KIMG2822


 自爆テロというのは、永里蓮さんに近づくための口実だったんです、とタケルくんは言った。まさか、いきなり殴られるとは思わなかったので、完全に油断してました。そう言って、タケルくんは恥ずかしそうに頭をかいた。
「痛かった? ごめんね」
「いや、大丈夫です。ええと、それでですね、僕は、失われた職業というレポートを書こうとしていまして、色々とリサーチしてたんですけど、その中で興味をひかれたのが、パチンコ屋で食うプロでした」
「はい?」
「そうですね」何がそうなのかよくわからないが、「いわゆる、スロプロですね」とタケルくんは言った。
「……あの、ええと、たぶん、プロと名のつくすべてのプロの中で、パチプロ/スロプロって、一番個体数が多かったと思うんだけど、どうしておれなの?」
「ああ。メディア等に露出がある人は除外しました」
「どうして?」
「パチンコギャンブルって、その最大の特性がやらせですよね」タケルくんはパチンコギャンブルという耳慣れない単語を使った。「パチンコギャンブル廃止に至る議論にも含まれていたと思うのですが、とにかく、店側の人間の意向さえあれば、誰でも勝ててしまう。パチスロでいえば、この台がいい設定ですよ、という誘導があれば、誰がその台を打とうが勝ててしまう。そうですよね」
「正確に言うと、勝てるじゃなくて、負けにくい、ね」
「負けにくい……。失礼しました」
 タケルくんは、ポケットからメモ帳を取り出して、書き付けている。
 おかしなやつだ。おかしいどころの騒ぎではない。死も辞さない集団に潜入して、得たいものが、元スロプロの証言だなんて。明らかに、リスクとリターンが合っていない。
「これまでに、20人ほどの元スロプロという方に話を聞きました。それで、最後に話を聞いたのが、滝口龍生さんという方で。その方に、永里蓮さんのことを教えていただいたんです」
「滝口、滝口……」どこかで聞き覚えがあった。「……ゴリラみたいな顔したやつ?」
「そうですそうです。自分のこと、ゴリって言ってました。兄貴によろしくお伝えください、とのことでした」
 そんなやつが、いたような、いないような、昔一度だけ一緒にスロットを打ったような、ないような、1キロ先を歩いている通行人に目をこらすような、おぼろげな記憶だった。
「みなさん、口を揃えておっしゃるのは、『何もすごいことはしていない』ということでした。それが僕からすれば、すごいというか。それで生活ができた時代があったということが」
「でもそんなんって、探してみれば、けっこうあるような気がするけど。バブルの頃の土地転がしとか、金銭の規模は全然違うけど、土地と金さえあれば、誰でも参入できて、誰でも儲かったって言うし」
「でも、スロットってその元手すらいらないんですよね」
「まあ、20万、30万あれば、うまくいけば1万からでも始められるってのはあったかな。ただ、結局、『パチ屋』という場があって、『遊技客』というパイがあっただけの話で」
 気づくと手に持っていたグラスからウイスキーが消失していた。(この日本産のウイスキーも、2010年代中盤にはウイスキー人気が高まりすぎて買えなくなるんだよな、と思いつつ)おれはボトルを手に取って、グラスに注ぎ、一口飲んだ。
「確かに、時代性というのはあったかと思います。ただですね、『どこからでも学べる、何からでも学べる』というのが、僕のですね、ゼミの先生の口癖なんですが、僕もそう思うわけです。なので、永里蓮さん、少しお話をお聞かせ願えませんか」

       777

 自分の本音を話すのは、気恥ずかしくはあったが、酔いも手伝って、前々から考えていた、主人公論について話してみることにした。
「ふむふむ」と言いながら、タケルくんはメモを取る。
 自分を主人公として固定する心が、ミスを恐れ、ミスを隠し、自己を糊塗、粉飾し、依存を生み、負のサイクルに陥る元凶ではないか、というのがその骨子だった。どうする? その処方箋として、スロッターは、期待値を利用する、と。
 ポイントは、あくまで利用であって、信仰ではないということ。
「程度の問題なんですかね」タケルくんは言う。
「うん。でも、頭ではわかっても、それを実行するのは難しい。だから、道しるべが必要で、それがスロッターの場合、期待値なんだけど……」
 いつの間にか、ドアを叩く音が聞こえなくなっていた。
「けど?」タケルくんは言う。
「期待値の代わりに、失うものがある」
「失うもの?」

つづく
にほんブログ村 スロットブログへ