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 期待値の代わりに、失うものがある、とおれは言った。
 失うもの? タケルくんは言う。
「時間と、可能性。それから、人間性」
 それは本当にお金に変えてしまってよいものだったのだろうか? 命を切り売りしてしまったみたいなことなのだろうか。わからなかった。スロットをしていたのが、前世の記憶のようになっていた。
 時間、可能性、人間性、タケルくんはメモを取りながら繰り返した。
「これは、いつもしてる質問なのですが、永里さんは、パチスロで生活ができなくなったときのことは考えてましたか?」
「うん」おれはうなずいて、ウイスキーを一口飲んだ。
「差し支えなければ教えていただきたいのですが」
「死のうと思ってた」
「はい?」
「パチ屋とともに生き、パチ屋とともに滅ぼうと思ってた」
「……それは冗談ですか?」不安そうな顔でタケルくんは聞いた。
「いや、割と真剣に」
「では、何が永里さんを思いとどまらせたのでしょう」
「これね、けっこう自分でもびっくりしたんだけど、しがらみとか、付き合いとか、そういう非期待値的でめんどくさいことだったね」
 ふむふむ、という顔でタケルくんはメモを取る。
「期待値的な関係性って、期待値がなくなったら途切れがちだけど、非期待値的な関係性って案外、残るというか」
「ゲゼルシャフト(利益社会)とゲマインシャフト(共同社会)みたいな感じですかね」
「ああ、そんな感じ」
「スロッター同士の付き合いはありましたか?」
「いや、おれはほとんどなかったな」
「それは、どうしてですか?」
「同属嫌悪なのかな。後は、大人数が好きじゃないってのもあるかも」
「そうですか」と言って、タケルくんはメモを取る。
 おれは立ち上がり、ペットボトルの水を2杯のグラスに注ぎ、1杯をタケルくんに渡した。
「ありがとうございます」と言って、タケルくんはグラスを手に取った。
「それ、何人くらいに話を聞こうと思ってるの?」おれが逆に質問した。
「永里蓮さんで最後です」
「今まで何人に話を聞いたの?」
「スロットを趣味にしていたという方が80人、いや、90人ですね。生活していたという方が20人です」
「それで、何がわかるの?」
「色々わかりますよ」とタケルくんは言う。「たとえば、趣味で、日常的にスロットを打っていた方は、みなさん懐かしそうに話されるんですね。古きよき時代の思い出という風に。人に話を聞かせたいパーソナリティというバイアスはあるでしょうけど。一方、専業と呼ばれていた方々は、苦い顔をする傾向にありましたね。誰でもできることで、誇れるようなことは何もしていないというような」
 ふむふむ、とうなずいた後で、「元スロプロは、今何してることが多いの?」と質問した。
「一概には言えませんけど、投資家だったり、ご友人と会社を立ち上げたり、夜のお店でボーイをしていたり、あるいは無職だったり、色々ですが、いわゆる企業に所属してる方はいませんでしたね」
「タケルくんの目から見て、どっちの方が幸せそうだった?」
「質問の仕方もあるのでしょうけど、それはやはり、趣味でスロットを打っていた方でしょうね」
「まあ、そうだろうな」おれは言った。

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「質問を続けてもいいですか?」タケルくんは言う。
「うん」
「何か、日常的にしていた験かつぎとか、あるいはジンクスとかはありましたか?」
 何かあったっけ、と考えるうちに、ひとつ、思い当たった。
 寝る前に、氷野の心が安らいだものでありますように、と祈っていたのだった。おれは、こんなおれだけど、彼女だけは、せめて氷野の心だけは、安らいだものでありますように。そう祈ってから、眠りについていたのだった。
 だけど、そんなことは言えなかった。
「験とか、ジンクスとか、そういうのを思わないことを、心掛けてたかな」と言った。

つづく
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