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「リール一周のスピードで 第三章」
~山賊スロット12~


 、一番に目を覚ましたのは、マツリちゃんだった。何を言っているかはわからないが、何かを叫びながら、家中を練り歩く。

 着ぐるみ姿の女の子の一人パレードを前に、大人たちはみな、当惑している。まだ眠い。まだ酒が、疲れが、体の中に残留している。頼む、もう少しだけ寝かしてくれ……。
「あ、そうや」リバが、絶望の中に残っていた希望を見つけた人のように言った。「マツリちゃん、ちょ、こっち来て」
「ん」着ぐるみ姿のマツリちゃんは、リバのもとにトコトコ駆けていく。
「マツリちゃん、ここに住みたい?」
 マツリちゃんは、コクリと首を縦に振った。
「ホンマに?」
「うん」
 マツリちゃんの声を聞いたたけさんは、いつもはまだ寝ている時間にも関わらず、颯爽と立ち上がった。そして、客間で寝ている僕と小僧を起こしにやってきて、「師匠、今日は記念日ってことで、朝飯を頼むわ」と言うのだった。これがおじいちゃん本能なのだろうか……。

 たけさんの知り合いに、保育園の園長をしている人がいるらしく、とりあえず日中は、そこに預かってもらうことになった。朝、パチ屋に向かう山賊団が、保育園に送る。夕方、パチンコを切り上げたたけさんが、自転車で迎えに行く。
 それに伴い、部屋割が変わった。
「わしは居間でいいけん、マツリちゃんがしっかり寝れるように」たけさんの号令で、誰も使っていないも同然だったたけさんの寝室は、リバとマツリちゃんが、居間は、牙とたけさんが、きちんと布団をしいて眠る。自炊、洗濯、早寝、早起き。マツリちゃんが来たことで、竹田家には空前の「規則正しい生活」ブームが訪れたのだった。


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「師匠。設定狙い教えてくれませんか?」
 小僧がそう言ってきたのは、12月の頭の週が半ば過ぎた頃だった。
「何で? 今調子いいんじゃないの」
「いや、勝ってるうちに、新しいことに挑戦した方がいいのかなって。前に師匠が言ってたじゃないですか。楽な環境に安住する生き物はどこかで自滅するって。師匠の店におれたちが行くのは迷惑ですか?」
「うん。迷惑」と言って、僕は笑った。「てか、稼げる金額、たぶん減るぞ」
「構わないです」
「牙とリバはどうすんの?」
「牙さんも、設定狙いしたいみたいです。リバさんは、マツリちゃんがいるんで、エナメインで行くって言ってますけど」
「じゃあ、ローテーション、か」
「ローテーションって何ですか???」何が嬉しいのかわからないが、嬉しそうな顔で小僧は言った。
「あの店は全6とかやらないから、3人も人数いらないからさ、たとえば、今日は俺と小僧、次の日は俺と牙、小僧と牙の日は俺は行かないみたいな」
「それ、師匠に負担かけてるだけじゃないですか」
「一緒に設定狙いしたいってそういうことだろ?」
 すでに、たけさんの姿はなかった。マツリちゃん用にチャイルドシートをつけた自転車で、張り切って送りに行ったのだ。牙とリバは、朝食で出た皿を洗っている。
「今日はどっちが俺と来る?」
「ジャンケンしますか」小僧が言い、牙と小僧は、最初はグー、と声を合わせた。
 勝ったのは、牙大王だった。
「うー、牙さん、いいなあ」小僧が口を尖らした。


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「よろしくお願いします」かしこまった態度で牙が言う。「あの、シーさん。ちょっと聞いてみたいことがあったんですけど、いいですか?」
 小僧のことをコオくんと呼ぶように、いつの間にか牙とリバは、僕のことをシーさんと呼ぶようになっていた。
 僕がうなずくと、「ヒキって何ですかね」と牙は言った。
「運と同じ意味じゃね」
「運って、どうやって決まるんですか?」
「運」と、僕は言った。
「……」
「運命。それか、日頃の行いって思うしかないと思う。もしくは何も考えないか」
「……自分、継続率の機種に、何か苦手意識があるんですよね。昨日も、バジリスク絆の開始画面に、天膳とかいうやつが出てきたんですけど、あれって、継続率8割ですよね? でも、2連で終わっちゃって。日頃の行いが悪いからですかね?」
「8割ってめっちゃ強そうに見えるけど、実際、5回に1回は終わるんだから、そんな気にすることないよ」
「コオくんは、ヒキなんてないって言うんですよ」
「うん。ヒキなんてない。というか、考える意味がない」
「でも、コオくん、めちゃくちゃヒキが強いんですよ。たとえば昨日のスロットで言うと、天膳が出てきた時点で、コオくんに変わってもらったら良かったのかな、とか」

