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「何でホールでハイエナが嫌われるかって言うとさ、自分のことしか考えてないからじゃん」おれは言った。「自分のことしか考えてない人間が好かれるわけない。じゃない?」
「うん」気のない返事を山村は返す。
「でも、同じように、自分のしたいことをしていても、たとえばイチローとか、大谷翔平は、嫌いなやつよりも、好きなやつの方が多い。どうしてだ?」
「集団の利益になってるから」
「そう。自己の利益の追求が、自分以外の利益になってる。だけど、パチ屋でただ期待値を追ってるだけの人間は、その人間の利益以外に何も生まない」
「つうか、嫌われるのが嫌なやつがスロットで勝とうとするって表現矛盾だよね」クールな顔で山村は言う。
「そう。結局、方向性の問題なわけじゃん。おれらが本気出したら、けっこう頑張ると思わない?」
「あのさ」山村はグラスを持ち上げて、アイスカプチーノが入っていないことが、あたかもおれに責任があるかのような言い方で言った。「期待値の分割と再利用って、俺のテーマなんだけど、パクらないでくれない?」
「いや、ごめん。意味わかんねえ」
「畢竟、地球ってのはさ、ひとつのパチ屋じゃない」
「……それはちょっと飛躍しすぎじゃね?」おれは言った。
「どうして俺たちがスロットを打つかって、勝てるのももちろんだけど、他のことをしてるより楽しいから。より厳密に言うと、ゲーム性が高いから。だろ。そのゲーム性の根幹には、『ヒキ』っていう個人による個人のためのシステムがあって、要は人間が、自分という人物を知覚しているシステムをくすぐる、またはそのシステムの延長線上にあるから楽しいわけ。継続率、レア小役、プレミアフラグ……」堰を切ったように、山村は話し出した。「その楽しさを味わうには、自分が主人公であることを強く認識しなければいけないのだけど、その認識システムは、好むと好まざると、現代人にはインストールされている。だけど楽しいのと勝つのはもちろん別で、スロットに勝つためには、期待値っていうアプリケーションをダウンロードしなければいけない」
「うん」案外、熱いやつなのか? と思いつつ、うなずいた。
「期待値アプリを立ち上げると、もう自分が主人公ではいられない。というか、同意書にサインしない限り、立ち上がらない。期待値を追うってのは、自分の感覚よりも、期待値を優先するということだから。人間の行動って、突き詰めれば、優先事項の順位づけだから、それまでの最優先だった『感覚』とか『センス』から、『期待値』に変わるわけ。そのおかげで、勝っても負けても、『感覚』とか『センス』が傷つくことはない。そういう風に自分を作り上げるのが、スロッターじゃない。勝っても負けても自分が傷つかないうえに、長期的なスパンで見たらまず負けないのだから、当然、誰も共感してくれない。勝ったら栄誉、負けたら死、というような、人の心をうつ勝負をしていないのだから」
「……」だからだから何回言うねんと思いながらも、自分が考えていたようなことを考えているやつがいたことに、不思議な感情が芽生えていた。
 おれが、期待値という考え方を手に入れるために必要だったのは、関東と関西という二つの地で生活したことだった。おれという人間がまずあるのではなくて、関東、関西という土地があって、その上におれという人間が立ち上がるのだった。関東といっても土地によって違うし、関西といっても土地によって違う。端的なのは、言葉だ。自分が言葉を規定するのではなく、言葉が自分を規定する。それはたぶん、ジェンダーとか、ふとももが好きだとか、おっぱいが好きというのと同じように、変更のきかないものなのだ。だから、おれたちは自由意志という言葉を使うが、実際、そんなものの出番はほとんどない。
 そういうことを言うと、山村は深くうなずいた。
「人間は、枠にはめられることを嫌うけど、枠がなければ活動ができない。結局、効率を求めるか、質を求めるか、おれたちにできるのはそれくらいなんだよな。ここで飲むアイスカプチーノは800円だけど、あそこのローソンだったら、アイスカフェラテが150円で買える。スーパーに行けばもっと安い缶コーヒーが売ってる。おれたちは、そんな選択しかできない。それを自由と思うか、不自由と思うかの違いで」
「うん」山村崇はうなずいた。

つづく
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