KIMG3241

   報告

 さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました
 もう一時間もつづいてりんと張つて居ります


1922年6月15日 宮沢賢治

       777

 おれ? 永里蓮。このままピースが見つからんかったら、死ぬかもしれん。
 でも、危機感は大事よね。ポケットに10万円くらい入っていたら、何かを真剣に探したりはしない。200円ちょっとしかないから、真摯に、切実に、探せるのだ。何を? 何かを。その何かがわかってれば、苦労はしないという、その何かを。
 梅雨入り寸前の空は、すこんと晴れている。湿気も遮るものもない強烈な日差し、照り返し、連想ゲームの終着点は、ノド渇いた。
 あ、可愛い子発見。たぶん、あの子がピースなのだ。ワンピース着てるし。うん。そうに違いない。
「すいません」と声をかけた。
 返事は返ってこない。
 どうやら、彼女には、おれの声が届いていないらしい。身振り手振りもまじえて、声をかけ続けるも、まるで反応がない。考えられるのは、おれが透明人間なのか、あるいは、彼女が鈍感なのか、無視をしているか。
 無視の確率が高そうだ。というか、さすがに、ワンピースでピース! は安易すぎるような気がする。
「すいませんでした」
 頭を下げ、後悔ではなく、反省をして、きょろきょろサーチを再開する。が、ここで問題になってくるのは、おれの態度だった。きょろきょろしているやつを見ると、人間は本能的に、落ち着かない気分になるものだ。困っている姿を見て、助けてくれる人ばかりではない。見下したい。あるいは、カモにしたい。落ち着かないにも種類があるのだ。
 といって、ピースを見逃すわけにはいかない。一事が万事、集中力なのだ。しかし、集中は、持続しないという特徴がある。何より、この暑さだ。モチベーションがいまいち足りていない感じもある。まだ200円ちょっとあるという余裕がいけないのだろうか? いっそのこと、無一文になったらどうだろう。探す以外に道がない状態に自分を追い込む。後顧の憂いを絶つのだ。
 スロットで必ず負ける人のような思考状態で、コンビニに入る。第三のビール500ml203円なりを買い、余ったコインをすべて寄付。これでさっぱりした。必敗に乾杯。所持品は、スマートフォン1台のみ。住所不定無職、おれはひとつの大きなグラスだと言わんばかりに、500ミリのしゅわしゅわを食道に注ぐ。
 心持ちのギアが一段上がり、空いた缶をゴミ箱に捨て、明治通りを外れ、路地に入っていく。
 路地。またの名を裏路地。
 このあたりのことを、ウラハラジュクってゆうねんて、と氷野は、雑誌から得た知識を惜しげもなく披露してくれたのだった。
 何でも裏ってのはいいもんだよねえ。こっちのアクセントでおれは言った。表よりも裏がいい。東京から見る大阪の方がいいし、大阪から見る東京の方がいい。
「なあ蓮、それ、ひねくれ者ってゆうねんで」と氷野は言った。
「イエス」
 おれはこの20年、全然変わっていないのだった。



       11



 回り続けても、一向に地面は掘れなかったし、空も飛べなかった。当たり前だ。さすがに、そんなことはわかりきっている。
「何してるんですか?」と誰かが言った。
 回っています。僕は言った。
「どうして回ってるんですか?」
 勝つためにです。僕は言った。
「誰に?」
 宇宙に。僕は言った。
「ちょっと、いいですか?」
 僕は回転を止め、声の主と正対した。
 が、目が回ってしまって、まともに顔を見ることができないのだった。目がいいことだけが自慢だったのに、網膜には、ぼやけた写真みたいな像しか結ばないのだった。
「回るのは楽しいですか?」誰かは言う。
 とても、とてもとても気持ちが悪い。楽しいはずがないのだった。
「楽しくないですね」僕は言った。

つづく
にほんブログ村 スロットブログへ