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「リール一周のスピードで 第三章」~山賊スロット8~


 この子はプロ。プロフェッショナルに相手をしてもらうには、対価を支払わなければいけない。当たり前だ。好きみたいな数値化できない曖昧なもので、支払えるはずがない。

 おれは、悪くない。悪いのは、タツゾーや。そう思いながら、リバは、カナちゃんの肌に両手で触れた。

 触れる。離れる。その一瞬に、若干のタイムラグが生じるほど、カナちゃんの肌は、すべすべだった。吸い付くという表現がぴたりとはまる。このすべすべの肌の対極にあるものは何やろか? すぐに思いついたのは、牙大王の坊主頭だった。

 ……いや、まだ、足りない。このすべすべの反対に位置するのは、凶器だ。相手を傷つけるために存在するあらゆる武器の反対側に、このすべすべはある。このすべすべを手に入れるためには、対価が必要なのだ。このすべすべに触れようとする人間も、そして、おそらくは、このすべすべを保持しようとする本人も。

 さっきの3倍から4倍くらいのスピードで、ユーロビートタイムが終わってしまった。リバは、カナちゃんに2千円を払い、出口の脇にあるキャッシャーでまたお金を取られ、合計が1万では済まずに、自腹を切った。
 見送りに来てくれたカナちゃんは言った。「ねえ、オニーさんのこと、何て呼べばいい?」
「リバか、リバース、どっちでも」
「リバー? 川? じゃあ、川ちゃん、次はいつ来てくれる?」そう言って、カナちゃんは、名刺をリバの手に握らせた。
 リバは名刺をポケットに突っ込むと、「また、近いうちに」と言って、外に出た。


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 タツゾーくんは、近くの公園にいた。

 リバを待っている間に酔いが回ったのか、あるいは新たに酒を入れたのか、公園の頼りない灯りの下でさえ、タツゾーくんの顔は赤く、その目はトロンとして見えた。
ヒロシーお前がーカナちゃんのーおっぱいをー揉んでたらーっていうー妄想にー耐えられずにー出てきてしまったんやー
 滑舌が悪いうえに、アクセントの置き所がめちゃくちゃで、1/3くらいしか聞き取れなかったが、タツゾーくんが言いたいであろうことはわかったし、お前やるやん。よくわかったな。予知能力者か? ということを伝えたくて仕方ない程度には、リバも酔っていた。
「ほんでえ、ちゃんと、聞いてきてくれたんやろなあ? おっぱいはラシで」タツゾーくんは、そう言った(ナシ、と言いたかったのだろうが、ラシにしか聞こえなかった)。
「しっかり話はしたよ」
「でー? 何やってー?」
「タツゾーくん、カッコいいよね、やって」
「ウィンウィンやん」タツゾーくんは、両手を真っ暗な天に向かって突き上げた。「それはもう、モウマンタイってことやなあ」
「問題しかないわ」リバは言った。
「何でえ!?」
「タツゾー、お前、あの子、無理やわ」
「無理って何や。無理か無理じゃないかを決めるのは、お前じゃない。おれや」
「……いや、あの子やろ」
「そんなん言うなってえ」
「あの子は彼氏を求めてない。ノド渇いてないやつに液体渡しても飲めんやろ、そんな感じや。やけん、いかんて言うたやん」
「そこを何とかするのが男やろ!」
 目がシパシパする。あくびがひっきりなしに出る。リバの体力ゲージは、設定1の出玉グラフのように、急降下していた。
「……じゃあ、自分で何とかせーや」
「ヒロシィ、やっぱりオッパブもう一回行かん? おれ、金出すし」
「もうえって。てか、さっきも1万じゃ足りんかったし」
「ええやん。その分も払うわ。さっきチラッとカナちゃんが視界に入って、もうやばい。えぐいえぐい。今日会えんかったらおれ死んでしまうかもしれん」
「ほな、死んで」
「なあー。ヒロシィ、おれら友達ちゃうんか?」
「友達であることと、お前のわがままに付き合うことは、別の問題やろ」
「ええやーん。なー」
 ああ、めんどくさ。うだうだ考えるくらいなら、行っちまうか。
 ……マジで? なくなりかけの理性が言う。お前、正気ちゃうな? うぇい。


