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「リール一周のスピードで 第三章」
~山賊スロット9~



 面倒なことが、リバは嫌いだ。が、面倒を避け、楽なこと、楽しいことだけをしようとしても、結局、面倒がついてくる。何でや? 影から逃げようとしても、光を追いかけるやつの後を、影は追いかけてくる。それと同じなのだろうか?

 だけどリバは、面倒にわずらわされずに生きる方法だって、どこかにはあるのではないかと、頭の片隅で考えていた。スロットで、ウマいところだけを打てるように。

 リバは、過去を振り返るのが嫌いだった。やはり、面倒臭いという言葉に尽きる。誰々と何をしたとか、何々を誰としたとか、そいつが今ここにいないのなら、何を言ったところで、再現のしようがない。
 あのときは、ああだった、こうだった、と牙が言ってくるのが、時々鬱陶しく感じることもある。いや、今、違うんやから、前の話しても、しゃあないやんけ。お前はその瞬間に戻れるんか? 戻れんやろ。ほな、今を生きようや。
 そうは言っても、過去は、言葉を持たない。ただ、目の前に現れるのだ。想像だにしていない形で。唐突に。


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 兄が連れていた小さな女の子の名前は、マツリちゃんというらしい。リバの初めての姪ということになるのだろう。姪といわれても、ちっともピンと来ないし、そもそも兄と会うのだって、中学生以来なのだ。だいたいお前のせいで、おれも、かーちゃんも、とーちゃんも、こっちにいられんくなって、山口に越したのだ。そうだ。おれは、こいつに会ったら、ぶん殴ろうと思っていたのだった。

 が、ぶん殴られたのは、リバの方だった。そう、こいつはそういう人間で、おれは、こういう人間だった。そこにあるのは、狩るものと狩られるもののような、圧倒的な力関係だった。

 リバの一番古い記憶は、そんな兄に泣かされている自分だった。幼稚園に上がるか、上がらないかくらいのことだ。リバは、小さな点々、ぶつぶつを見ると、背筋が凍り、吐き気を催し、意識が飛びそうになるという性質があった。今で言う、「集合恐怖症」なのだろうが、当時のリバは、そんな言葉は聞いたこともなかったし、また、その心理現象の名前がわかったことで、怖いという感覚を変えられるわけでない。
「嫌だ」と叫んでいるのに、兄は、そんなリバに、ぶつぶつの映った写真や絵を見せてくる。リバは泣き喚く。そんなリバを見て、兄はケタケタ笑っている。
 母は、リバの兄を叱る。リバの兄は、叱られたときは、その行為をやめるのだが、次の日にはまたリバが嫌がることをする。が、あるとき、リバは気づいたのだ。女の子と遊んでいるとき、リバの兄が、ちょっかいを出してこないことに。

 それからは、兄から逃れるように、近所の女子とつるむようになった。小学校に入ると、女子と遊んでいることを、からかってくる同級生が現れる。最初はそんな声は無視していたが、ある日、そんな同級生にリバは暴力でこたえた。同級生は、泣くと何も言えなくなってしまった。男に対しては高圧的に。女に対しては融和的に。そのようにして、リバの二面性は磨かれていった。

 兄が事件を起こしたのは、リバが中二から中三に上がる春のことだった。その事件のことは、これまでも、これからも、誰にも口外するつもりはないし、それはたぶん、リバの両親も同じだろう。一生、隠していかなければいけない過去。リバが何かを振り返るのが嫌いなのは、もともとの性質もさることながら、この影響が大きい。

 松山の夜の街で再会した兄は、一見、普通の人に見えた。リバとリバの兄は、1歳の年の差しかなかったから、今は23歳のはずだ。23歳。いい大人だ。が、リバに対する態度を見る限り、兄はまるで変わっていないようだった。人を人と思わない目つき。あいさつがわりの拳。殴り返そうとするリバの反撃をゆるさず、追撃の手を緩めない兄。
 リバは、胃の中に収まっていたものを、吐き出した。ぜえぜえとあえぐ弟に、兄は言う。
「なあ、ヒロシ、ちょっとその子預かっといてくれん?」
「はあ?」
「おれ、カラオケに行きたいんやけど、入ろうとすると、子供がおったらあかんみたいなこと言われるから、おれがカラオケしてる間、その子連れて、どっかで待っといてや」
 は? カラオケに行きたい? だから、その子を預かってくれ? 兄が何を言っているのか、意味がよくわからなかった。
「その子は誰なん?」口元を拭いながら、リバは言った。
「おれの子や」
「カラオケは何時間するん?」何という間抜けな質問だろう、と思いながらもリバは言った。
「2時間くらいかな」
「おれ、もう眠いんやけど、殴られて、しんどいし……」
「ええやろ。これで何かうまいもんでも食えや」リバの兄はリバに、3枚の千円札を渡した。
 リバが何かを言い返す前に、リバの兄は路地をすたすたと歩いていってしまった。残されたリバと、タツゾーくんと、着ぐるみを着た女の子は、暗い路地で立ち尽くしていた。
「どうすんの?」タツゾーくんが言った。「てか、あの人ほんまにタクマさんなん?」
 リバは、立ち尽くす女の子の手を取り、眠くない? と聞いた。
 女の子は首を横に振った。
「お腹すいた?」とリバは聞いた。
 女の子は首を横に振った。


