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「リール一周のスピードで 第三章」~山賊スロット4~


 は、好きな女の子の横顔を見つめていた。ブカブカのブレザーを着て、伸ばしっぱなしのロン毛を手でいじりながら。

 牙は、夢を見ている。夢の中の牙は、中学一年生で、その頃の牙には、親友がいた。牙と同じように、伸ばしっぱなしのロン毛で、ブカブカのブレザーを着て。2人は、喧嘩に強くなるための方法を考えていた。やっぱ筋トレか? より具体的に、ボクシングを習うのがいいのか、空手か、いや、柔道か、はたまた、武器を手にするのか、ヤンキーマンガを引き合いに出したり、ああでもない、こうでもないと話しては、「またあんたら、ろくでもない話してから」と、美園(ミソノ)ちゃんというクラスメイトに鼻で笑われるのだった。「やめちょけ、やめちょけ。もやしっ子」
「うるせー」牙が虚勢を張る。
 が、牙が内心想っているのは、家に帰ってひとりの部屋にいるときに考えているのは、ミソノちゃんのことだった。そしてそれは、牙の親友も同じだったのだろう。喧嘩のしかた、強くなりかたの話はできても、好きな女の子の話はできない。中学一年生。何が大切で、何を優先すべきなのか。大きくなっていく体と、膨らんでいく欲望。すべてが霞に包まれていた。

 おじいちゃんっ子だった牙には、「男はこうあらねばならぬ」という、割と明確な指標があった。その価値観に照らし合わせると、女にうつつを抜かすというのは、好ましくないものだった。だけど気になるのだ。昨日よりもずっと。そのモヤモヤを、将棋を指したり、歴史小説を読んだり、ヤンキーマンガを読むことで、または腕立て伏せをすることで、男はこうあらねば、というパワーに変えようとした。

 しかし、親友はそうではなかった。あくまで自分の欲望に忠実だった。親友が、ミソノちゃんと2人だけの関係を望んでいることに、牙はちっとも気づかなかった。

 あのとき先に告白していれば、どうなっていたんだろう? 今でも牙は、そんなことを夢想する。が、親友とミソノちゃんの関係は、牙を置き去りにしてずんずん進み、気づいたときには、届かないところにいた。おそらく親友は、牙がミソノちゃんが好きなことを知っていた。牙の気持ちを知りながら、言わずに避けた。そんな親友の態度に、ミソノちゃんは同調した。牙が避けられている理由を知ったのは、クラスメイトの噂話だった。
「あの二人、付き合ってるらしいよ」
 牙はミソノちゃんの横顔を見つめている。日の当たる教室の窓際、前から3番目。
 国語の先生が、詩のようなものを黒板に書いている。ミソノちゃんはそれを書き写している。牙はそれをぼんやりと見ている。ブカブカのブレザーを着て、今では考えられないロン毛をいじりながら。
「おい」そう言われて振り返ると、リバがいた。どうしてこんなところにお前がいるんだ? お前が転校してきたのは、中三の頃じゃなかったか? 今のおれは中一やぞ? まあ、別に、ええけど。
「授業つまらんけ、フケようや」リバは言う。
 ああ。つまらんから、フケようか。牙はそう言いながらも、ミソノちゃんの横顔から目を離せない。日の当たる教室の窓際、前から3番目。
 牙は、ある放課後に、親友を呼び出して、話もそこそこにぶちのめした。親友はほとんど抵抗しなかった。
「最低」大好きだった女の子にかけられた最後の言葉がこれだ。
 こうして牙は、2人に避けられる正式な理由を獲得した。大好きだったおじいちゃんが亡くなったのも同じ頃だ。牙は伸ばしっぱなしだった髪を丸めた。それは、少年時代との決別の儀式でもあったのだ。


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 リバは、嫌なものが存在することが、ずっと不思議だった。美味いもの、不味いもの。自分の好みの女性、好みでない女性。どうして、好きなものよりも、嫌いなものの方が圧倒的に多いのだろう? リバはそのことがずっと謎だったのだけど、スロット生活を始めて気づいた。価値とは希少価値のことであり、少ないからこそ価値があるのだ、と。

 それまでのリバは、小僧のような人間のことが大嫌いだった。力がないくせに、自分の力では何もできないくせに、ちょろちょろ視界に入ってくる、その他大勢。おれはおまえらが嫌いだ。だから教えてやるのだ。おまえらの人生は大したことがないのだ、と。