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 ウェーイと言いながら、2人は、オッパブに再入店した。ウェイ、ウェイ、ウェイ。気炎をあげつつ、リバとタツゾーくんは隣同士のテーブルに座った。
「あ、来てくれたんだ」そう言いながら、カナちゃんは、近すぎず遠すぎず、手が届きそうで届かない、絶妙の距離を保ってタツゾーの隣に着席。
 さすがに、さっきのことを言ったりはせんよね? と探りをいれるように、リバは、「あ、カナちゃん。タツゾーがシャンパン入れてくれるらしいから、みんなで乾杯せん?」と言った。
「ええよ、ええよ、何でも入れちゃって、入れちゃって」タツゾーくんは、上機嫌でうなずいた。

 カナちゃんは、さっきのことはおくびも出さずに、え、いいの? と、ビジネススマイルを浮かべつつ「すいませーん」とボーイを呼び、リバの注文を伝えると、2人のボーイが隊列を組んでやって来て、タツゾーくんのテーブルの上に、スパークリングワインの入ったワインクーラーをデンと置いた。
 隣の席に座ったミクちゃんという小柄な女の子に、はじめまして、と言った後で、飲みい、飲みい、と勧めると、ミクちゃんは、「いいんですか? 嬉しい」と言ってグラスを受け取った。
 リバ、カナちゃん、タツゾーくん、ミクちゃんの4人は、グラスを掲げる。
「やっばー。こーのシャンッパンッマッジうっめえ」
 阿呆面のタツゾーくんを無視し、リバはミクちゃんを見つめた。ミクちゃんは、カナちゃんに比べると、いくぶん、地味な感じではあった。が、リバは、女の人限定ではあるが、博愛主義だった。さっき夢中になっていたカナちゃんの記憶は、上書きされていた。
「あれ、オニーさん、さっきこの店来てなかった?」何かに気づいたという様子でミクちゃんという子が言った。
「うん。いたいた」
「出戻り? すごいねえ」
「スポンサーおるからね」リバはにやりと笑う。
「すごいねえ」そう言いながら、ミクちゃんは、パール色のスリップを脱いで、上半身をあらわにした。極端に横着なのか、恥じらいに無頓着なのか、あるいは緊張からか。かなりフライング気味の脱ぎっぷりで、まだ室内の照明が落ちていなかったから、乳房の形や乳首の色までよく見えた。そして、照明が落ち、ユーロビートが勢いよく鳴り出した。

 ミクちゃんとひたすらイチャイチャしていたことは確かだ。が、照明の暗さのせいか、疲れが限界を迎えたのか、安めのスパークリングワインのせいか、リバの記憶は、飛び飛びだった。何となく覚えているのは、タツゾーくんが終始楽しそうだったことだ。

「そろそろ閉店です」と言われたとき、タツゾーくんは、とても悲しそうな顔をした。が、閉店と言われてしまっては、しょうがない。少し余ったスパークリングワインのボトルを手に、リバとタツゾーくんは店を出た。
「金、なくなってもうた」タツゾーくんは、空っぽの財布を反対にして振った。
「いや、お前がおごる言うて、行ってから、結局、残りの金、おれが出したやんけ」
「まあまあ。楽しかったからええやろ」
「お前、そういうとこあるな」そう言って、リバはタツゾーくんが持ってきたスパークリングワインのボトルを取り上げ、一口飲んだ。「もうええわ。帰ろや」
「お前、帰るってどこに帰るん?」
「お前んち」
「うち来るか?」
「お前がええんやったら」
「ええよ。狭いけど」
「こっからどれくらい?」
「15分くらい」
「遠いな。タク使おうや」
「タクシー、タクシー、見当たらんなあ」
 そのとき、路地裏から何か黒いものが飛び出してきた。

 リバの目には、それは何か、大きな動物に見えた。カピバラのような。どうしてこんなところに南米原産の巨大ねずみがいるんだ? しかしその生き物は、着ぐるみを着た女の子だった。……どうして、こんな深夜の飲み屋街に女の子がいるんだ?
 リバとタツゾーくんが、幽霊でも見たかのように固まっていると、その女の子の後ろから、ぬうっと大きな影が現れた。
 それは、リバがどこかで見たことのある人間だった。いや、どこかで見たことがあるどころではない。
「兄ちゃん?」
「ヒロシか」と、黒い影は言った。「ちょうどいいわ。お前らちょっと、こっち来いや」

つづく
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作者ひとこと

明日も更新します。