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 みんなに義理をかいてまで
 こんや旅だつこのみちも
 じつはたゞしいものでなく
 誰のためにもならないのだと
 いままでにしろわかってゐて
 それでどうにもならないのだ


1925年1月5日 宮沢賢治「異途への出発」より



       13



 パチンコに出会わなければ、俺の人生はもう少しマシなものになっただろうか。
 敷かれたレール通りに進んでいれば、俺は誰かに後ろ指をさされることもなかったのだろうか。
 駅員に、起こされた。
「え? どこ? ここ?」
 東京駅です、と駅員は言った。
 カナの姿はどこにもなかった。
「あの、カナはどこですか?」
「いえ、お客様だけです」
「……そうですか」
 俺は立ち上がり、ホームに降りた。
 エスカレーターを下り、トイレに入った。小便をして、手を洗う。鏡の中の俺は、ひどい顔をしていた。顔をばしゃばしゃと洗った後で、しまった。拭くものが何もない、と気づく。まったく、俺ってやつは、いつもそうだ。何かをしてしまった後で、しまった、あれがない、これがない、とわめきたてるのだ。
 俺はもう一度顔を洗い、シャツで顔を拭いた。シャツがびちゃびちゃになったが、かまわんですたい。一応、確認。ポケットには新幹線のチケット。二つ折りの財布。スマートフォン。何もなくなってはいない。
 自動改札機にチケットを入れ、戻ってきたチケットを受け取り、人が交差しまくる東京駅の構内へ。嫁はいったいどこに行ってしまったのだろう。俺はいったい、何をしていたんだったか。
 そうだ。電話しよう、と思ったが、嫁は携帯を持っていない。携帯という言葉は、身につける、または持ち運ぶ、という意味なのに、どうして嫁は携帯を携帯していないのだろうか、という意味のない疑問の前に途方に暮れる。俺の前を人々が通り過ぎていく。立ち止まっている俺はさぞかし邪魔だろう。ごめん。ごめん。
 しょうがない。歩こう。でも、どこへ? 風俗でも行くか? 俺は歩き、人の波を縫うように歩き、目に付いた山手線のホームに上がった。
 その人がいなければ、自分は生きていけないかもしれない。その人がいなければ、人生がうまく回らないかもしれない。そんなことを思わせる相手は、むしろ敵だ。嫁はそんなことを言った。
 どうして嫁が敵でなければいけないのだろう?
 獅子身中の虫。サダオは、俺の感情をそう呼んだ。おまえのその激情が、おまえの人生を狂わせる。いいから、落ち着け。
「落ち着けって言われて落ち着くような性格だったら、こんな風になってねえ」俺がそう言うと、サダオは「確かに」と言って笑った。笑った後で、「ネガティブやマイナスな状況は必ず訪れる。感情に従って破滅するか、感情を従えてマイナスの波に耐えるか。だけどな、太郎。これは選択じゃない」と言った。
 何でおまえはイライラしてる俺に難しいことを言って、俺をさらにイライラさせるんだ?
「自滅したいなら一人でやれって話。これのどこが難しいんだ?」
「選択じゃないなら、無理ってことだろ」
「感情を優先させる限り、スロットでは一生勝てない」
「俺ら勝ってるだろ」
「それは俺がいるからだろ」
 確かに、おまえの言う通りだ、と呟き、やってきた外回りの山手線に乗った。
 東京、有楽町、新橋、浜松町という風に山手線(外回り)は進んでいく。俺は吊り革につかまりながら、右から左に流れていく景色を目で追った。
 浜松町、田町、品川でシートが空いたので、座った。
 大崎、五反田、目黒、恵比寿、渋谷、原宿、代々木、新宿、新大久保、高田馬場、目白、池袋、大塚、巣鴨、駒込、田端、西日暮里、日暮里、鶯谷、上野、御徒町、秋葉原、神田、東京。
 山手線の中でリアル山手線ゲーム。全部言えたことに満足して、目を閉じた。俺は案外、記憶力がいいのだ。
 目を開けると、真っ暗だった。電車は動いている。電車が動いているのに、電気がついていない。乗客もいない。そんなことがあるわけがない。昔の銀座線は暗くなる区間があったらしいが、これは山手線なのだ。
 パニックに襲われそうになった。俺は目を閉じ、拳を握り、じっと耐えた。呼吸だけに意識を向けよう、と思う。深呼吸をしているうちに、
「松田」という声が聞こえた。
 そこに立っていたのは、梅崎だった。
「ウメ。おまえ何してん?」
 梅崎の両脇を固めるように、キバとリバが立っている。3人は悲しそうな顔で俺を見ている。
「松田、おまえはまだこっちに来ちゃダメだ」
「は?」

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「りょーたろ。着いたよ」誰かの声が聞こえる。
 見上げると、嫁が立ち上がって、俺のシャツの袖をつまんでいた。
 わけがわからないという顔の俺に嫁は言った。
「覚えてへんの?」
 俺は首を振った。
「東京着いたん?」
 嫁は、悲しそうな顔をした後で、言った。
「もうお酒はやめような」
「え?」
「ここ、京都やで。あんたが無理言って、新幹線乗り換えてんで」

つづく
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