 リバは体格に恵まれていたうえに、クレイジーな兄がいたことも手伝い、それまで誰かに見下されるということがなかった。山口県に引っ越したことで、初めてその経験をした。その男が、牙だった。牙は、ファング帝国とかいう謎の軍団を作っていて、牙がなめる以上、その他大勢も、リバをなめるのだった。牙は中3の時点で背が180センチ近くあり、お前それ、バスケットボールちゃうんか、と言いたくなるくらいにラインが入った坊主頭、崩した制服、ファングとかいう意味不明の呼び名。ひと目見て、敵だと思った。たった一人のリバは、大勢の仮想敵を向こうに回して、山口での生活をスタートさせたのだった。

 家では、父親と母親の喧嘩が絶えないようになった。母親にとっては地元だが、父親にとってはまったくなじみのない土地なのだ。一から仕事を探さなくてはいけなかったし、息子のしでかした事件(リバの兄の名前は家庭内のタブーになっていた)のせいとはいえ、その原因を、父親は母親に求め、母親は父親に求めるのだった。家の内紛。学校にはファンク帝国。リバの気が休まる場所はなかった。

 住宅街の真ん中に、小さな公園があった。ジャングルジムと滑り台、砂場に鉄棒とブランコがあるくらいの公園だったが、牙ひきいるファング帝国は、ここを帝都と呼んでいた。阿呆ちゃうか? と思ったが、皇帝である牙は本気らしかった。「陣形をしけ」だとか、「まず勝って、しかるのちに戦え」だとか、自らの配下にそれらしい用語を使ってふんぞりかえっている。リバは牙をますます嫌いになった。が、母の実家に帰るには、そんな「帝都」の横を通る以外に方法がなかった。遠くから聞こえてくる嘲りに耳をふさぎ、やり過ごす。
 そんな生活を続けるうちに、ネガティブな思いを抱えていることに飽きてきた。こういうとき、方向転換できるところが、リバという人間の強みかもしれなかった。あきらめが早いのだ。
 リバは、女子と仲良くするようになった。戦闘能力に長けているかもしれないが、ファング帝国はゴリゴリの男系集団だった。彼らが君臨することで、男女間の仲がなかなか縮まらないというストレスを、一般の男子生徒も、そして女子生徒も抱えていたのだ。リバは、転校生という、アウトサイダーの立場を利用して、その隙をついた。キミたちは頑張って帝都を広げなさいね、と笑いながら、女子と一緒に帝都を横切るのは、リバにとってこれ以上ない喜びとなった。
 次々と、人気のある女子とデートする転校生を、皇帝は苦々しく思っていた。何だあのふしだらな野郎は。まったくもって、けしからんではないか。臣民に対し、示しがつかんではないか。
「おい。あいつ呼んできて」と、牙は指令を出す。が、リバは当然のように無視する。学校で声をかけようにも、リバはいつも女の子といる。初恋ショックから抜け出せない牙は、女子を連れている男には、声をかけられないのだった。
「最低」という声が聞こえてくるようで。
 2人の距離が近づいたのは、まったくの偶然からだった。それは修学旅行の最終日のことだったが、リバはほとんど覚えていなかった。リバは、過去にあまり興味がないのだ。


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 対しては、いつまでも昔のことを覚えているタイプの人間だった。
 おれが皇帝とか呼ばれていたあの頃、リバはすでに、自分の欲しいものをちゃんと理解していたように思う。チャラい、女たらし、ヤリチン、最低、等々、リバを揶揄する男子はたくさんいたが(その筆頭が牙だった)、正直に言うと、みんなリバのことがまぶしかったのだ。一度だけ、酔っ払って、その頃の話をリバとしたことがあった。
「なあ、中学ん頃、何でお前は、女子と一緒に行動してたん?」
「何でやったっけ、覚えてねえわ」と、リバは言った。
「みんな、お前のこと、羨望の眼差しで見てたわ」
「そうなん? 悪口しか聞こえてこんかったけど」
「お前、溝口さんと付き合ってたやろ。詳しくは知らんし、聞きたくもなかったけど」
「ヨシコさん? おしとやかな人やったね。淑子って名前がまた古風でな」
「ふざけんな。我らがエンジェルぞ。……てか、もうやめようや、この話」
「お前が始めたんやろ」と言ってリバは笑った。「てか、おれら何で仲良くなったんやったっけ」
「お前、覚えてねーんか?」
「何でやった?」
「もうええわ。思い出したくもない」
「教えろや」

 2人の中学の修学旅行は、京都、大阪、奈良、という、この国のかつての首都をめぐる欲張り三都物語であり、そのための班分けという、恋に恋こがれる中学生にとっての一大イベントがあった。班は、男2女2という4人が基本で、男が1人多いクラスだったから、1つの班だけは、男2、女1という3人班になることを納得させた上で、担任の先生は、クジを作った。牙は、溝口さんと同じ班を強く望んでいた。が、牙が引き当てたのは3人班であり、そのメンバーが、斎藤さんというメガネ女子と、リバだったのだ。ふざけんな。やり直せ。が、牙は、うちなる叫びを口の外には出さなかった。一度決まったことに口を挟むのは、男のすることではない。それが祖父の教えだったからだ。

