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   ……あゝあ 風のなかへ消えてしまいたい……
 蒼ざめた冬の層積雲が
 ひがしへひがしへ畳んで行く
   ……とんとん叩いてゐやがるな……
 世紀末風のぼんやり青い氷霧だの
 こんもり暗い松山だのか
   ……ベルが鳴ってるよう……


 1925年、2月5日 宮沢賢治「冬」より 



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『良いニュースと悪いニュースがある』
 そういうテンプレは、もしかしたら、現代では通用しなくなっているのかもしれない。聞きたくないニュースはそもそも受信しなければいいのだから。ここが変だよ日本人よりも、日本大好き外国人を見ている方が、傷つく確率が低い。
 謙虚さは日本の美徳ではなかったのか? が、謙虚であれという同調圧力も、謙虚でいることによる見返りもないとなれば、自己愛全開でいた方が楽なのだ。他者を立てたり、持ち上げたり、謙虚でいるコストが必要がない。そして、それは、全世界的な傾向だろう。
 というような、インターネットが産んだ最先端の思想を鑑みれば、息を吸って吐くように、パチ屋をなくせ、と言う人がいるのもわからないでもない気がする。
 みたいなことをつらつら考えているのは、ふらっと打ったBC4スルーのバジ絆の連チャンが止まらないからだ。継続率よし、絆高確テーブルよし、同色BC多し、BC時ストックバンバン。山村崇。僕は昔から、望外の連チャンに与ると、精神が妙に現実思考になる。たぶん、その後の揺り戻しに備えているのだと思うが、自分の性格については正直よくわからない。
 が、幾ら最先端といっても、目を閉じ、耳をふさぎ、潰してしまえと叫ぶことに、期待値があるとは到底思えない。たとえパチ屋がなくなったとしても、パチ屋で消費していた欲望が消えてなくなるわけではないからだ。悪いニュースを見るくらいで悪くなる精神が、パチ屋がなくなった途端に良くなる気もしない。他の嫌なものを探してスライドするだけだろう。
 というのは、僕がスロッターだから思うことなのだろう。これだけ情報社会になっても、期待値を落としていく人はいなくならない。ここで言う最先端の考え方というのは、ギャンブル中毒と変わらないのではないか。
「ほんと、そうですよね」隣の台に座る、ウサギ団のひとりが、唐突にそう言った。耳栓をしているため、明瞭ではないが、おそらくはそう言ったのだった。
 まさか、僕に向けて言っているわけではないだろう、と思いつつ、不安を気取られないよう、AT(BT)をバシバシ消化していく。
「いや、あなたに言ってるんですよ」ウサギ団のひとりが感情のこもっていない声で言う。
「僕も本当にそう思うんですよ。『パチ屋をなくせ』でも何でもいいですが、目的を解決させるための手段であることを強く認識するべきで、本末転倒は避けなければいけない。パチ屋をなくすこと自体が目的になってしまうと、本来の目的は消え失せてしまう。スロッターも、同じですよね。お金になるからこそスロットを打っていたのに、スロットをすることを目的にしてしまうスロッターのいかに多いことか。かくいう僕がそうだったんですけど」
 パチ屋の中で、独白を始める人間を、生まれて初めて見たため、何と言っていいものか、思い悩む。
「何年か前、天井だけ狙ってれば勝てた時代があったじゃないですか。あのときの楽さに胡坐をかいているうちに、5号機の終わりの足音が近づいてくる。それなのに、僕たちはパチ屋から離れらない」
 彼の独白から離れる名目を探し、久しく触っていなかったスマートフォンを手に取った。永里から3件のラインが来ていた。

「そっちはどう? こっちには二人いるけど、ウサギ団かどうかは不明」

「所用を済ますためにパチ屋から出るから、何かあったら連絡してくれ」

「少し新宿から離れる。何かあったら連絡ちょーだい」


 案外、律儀な男だ。無視してしまって、申し訳なかったな、と思う。
 僕がこの台を打ち始めてすぐに、ウサギ団がわらわら現れたものの、この台が連チャンしている以上、僕と彼らとの間に利害関係はなかった。僕の体はひとつであり、これ以上の期待値を追えないからだ。と思って、永里に連絡せずに放っておいたのだが、周りを見渡すと、徘徊しているのは、ウサギのマークのついたジャージを着た男たちだけになっていた。これはもしかして、まずい状況なのだろうか?
「いえ。あなたに危害を加えるつもりはありません。僕たちはこの時代を終わらせるために、あえて、このような行動に及んでいるのです」
「このような行動?」思わず声がもれてしまった。
「はい」と言って、ウサギ団の男は僕の方を向いた。
 もしかして、エスパーの人ですか? と心の中で思ってみる。
 ふう、と息を吐いた。そんなはずがない。自分にとって都合の良い(悪い)状況という解釈。脳の悪い癖だ。考えるまでもなく、大連チャンは、夢のようなものだ。夢はいつか醒め、連チャンは終わる。だからこそ、これを現実と勘違いしないように、戒めているのだ。夢にどっぷり浸かることに期待値があるはずがない。僕はたぶん、スロットを過度に楽しむことを抑制しようとしているのだ。この、絆高確の緑色のランプがついたときに、巻物を引くことは、たまたまである。そのたまたまを、願い(お願いします)、乞い(マジでマジでお願いします)、来なければイライラ(ふざけんな)しようとする精神の3大変節を、全力で避けようとしている。ヒキ。自らの主人公性の証明。それはただの希望的観測であり、期待値を追う以上、唾棄すべき感情なのだ。
「あなたは変わってませんね」ウサギ団の男は、感情を取り戻したというような声で言った。

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「やっぱり、覚えてないんですね」ウサギ団の男(といっても、店中にウサギ団員がいるため、以後、ウサギ男Aと呼称、識別する)は言った。
「覚えてないって何を?」僕は言う。
「僕はあなたにスロットを教わったんですよ」
「俺にスロットを教わったのに、どうして、勝てないスロットを打ったの?」
「僕が若かったからです。あなたの教えに間違いはなかった。今はそう思います」ウサギ男Aは言う。
「よくわからないな。この時代を終わらせるって?」
「あなたが、築いてきたこの時代です」
「俺の築いてきた時代?」
「そうですよ。師匠」
 ……師匠?

つづく
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