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 がらにもない商略なんぞたてようとしたから
 そんな嫌人症(ミザンスロピー)にとっつかまったんだ
   ……とんとん叩いてゐやがるな……


 1925年、2月5日 宮沢賢治「冬」より


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 バッティングセンターのレーンから颯爽と登場した女性に、見覚えはあった。知り合いであることはわかる。まず間違いなく、メインキャスト。が、名前が出てこない。
 確か、新宿のホテルに暮らしていたときに、歌舞伎町で泥酔していたのが彼女だった。2006年だか2007年の話だ。名前を聞いた覚えはある。だけど、出てこない。少し気まずい。
「なあ、永里蓮。お願いがあるねんけど」彼女は言う。
「お願い?」
「ダーリンを探してるの」
「は?」
「サトシ・トノカマって人はどこにいるん?」
「……誰それ?」
「小芝居はいいから案内して」
「意味わからん」
「わからんわけない」
「……っつうか、おれ、今それどころじゃないんだけど」
これより大事なことなんてない。あんたにも関わることなの。早く案内して」
「案内してって言われても、サトシ・トノカマって架空の人物やろ」
「ははん」女は戦後の闇市を仕切る女ボスみたいな態度で笑った。「架空じゃないことはあんたが一番よく知ってるはずやで」
「……」
「てか、永里蓮、そんなこと言っていいのかなあ」女はたっぷりと間を取って言う。「私、あんたの過去、知ってんねやけど」
「……過去?」
「大好きだった女の子。おったやろ?」
「好きなやつくらい、おるやろ」おれは言う。
「その子と付き合ってるとき、風俗行ったやろ」
「風俗くらい行くわ」
「高校生で、やで?」
「……高校生?」
「あんた、通信の高校行っとったやろ」
「……」
アキ、ちゃん」女は小声で言った。
「……あ?」
「いいのかなあ。アキちゃんに言っちゃおうかなあ」今度はボリュームを上げて言う。
「……アキって誰やねん」
「氷野アキ」
「……何で氷野の名前が出てくるん?」
「だから、早く案内して」
 思い出した。この子の名前は、カナ、だ。
「てか、うまくなったな。カナ」
「何が?」
「バッティング。前に来たときは一球チップしただけだったのに」
「へへ」さっきの態度とは一転して、カナは小学生のように笑った。「へへへへへ」バッティングを褒められたにしては、喜びすぎなくらいに。
「どしたん?」
「名前、覚えててくれたんやな」

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 サトシ・トノカマは、ピットコインの創始者として知られる謎の日本人だった。一説には、今、現在、個人としては、この国一番の金持ちとも囁かれている。桜井さんの、別名だ。
「何フリーズしとん?」カナがせかすように肩を叩く。「さ、永里蓮。うちを桜井時生のもとに案内してたもれ」
「名前、知ってるんやったら、最初から言えや」
 桜井時生。ぱっと見は、お洒落で、ジェイラップ好きのお茶目なおっさん(おっさんと言うと怒る)だが、ああ見えて、芸能事務所の社長やら、裏稼業の幹部やらの経験を持つマルチプレイヤーであり、時間逆行による資金運用でのビリオネア。
 ウサギ団。カナ。桜井さん。ここにも何かしらの線、あるいは縁があるような気がした。……めんどくせえ。

つづく
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