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 24時間営業のファミリーレストランに入って、ドリンクバーで時間をつぶそうとした。が、兄からの連絡は一向になかった。さっき、眠くない? という質問に首を横に振った女の子は、いつの間にか眠ってしまっていた。
「なあ、お前の兄やんは、お前にどうやって連絡を取るつもりなんかな?」幾分、酔いが醒めたという顔でタツゾーくんが言った。
「ホンマやな」リバが驚いたように言った。あまりの眠さに、ブラックコーヒーを立て続けに3杯飲んだが、カフェインの効果はさっぱりなかったというような、眠そうな顔で。「おれ、あいつの連絡先なんて知らんし。どないしょ」
「とりあえず、うち、来るか?」タツゾーくんは言った。
「そやな」喋るのもしんどいという顔でリバがうなずいた。「お邪魔させてもらうわ」

 タツゾーくんの家は、3階建ての木造アパートの3階にあった。子供って言っても重いんやな、と思いつつ、マツリちゃんをおんぶして、階段をトントンのぼっていく。部屋に入り、マツリちゃんを布団の上に寝かせ、水道から水を飲んだ。こんなに眠いのはいつ以来やろう?
「すんません、今日の稼動はちょっと行けなそうです。マジすいません。」
 山賊団のグループラインにそう送ると、畳にしかれた座布団の上でリバは気を失った。

 あの、という幼い声に起こされた。トイレ、と言われ、部屋を見回し、マツリちゃんをトイレに連れて行く。マツリちゃんが戻ってくる前に、リバは意識を失ってしまった。次に目が覚めると、正午を回っていた。
 ローションの海に沈んでしまった電マのような、まったく役に立ちそうもないぼーっとした頭で、考える。ここはどこや? と。おれは何で、座布団の上に寝てるんや? ほんで、何で着ぐるみを着た子供が隣におるんや? おれは犯罪者になってしまったんか? 誰や? おれの記憶をバクバク食ったんわ? あれ? 「わ」と、「は」、どっちが正解や? 食ったんは? 食ったんわ? おれは日本人、でも、ひらがなの使い方もわからないー。

 2日目の酔いは、リバの思考を、逆回転に再生するように回していた。器用なもんやな。バックギアとかあるんやろか?
 突然、ホラー映画的に、隣で寝ている着ぐるみの子供の目が、カッ、と見開いた。目の大きな少女だった。それは、リバの記憶にある誰かに似ていたが、思い出せなかった。
「おはようございます!」リバは酔いにまかせて元気に言った。
「おはよう」と、少女は言った。「あなたは、誰ですか?」
「リバ。リバースでもいいけど」リバが答えた。
「リバ?」そう言って、マツリちゃんは固まってしまった。「変な名前ー」
「そう? 気に入ってるんやけどな。リバくん。はい。言ってみて」
「リバくん、リバくん」壊れた音声機能つきのぬいぐるみのように、マツリちゃんは、リバの名前を連呼した。「リバくん、リバくん、リバくん、リバくん、リバくん」
 そのうちに、あったまいって……という声が後方から聞えてきた。
「あなたの名前は何ですか?」リバは聞く。
「マツリ」マツリちゃんは、出会って以来、初めて笑った。「リバくん、リバくん、マツリ、おなかへった」
 リバの思考は、相変わらず、パケット残量のないスマートフォンのように制限されていたが、確かに、お腹は空いていた。
「飯、食う?」
「くう!」
「……すまん。おれはパスや」蚊の鳴くような声が後ろから聞えてくる。じゃあ、マツリちゃん、二人で行こうか。
「うん」着ぐるみを着たマツリちゃんは笑顔でうなずいた。

つづく
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作者ひとこと

ローションの海に沈んだ電マというのはなかなか詩的な表現でしたね。

次回は、8/22頃更新予定です。