 うーん。これは面倒くさいぞ。「あのさ……」苦笑しつつ僕は言う。「未来という視点から、ああすればよかったとか、こうすればよかったとか、何も知らない過去の自分をサゲるのはよくない。そういうの結果論って言うんだけど、もし本当に、先天的にヒキが弱い人間がいるとしたら、その人はスロットを打てないことになる。そんなことあると思う?」
「意味はわかるんですけど、何か東大行ってる人に、学歴なんて意味ないって言われてるみたいな感じがするんですよね。これ、劣等感って言うんですかね」
「俺、80%なんて、3連続で単発だったことあるよ」
「マジすか? 落ち込みませんでした?」
「落ち込む……? いや、落ち込みはしないかな。だって、そんなのは、5×5×5=125回に1回は起きてしまうことで、起きてしまったことは変えられない。というか、継続率も、その結果も、俺たちがどうこうできるもんじゃない。それより、寝坊したせいで、狙ってた台を誰かに取られるとかの方が落ち込む。後30分早く起きればよかったってのは、自分の努力で何とかなるけど、継続率を判定するのは俺じゃないし」
「自分、あんまり頭よくないからですかね。何か、劣等感もっちゃうんすよね」
「頭のよしあしって、そんな簡単に決められるもんじゃないと思うんだよね。今、牙は謙遜したんだろうけど、テストの点数がよかったから頭がいいとか、偏差値の高い学校に行ったから頭がいいとかって、違うような気がする」

 そう。学校のテストは、答えが(ほぼ)決まっている。優先すべきは、自分の考えではなく、すでに決められている答えなわけで、つまり、学校のテストで問われているのは、自分の考えではなく、決められたことを優先できるかどうか、ということなのだ。

 設定狙いも同じだ。設定を使うかどうかは、店によって違う。同じ店でも、日によって違う。設定は、店の都合に合わせて、配分される。だから、設定狙いをするためには、設定狙いをするための考え方をしないといけない。もちろん、記憶力みたいなものは、個人差があるのだろう。だけど、そんなことを言っても、他人にはなれないのだ。ヒキも同じく。

 そんなことをやんわりと言った後で、「でも、しんどくなる気持ちはわかる」と付け足した。「スロットを打ってると、もう本当、天に見放されてるんじゃないかって思うことが起きる」
「そういうとき、シーさんはどうやって切り替えるんですか?」
「姿勢を正すしかない」
「姿勢、ですか?」
「チャンスの神様は前髪しかないって言うじゃん。チャンスの神様が目の前に来たら、すぐに前髪をつかまないと、どこかに行ってしまう。チャンスの神様の後頭部には、掴むものがない。二度目はない。これは比喩っぽいけど、スロットでも有効な考え方で、だから、どれだけ落ち込んでても、手だけは伸ばせる姿勢をキープしておかないと。すねたり、縮こまったりするのは期待値的にマイナスしかない」

 店には、固有の癖がある、と言う人がいる。その癖を読めば、設定が入る場所がわかる、と。ギャンブルを好む人間は、「読み」、予想という行為が大好きだが、予想をしなければいけない時点で、期待値的にはマイナスなのだ。気象予報のような、スパコンを駆使してはじきだされた予想すら、当たらないことがある。予想はそれくらい難しいのだ。僕のような演算性能に劣る脳みそでは、言わずもがな。

 逆に考えてみよう。予想をしようとする人間の裏をかくことが、いかに簡単であるかということに、気づくだろう。設定など入れなくてもいいのだ。入れるにしても、設定を入れる場所をランダムにすればいい。たとえば、サイコロで決める。サイコロを振る人間が答えを知らない以上、予想が成立するはずがない。当たるとしても、それはただ運で、再現性がない。

 スロッターである以上、予想が有効なのは、再現性があるときに限られるということは、覚えておかなければいけない。再現性とは、実験をくりかえしたときに、一貫した結果が得られる程度を示す科学的な用語だが、スロッター的に言えば、期待値があるかどうかということだ。期待値がなければ、それはたまたまに過ぎないのだ。たとえ一度うまくいったとしても、台の設定は、容赦なく、その取り分を打ち手から奪っていく。ほとんどの客は、それを、ヒキのせいにする。違うのだ。パチ屋における一番の必勝法は、予想するまでもないことを繰り返す、だ。

