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 手段と目的を履き違えるな。
 感情にだまされるな。ごまかされるな。
 自分の目を信じるのではなく、理があるかどうか。論理的に正しいかどうか。
 運はあてにしない。スロッターは足で稼ぐんだ。
「全部、師匠から教わったことです」ウサギ男Aは言った。
 何で赤の他人が僕のことを師匠と呼ぶのだろう?
 僕は、耳栓越しにウサギ男Aの言葉を聞きながらも、バジリスク絆のATを消化している。遊技という感覚でも歓喜に浸るでもない。それは、消化なのだ。僕は、自分の身に訪れた幸運を、当たり前だとは思わない。
 時折、訪れる自分に都合のいい出来事は、車に乗っていて、ガソリンが切れて、たまたまそこにガソリンスタンドがあったようなものなのだ、と僕は考えていた。生まれたことも、期待値のあるギャンブルに出会ったことも、女の子に優しくされることも、絆高確が連チャンすることも、そして死ぬことも、全部そう。たまたまそこにあったガソリンスタンドにタイミングよく入れただけなのだ。時々、感情が動くことはあるが、ガソリンが爆発するのはデフォルトであり、車が走る道は常に滑らかなものとは限らない。人生も、バイオリズムも、スロットの出玉グラフのように、常にたゆたう波のようなもの。津波が起きてしまうのは、必然なのだ。ただし、安心したり、何かを決めつけたり、思考を停止させるのは、ガソリンが燃えやすくなるだけだから、僕はしない。できるだけしないように、努める。本当にそれだけなのだ。僕の時代もクソもない。師匠なんて言われる筋合いもない。僕は自分のことしか考えていない。
 ウサギ男Aはスロットを打つ手を止め、立ち上がり、僕の背中に手を回し、母親が幼子をあやすように、トン、トン、と叩き始めた。
「やめろよ」反射神経的に彼の手を振りほどくと、ウサギ男Aは、信じられないくらい悲しいことが起きたというような顔で立ち尽くしていた。
 その顔を見た瞬間、何かが視界に入ってきた。誰だ? 僕の目には、エンディングが確定し、繰り返されるだけの争忍の刻と、誰かの姿が二重写しのように映っている。その誰かは、西に向かう電車に乗っているのだった。窓の向こうの、流れていく景色を、見るともなく見つめながら、彼は死に場所を探している。もう生きるのに疲れてしまったのだ。お金がないわけじゃない。やることがないわけでもない。でも、もう充分だった。もう、ガソリンを補給したくない。走りたくないのだ。そこは、駐車場のようなところだった。優しげな顔をしたカラスがいた。まだ、夜が明けるか明けないかという時間だ。彼は寝袋で寝ている。
 と、寝袋で寝ている彼を起こす少年の姿があった。
「お金を奪われてしまったので、貸して頂けませんか」少年はそんなことを言った。
 やれやれ、と彼は思う。面倒ではあったが、彼は起き上がり、寝袋をたたみ、コンビニを探し、少年に食料を買い与えた。餌付けされた少年は、彼につきまとうようになった。
 やること、なすこと、少年のすべてが、彼には幼く見えた。彼は少年を、小僧と呼んだ。少年は、彼のことを師匠と呼んだ。
 設定狙い、リセット狙い、宵越し狙い、ゲーム数狙い、天井狙い、モード狙い、という(必勝法的)狙い目すなわち期待値のある時代だった。旅先だとしても、同じように稼ぐことができたのだ。師匠と小僧は、一緒にスロットを打ち始めた。小僧は、目押しができたと言って喜び、ボーナスが入ったといって飛び跳ねるのだった。師匠は、小僧といることで、死にたいという気分が消えていることに気づく。だんだんと、まんざらでもなくなっていく師匠と、稼ぎ方を覚えることで、スロットを打つことそのものに熱中していく小僧。二人の物語は、しかし、唐突に終わりを迎える。人に不幸を与えること、物語を探すこと……。そうか、これは僕の記憶なのか。



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 山村に送ったラインが、やっと既読になった。少しほっとするも、返信はなかった。はよ返信せえや。イライラしてきたので、「何してんの?」と送る。返信はない。既読もつかない。
 おれとカナは、私鉄に乗って、JRに乗り継いで、新宿を目指している。
「なあ、おれのおばさんってどういうことなん?」そういう質問をしても、カナは答えない。頑なに押し黙り、窓の向こうにある東京の夜を眺めている。
 こういう時間苦手だわ、と思いつつ、することもないので、おれも窓の外の夜景を眺める。何ということもない都内の夜景が、右から左へ流れていく。
 唐突に、カナが口を開いた。
「私の名前は、田所加奈って言うんやんか」
 田所……。それは確かに、母親の苗字だった。

つづく
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