い出しますね。4号機時代には、タロットマスターという台がありました。5号機でも、タロットエンペラーという台が出たというような情報を見た覚えはありますが、ホールで見かけた記憶はありません。ケロットは、おそらくタロットとは関係ないしょう。まじかるタルるートくんという台もありましたが、打ったことがありません(ドラえもんみたいな、ひらがな/カタカナ混合表記だったんですね)。

明日も更新します。