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ぼくが敬愛する人物には、陰がある。その陰は、黄泉の国まで伸びている。 ぼくたちは必ず死ぬ。もれなく死ぬ。だから陰のある人物に、どうしようもなく惹かれてしまう。たぶん、そういうことだと思う。

平成初期(または1990年代)という時代は、天才と呼ばれる人間が、次々に芽を出した時代であった。少なくともぼくの目にはそう見えた。プロ野球界ではイチローが、競馬界では武豊が、将棋界では羽生善治が、そして芸能界では、松本人志が、天才の名をほしいままにしていた。

そんな、選ばれし者の中で、最も濃い陰を引きずっているように見えたのは、松本人志だった。笑っていても、どこか寂しげだった。その目は常に、俺の笑いを真に理解している人間などこの世界にはいない、という哀しみと諦念が同居していた。

島田紳助が漫才コンビを解散する原因となり、立川談志が褒めちぎり、坂本龍一に「あのすごい才能」と言わしめた異能のお笑い芸人、松本人志。天才は、その表現ジャンルを根幹から変えてしまう。松本人志が変えたのは、漫才ではなく、日本そのものと言っていい。

松本人志の才能の特異性は、つまるところ、視聴者の想像の斜め上をピンポイントで狙撃する発想力だったように思う。

「シャンプーをしているときに後ろで感じる気配は何ですか?」と聞かれ、
「リンスです」と瞬時に答えるその発想。

ある脳科学者が、松本人志を評し、触れるもの全てを黄金(笑い)に変える「ギリシャ神話」のミダス王にたとえていたが、ミダス王は、触れるもの全てが黄金に変わってしまうがゆえに、何も食べることができず、餓死してしまう。

どうしてだろう? 2000年代に入り、松本人志という存在から、徐々に陰が薄くなっていったのは。大日本人、しんぼる、さや侍、R100、それはどう贔屓目に見ても、天才の撮った映画には見えなかった。10年後、20年後に再評価されるような気配も感じなかった。斜め上どころではない。どこにもピントが合っていない。ピントがずれているうえに、印象派的な揺らぎ、余白も残されていない。映画館の中で、あるいはテレビの前で、ぼくはそう感じてしまった。

人間としては、陰なんかない方が幸せなのかもしれない。ファンほど身勝手な人間もいない。勝手に陰を見て、勝手に投影し、勝手に崇拝する。勝手にも程がある。それはわかっている。が、一ファンとして、松ちゃんが提示してくれた「斜め上」が忘れられないというのも事実なのだ。

あるいは、変わったのは、ぼくたちの方かもしれない。松本人志を見続けた日本人の感性が、それまでの斜め上にピントを合わせてしまったということなのかもしれない。そのせいで、松本人志の生み出すものに、斜め上性が失われてしまったのかもしれない。あるいはただ単に、ぼくの感性が捻じ曲がってしまっただけかもしれない。その蓋然性は高い。だとすると、鑑識眼のなさをアピールするだけの文章をせっせと書いたということであり、どちらにしても、少し哀しい。

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