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上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白

という本を読んだ。

アルコール依存は治らない。だから、”断酒中のアル中者”として生きていくしかない。この、断酒中のアル中は、”坂道でボールが止まっている”という風に説明される。多くの患者は、再び転げ落ちることになる。ほぼ、全員。

にもかかわらず、告白者はなぜなんとか踏みとどまっていられるのか? という内容の告白書でありました。

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これまでぼくは、依存していた何かをやめたことがあっただろうか?

人間、はかろうじて踏みとどまっているし(たぶん)、小説やマンガや映画は幾分量は減ったが、今でも読んでるし見ている。音楽も聴いている。酒もずいぶん量は減ったが、まだ飲んでいる。

そうだ。タバコだ。

ぼくがタバコを初めてやめた(ということはやめなかったのだが)のは23歳の頃で、同級生あるいは年上の男友達はほとんどもれなくタバコを吸っていた。どうしてタバコをやめようと思ったかというと、当時好きだった女の子の体調が悪くなったからという、願掛けのようなものだったが、何というか共通目標みたいなものがある分、割とすんなりやめることができた。

目的があると人間は強い。たとえば、ダイエット。いついつまでに何キロ痩せるぞ、というのは単純で、目指しやすい物語だ。運動すればカロリーを消費できるし、ご飯を我慢すれば、それだけ体重は減る。だけど目標が達成された後、それを続けるのは難しい。

告白者は語る。「減量で厄介なのは、食べるのを我慢すると必ず痩せるわけなんだけど、酒と一緒で、何かを我慢している人生って、本当の人生じゃないということです」と。

「少なくとも主観的には、減量中の人生はニセモノの人生です」

ぼくの初めての禁煙は、成功したかに思えた。が、その状態は、坂道で止まっているボールだった。彼女の体調が良くなると、またぞろ煙を吸い込み、吐き出す生活に戻ってしまった。その翌年、初めてスペインでサッカーを見て、スタジアムでみんな吸ってるやんけ、吸ったろやんけ、とスパスパ吸ったのを覚えている。最終的にタバコの習慣がなくなったのは、その数ヵ月後だったが、それが最後のタバコの記憶だ。つまり、スペインから帰ってきて吸った数十箱のタバコの味は記憶から完全に消えている。おそらくは記憶を美化したいという卑怯な記憶の仕方なのだろう。

23歳24歳でタバコをやめたって、それは依存する前にやめたんでないの? という意見もあるだろうが、ぼくたちの育った1990年代は、タバコだとかパチンコだとかバイクだとか、今では否定されがちな文物が、肯定的な文脈で語られることが多かった。タバコを吸わなきゃ、パチンコしなきゃ、バイクに乗らなきゃ男じゃないみたいな同調圧力を感じていたようにも思う。他者に(主に大人に)馬鹿にされたくない早熟な魂は、早くて小学生、遅くても高校生で、多くは中学生の頃、誰かの持ってきたマイセンライトを回し吸うという形でタバコの味を覚えるのだ。その依存性を知らずに。

「大きな枠組みから言えば、われわれは結局のところ何かに依存していて、その依存先を都合次第で乗り換えているということですよ」と告白者は語る。

「『我慢している』という設定だと、一生我慢することになります。これは、ありえない」

そう、我慢という言葉だけでは我慢は続かない。どういう目標を、あるいはインセンティブをマインドセットに組み込めるか。こんなことを言うと、自己啓発セミナーみたいで気恥ずかしいのだけど、タバコをやめる際に、最終的にぼくが選択したのは、自由になるという物語だった。

「おまえすげえな(スパスパ)」
「おれはとてもやめらんねえよ(スパスパ)」
「一本くらい吸ってもいいべ(スパスパ)」

みたいな会話をしつつ酒をくみかわすのは、しんどくもあったが、タバコを吸うことに付随する不自由は、日常生活におけるけっこうな負担でもあったのだ。

眠る。起きるとタバコが吸いたい。
朝飯を食べる。食べ終えるとタバコが吸いたい。
電車に乗る。降りるとタバコが吸いたい。
時間が過ぎる。タバコが吸いたい。
昼食を食べる。食べ終えるとタバコが吸いたい。
タバコを吸うとトイレに行きたい。トイレに行くと、タバコが吸いたい。
誰かと喋る。タバコが吸いたい。
電車に乗る。降りるとタバコが吸いたい。
夕食を食べる。食べ終えるとタバコが吸いたい。
精子を出す。タバコが吸いたい。
風呂に入る。出るとタバコが吸いたい。
眠る前にタバコが吸いたい。

