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 それは、何の前触れもなく、訪れた。
 いつも通りに起床して、朝御飯をつくって食べ、寝室で読書をしていると、かちゃり、という音が聞こえたのだった。
 ついに、来たのだ。
 意外なほど冷静だった。僕は、暖パンを穿き、ノルディックセーターをはおり、耳あてのついた帽子をかぶって、半開きになったドアを開けた。
 玄関の向こうには、白い荒野が広がっていた。
 夢で見る以来の外だった。
 あの日、僕がここに来たのと同じように、雪が舞っていた。後ろを振り返ると、尖塔のついた、洋風の家が建っている。わだちに沿って歩いていくと、あの忌まわしきストレッチ・リムジンがあった。
 が、どういうわけか、運転手が見当たらない。
 僕は取っ手に手をかけて、カチ、と開けた。
 フライトジャケット、カーゴパンツにコンバース。転がり出るように出てきた男は、まさしく僕だった。
「ようこそ」と僕は言った。
 しかし、フライトジャケットを着た僕は、僕を僕として認識していないらしい。どうしてだろう? ……そりゃそうか。
「さあ、こちらへ」僕は言った。
 フライトジャケットの僕は、ガタガタ震えている。寒いのか、あるいは怖いのか、どちらもか。
「もうすぐです」と言った。
 僕は僕を連れて、家に戻ってきた。
「サダっていいます」僕は言った。
 山村サダオ。それは、僕の昔のあだ名だった。
「山村崇です」フライトジャケット姿の僕は不安そうな顔で言う。
 僕は、不安そうな僕を寝室に連れて行った。
 あのときサダさんが、何を考えていたか、今では手に取るようにわかる。サダさんは、再び自分に再会したことの喜びに打ち震えていたのだ。顔には出さずに。
 僕は、僕を案内した後で、隣の部屋に入り、地下通路を通って大麻の庭に出て、岡持ちの中身を取り、料理に取り掛かった。
 僕は僕をダイニングに呼んだ。彼は鍋焼きうどんをあっという間に間食した。すべてはあの日のままだった。
 それにしても、山村崇。君はどうしてそんなに無愛想なんだ? 愛嬌みたいなのが全然ない。十年人に会ってない僕ですら、抱きしめたくならないのだ。僕は僕の前で、極力、笑顔をつくるようにした。彼(僕)は不安を抱えているのだ。長いドライブ。体がごわごわ。こんな異常なつくりの家に連れてこられ、まともな神経でいられるほうがおかしいのだ。
 彼が歯を磨いて寝てしまうと、僕は寝室に戻り、これまでのこと、これからのことを考えた。
 十年。長い長い時間をかけて、僕はもとの場所に戻ってきた。だけど、もとの地点ではあったとしても、役割が違う。
 不思議な気分だ。誰かが同じ屋根の下にいるということが。僕は、あのときサダさんがしてくたように、精一杯彼をもてなそうと思った。

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 彼は、無口な男だった。喋るのが嫌いなわけではない。主導権を握られたくないがゆえの防御なのだった。それでも彼は、少しずつ、この空間に、そして僕に慣れていったようだった。
 僕は彼と喋っているうちに、彼と僕が、同じ人間でありながら、違う存在であることに気づいていった。何が違うのか? ここで過ごした時間が違うのだ。
 記憶の中のサダさんは、いつも両義的な表情をしていた。微笑むときも、口元には哀しみが滲んでいた。また、深刻な話をするときも、目じりに悦びが貼りついていた。僕はその意味を、今理解した。
 サダさんは、僕を彼として、興味深く観察していたのだった。おかしなことだ。僕、サダさん、彼。僕が3人いるのだ。
 いや、順番としては、彼。僕。サダさん。か。ともかく今僕は、サダさんとして、彼の生活をサポートしている。
 もうすぐ、春がやってくる。

つづく
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追記 すいません(/TДT)/ 3/31(土)、4/1(日)と休載します。寿