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 僕の名前は、山村崇。
 おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
 群れることを、カッコ悪いという風に言う人がいるが、人類は、群れることで生態系の頂点まで上り詰めたのだ。カッコ悪い/悪くないという問題ではない。必要なことだったのだ。が、その地位に慢心した生き物は、必ずその地位を追われる。平家物語はそのことを教えてくれる。
 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 万物は回っている。リールのようにぐるぐる回っている。
 僕が感じている孤独は、すべての恵まれた人の代わりにしてあげているのだ、という風に思う。もちろん、手前勝手な理屈だ。だけど、孤独な人間がいなければ、恵まれた人間というのも存在しない。それは、足し引きの問題でもあるのだ。ある意味では。
 表参道を青山方面に進み、右に折れ、裏原宿に入った。僕は、裏だとか、表だとか、かまびすしい街を歩いているのだった。
 空は晴れている。青い空の向こうには、宇宙が広がっている。宇宙。以前、父親から、こんなことを聞いたことがあった。
 古代中国において、宇は、天と地、東西南北をあらわし、宙は、現在、過去、未来をあらわすのだ、と。
 つまり、宇宙とは、空間と時間だ。
 これは、僕対宇宙という戦いなのだった。すべてを出しつくし、すべてを燃やし尽くさなければ、この勝負には勝てない。宇宙は声を出さない。まいったも言わない。と、なれば、僕が勝った、と実感できなければ、勝ちはない。
 僕は裏原宿の路地の一角で立ち止まり、自分の居場所を確保し、堅持するように、両手を空に掲げた。空は晴れている。僕は目を閉じ、両手を水平に伸ばし、そして、回りだした。
 僕は今、36歳。サブロクとは、360度をあらわしている。
 ぐるぐる回る。東西南北を制覇するドリルをイメージして回る。気持ち悪くなってきたが、構わず回る。どこからか視線を感じるが、おそらくは過剰な自意識なのだろう。誰が、は関係ない。これは僕の人生なのだ。
 僕はドリル。あるいは竹とんぼ。このまま地面を掘り、さらに飛んで、上下前後左右を完全に掌握。勝つ。



       10



 渋谷、か。いつ以来だろう。
 おれのポケットには、200円とちょっと。パチ屋の軍資金としてはゼロと同じだが、カップラーメンが食えるだけ、ゼロよりはマシか。
 この街のどこかに、桜井さんのいう「ピース」がいる。人間に使う言葉として適切かどうかはわからないが、早い話がキーパーソンだ。
 彼か、彼女か、とにかく夜までに、その誰かを探さないと、しんどいことになる。
 桜井さんは、その人を一目見ただけで、わかるらしい。光って見えるとさえ言う。さすがにそれはオカルトだろう。とはいえ、おれには全然わからない。だけどそれは、おれの能力が低いという理由ではないと思う。おれは桜井さんと違って、したいことが明確じゃないのだ。必要が、視線をリードする。おれは、オノボリさんのごとく、きょろきょろ、きょろきょろ、センター街から、道玄坂。ぐるりと回って渋谷駅まで戻ってくる。高架をくぐり、明治通りを渡り、左折。
 このあたりを以前、氷野と歩いたな、と思う。そう。あのときは、確か原宿から渋谷、代官山、恵比寿という風に歩いたのだった。
 見上げれば、空。20年も前につきあっていた女性を思い出しながら歩く、所持金200円と少し、36歳、無職、のおれ。

つづく
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