 予想は、してもしなくても確率が変わらないときのみ、趣味的にすればいい。予想のせいで、期待値を下げるなんてことは、絶対にあってはならない。

 これは、何も僕だけの考えではない。というかこれは、まったくもってオリジナリティのない考え方だ。この店で生活する帽子プロも、コンビ打ちの2人も、同じように考えているはずだ。その証拠に、彼らも朝イチは、同じ機種に集まり、同じような行動を取る。

 狙い台がダメだったときは、リセット恩恵のある台を中心に打っていく。その間も、設定の入る機種をチェックする。後ヅモという言い方をするが、高設定台を後から取ることは、運の要素が減る分、難易度が下がる。しかし、閉店までの時間が減る分、期待値も減る。そしてもちろん、他のプレイヤーも、後ヅモを狙っている。ともあれ、一の矢、二の矢、三の矢、四の矢と、放ち続ける。その没個性の矢は、敵に向かって撃つのではない。この戦いに敵はいない。争奪戦において、敵をつくるのは、愚の骨頂だ。ライバルはいるが、彼らの行動も情報なのだから。

 山賊団が出会ったマルメンライトの男は、ハウスルールを無視してまで、効果の最大化を狙っていた。が、それをすることによって、他の打ち手の反感を買ってしまった。山賊団がチェーン店を出禁になったのは、店の印象を悪くしないという原則を怠ったためだ。リスクのほとんどは、人的なもので、それは、減らすことができる。ゼロにすることは難しいかもしれないが、少なくとも、直撃は避けられる。

 しかし、そこまでしても、回避できないものもある。


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 竹田家の居間では、マツリちゃんに気を遣っているのだろうか、大人たちが静かに酒を酌み交わしていた。
「お帰りなさい」と、小僧が言った。「どうでした?」
 負けました。小僧の問いかけに、牙は肩を落として言った。
「シーさんに、迷惑かけたんちゃうやろな?」
「かけました」
「たけさん、ちょっと牙落ち込んでるんで、なぐさめてあげてください」と、たけさんに耳打ちした。
「牙、手洗いうがいしたら、こっち来て飲めや」
 牙はたけさんの隣に座り、缶ビールを受け取ったはいいが、飲もうとはせず、固まっていた。
「牙どうした?」たけさんが言う。
「迷惑かけてしまったので、申し訳なくて」
「何を殊勝なことを」と言って、リバースが笑った。
「おいリバ夫。シュショーって意味わかってるんか? 総理大臣ちゃうぞ」
「わかってますよ。こいつ、変なとこで、真面目なんすよ、昔から」
「……」
「なあ牙、何も気にすることないよ。本当に」僕は言った。

 牙の打ち方は、無駄がなかった。一度に定量のコインを入れ、常にウェイトをかけて、スムーズに打っていた。状況把握も、ふるまいも申し分なかった。今日負けたのは、ただ運がなかっただけだ。どれだけ完璧に立ち回ったとしても、不運だけは、回避することができない。その日の結果は、僕たちにはどうすることもできない。正しい行動をした以上、反省もクソもない。

 はたして、期待値は、「追う」ものなのか、「負う」ものなのか。期待値を追ったことがある人間が、一度は陥るパラドクスだ。適当に打っている人間がバンバン出して、期待値を追っている自分はさっぱり出ない。巻物を待っているときに巻物は引けず、どうでもいいときには連続して引く。自分を主人公と定義する以上、感情はいつも、被害者ぶってしまう。期待値のウマみは理解できても、下ブレは納得できない。原理はわかっていても、自分の不幸は許容できない。おそらく、人間の感情は、そういう風にできている。

「すいませんでした」牙は、隙あらば謝ろうとする。

 僕は、その態度が気になった。牙は、ミスをしたわけじゃない。責められることは何もしていないのだ。責任感が強いのだろうか? プライドが高いのだろうか? 何であれ、ヒキみたいなものに一喜一憂するということは、期待値がない台を打って、たまたま出てしまったことを喜ぶのと同義だ。

 僕は、ポケットからスマホを出して、今日、設定4のバジ絆で出せたはずだった機械割を算出して、牙に渡した。
「それやるから、そういうの、もうやめようぜ」
「おいおい、師匠、どうした?」たけさんが心配そうに言った。
「さっき、パチ屋に行く前に、ヒキなんてない。気にすることないって話をしたの、忘れた?」僕は声を押し殺して言った。「今日、勝っても、負けても、俺たちは、それと同じだけの期待値を手にしている。期待値よりも、ヒキの方が大切なんだったら、スロットなんかやめて、それで宝くじでも買えよ」

つづく
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作者ひとこと

師匠の空気を読まない力がこんなところで出るとは……。明日も更新します。