 斎藤さんは、クラスの中では全然目立たないメガネ女子だったが、リバはすぐに打ち解け、楽しそうに談笑している。牙は慣れない近畿の地で、親しげなリバと斎藤さんの3メートル程後ろをついていくという、およそ皇帝らしからぬ行動を取っていた。
 おれは一体何をしているのだろう? これは一体何なんだ? おれは間者か? 忍者か? 隠密行動か? おれは一体誰に何を報告すればいいのだ?
「殿、やつらは楽しそうに過ごしておりまする。して、拙者は、どうすれば?」

 ……殿は応答してくれない。3人は、三十三間堂、清水寺、二年坂を通って知恩院、平安神宮、京都御所と徒歩で回った。全然気になっていなかったのに、時間が経つにつれて斎藤さんが可愛く見えてきた。もしかしたらおれは、嫉妬心が恋愛に置換されるタイプなのだろうか?

 大阪は、地下鉄を使って道頓堀、心斎橋、大阪城、難波宮跡。おれは、孤独なストーカー。もしくは守護霊? 背後霊か? タコ焼きを食べても独り。ホテルでは、ファング帝国の面々を前にはしゃぐ牙だったが、日中は死にたくなった。だけど、口には出せない。じいちゃんから引き継いだ倫理観の中に、不平不満は言わないというものがあったからだ。

 とはいえ、我慢というものは、いつまでも続けられるものではない。どこかで臨界点のようなものがやって来る。それは、最終日、鹿たちの楽園、奈良公園でのことだった。鹿は能天気に、鹿せんべいをねだりにやってくる。牙は、笑った。アハアハと笑った。それが限界の合図だったのだろう。
 牙は、ポケットから小銭を取り出すと、鹿せんべいを買い、そしてその鹿せんべいを、鹿の見ている前で、むしゃむしゃと食べ出したのだった。
「何してんのお前?」リバはたまらず声をかけた。
「あん?」坊主頭の牙は、鹿せんべいを口に入れたまま、リバを睨んだ。
 のちに親友となる2人は、このとき初めて、真正面から目と目を合わせた。リバの口から出たのは、こんな言葉だった。
「それ、美味いん?」
「もそもそしとる」牙は答える。
「甘い?」リバが聞くと、「甘くはない。苦い」と牙が答える。
 2人のやりとりが、よほど面白かったのか、やめてー、お腹がよじれるから、と言って斎藤さんが笑い出した。
 斎藤さんの笑いに同調するように、リバも笑った。それにつられて、牙も笑った。一度共有してしまえば、そこは中学生。女子であろうと、男子であろうと、箸が転んでも笑えるお年頃なのだった。これをきっかけにして、牙は班行動に参加するようになった。東大寺を見てはデカイと笑い、大仏を見てはデカイと笑う。寺町を歩く住職を見ては、おれや、という、自虐とも自嘲ともつかない牙の軽口に笑う。

 おじいちゃん子であり、倫理だ、歴史だとかしましいが、根は単純な男なのだ。自分が何かをすることで笑ってくれる女子がいるというのは、新鮮な発見だった。不器用。というのが、牙の自己評価であり、ならば、怖い。とっつきにくい。そう思われても構わないという決意表明の坊主頭とラインだったが、避けられるよりも、笑ってもらう方がずっと気分がよかった。
 その後、リバの仲介により、牙と斎藤さんは、付き合うことになるのだが、別々の高校に通うことで、その関係は終わってしまった。ファング帝国の崩壊。長続きしない女性関係。どうしておれはいつもこうなのだろう?

 悲しい気持ちで、目覚めると、隣には、あの頃とはずいぶん容姿が変わってしまったが、リバが眠っていた。お前はいいよな、と牙は呟いた。

つづく
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作者ひとこと

小学生の頃、同じクラスの男子のほぼ全員が、同じ女子に恋に落ちる、という謎現象があった。ぼくの学校が特別だったのか、いや、でも、のび太くんのクラスもそうっぽいし、よくあることなんでしょうか。それはそれとして、小学生の頃にあった出来事について何かを言いたい時に、ついつい、小学校の頃、という言い方をしそうになって、言った後でハッとしますよね。小学校の頃……?

次回は、8/2頃更新予定です。

追記 次回は、8/5頃更新予定です。