飛行機に乗る。早くタバコ吸いたい。
映画館に行く。早くタバコ吸いたい。

車を運転する。気づくとタバコに手が伸びている。
珈琲には、煙草。
酒にも、煙草。

かくかのごとく、生活のすべてにタバコは直結していた。このつながりを絶ち、オレは開放されるのだ。もちろんけっこうな期間摂取していた向精神薬だったから、なくなることによる離脱症状というのもあったと思う。ただタバコの場合、体調的に快適になるというのは大きかった。朝起きて咳や痰が出ないのは快適だった。離脱症状も、基本的にイライラしていることが多い二十代だったから、タバコのせいかどうかは判然としなかった。後は体質もあるのかもしれないが、太らなかったというのも大きかったかもしれない。

告白者は、5日間不眠状態が続き、幻聴が聞こえ始め、どうしようもなくなって病院にたどり着いた病院の先生に、こう言われたという。

「あなたは完全にアレですね、アル中ですよ。間違いありません」と。
「あなたはまだ三〇代だから、”困った酔っ払い”くらいのところでなんとかやっているのだと思う。だけど、四〇になったら酒乱、五〇で人格崩壊、で、六〇になると、アルコール性脳萎縮で死にますよ」
 告白者は、その先生に、「基本的に私はアル中は見ないよ」と言われる。
「アルコール依存の患者は九割がリバウンドして、また酒に戻ってくる。だけどあなたはお見かけしたところ、どうもインテリみたいだから、もしかしたらなんとかなるかもしれない」と。

このインテリという言葉を、告白者はこう解釈している。
「つまるところ自分の人生を自分で『立案』できるということ」ではないか、と。
「アルコールなしの別の人生を、習慣としてではなく、アタマで考える計画的な行動として人工的に企画立案する能力のことを『インテリ』という言葉で説明していたわけですね」

「10キロ減を達成した瞬間に、自分はいざとなったら10キロ痩せられる、ということが立証されるでしょ。その立証の瞬間に、今までしてきたくだらない我慢に対してうんざりしてしまい、しばらく好きなものを食べようというマインドセッティングに切り替わるわけです。でもって、そうするとちゃんと太るんです。つまり、そういう意味で、難しいのは、痩せている間にずっと我慢してやっていた食べ方を、痩せた以後もごく自然にごく自然に続けていけるような人生観を発明して、その人生観を自分の中に定着させることです」


……プロスポーツ選手と引退の構図が頭によぎる。たとえばホームランバッターは、私生活はどうあれ、試合になってホームランを打てば、観客を沸かすことができる。しかし年を経て、ホームランが打てなくなったとき、それを代替するモノが見つからない。ボーナスの存在しないスロットを打っているようなものだ。当然、うまくいかない。何もかもがつまらない。

松岡修造は、「僕は選手をするよりも、選手を応援する方が上手だ」という風に、自分のアイデンティティを書き換えた。転進してから書き換えたのか、書き換えてから転進したのか、順序はわからないが、競技者から応援者へと転進した。

ともあれ、松岡修造ほどの華麗な変態(それは等価以上の交換に見える)は、普通できない。

断酒で手に入れた新しい人生のことを、告白者はこう表現している。
「たとえばの話、私の人生に四つの部屋がある。とすると、二部屋くらいは酒の置いてある部屋だったわけで、そこに入らないことにした。だから二部屋で暮らしているような感じで、ある種人生が狭くなった。酒だけではなくて、酒に関わっていたものをまるごと自分の人生から排除するわけだから~中略~4LDKのなかの二部屋で暮らしているような、独特の寂しさみたいなものがあります」

この寂しさを引き受け、別の喜びに、少なくとも生きるに値する物語に置換できるかどうか。

依存物質なしの生活をどう受け入れるか。それは生まれ変わりの物語だ。しかもサクセスストーリーでも、シンデレラストーリーでもない。全然楽しくない。受け入れたくない自分の受け入れ作業なのだ。だから難しい。ほとんどの人が失敗するのも無理からぬことだ。

それまでできていたことが、できなくなること。衰えは、すべての人間が必ず経験することでもある。それを自己否定と考えるか。あるいは自己肯定と捉えるか。

今のぼくは、文章とギャンブルの中毒者である。これをやめろと言われても、嫌だと答えるだろう。でも、やめなければいけない事態があるということは、その日が来るかもしれないということは、常に意識に留めておかなければいけないと思う。書くこと、賭けること。この生活が、どれだけ楽しくても、魅力的でも。

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