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「おまえのしたいことって、それか?」桜井さんは言った。
「それ?」
「毎日をただダラダラ過ごして、適当に女と遊んで」
「いや、したいことってわけじゃないけど」
「けど?」
 おれの言葉を遮って桜井さんは言う。「蓮、彼らが自分の命を賭けて自分の存在を訴えていることをどう思ってる?」
「不快ですね」おれは言った。
「何で?」
「関係のない人間を巻き込んで、死ぬ。そこに何の大義があるんですか?」
「大義、ね」桜井さんは人の感情を逆撫でするような笑みを浮かべた。「蓮、おまえはこの世界に対して何の貢献もしていない。ただ消費するだけだ。そこに何の大義があるんだ?」
「なぜ、人間は動くか、働くか?」おれは言った。「そんなの、一義的な言葉で語り尽くすことはできない。義務ですか? では、なぜ、義務が生じるのですか? それはすべきことだからだ。では、なぜ、すべきことなのですか? 疑問が無限に追いかけてくる」
「そんな屁理屈を聞いてるわけじゃない」
 桜井さんが小言を言い出したとき、あるいはおれが理路的なことを言い出したときは、どちらかが折れるのが慣習だった。が、どういうわけか、今日はどちらも折れないのだった。
「おれは常に、桜井さんの言う通り、携帯を携帯して、連絡があったらすぐに駆けつけている。お金をもらっている以上、それが義務だと思ってますけど」
「それは感謝してる」桜井さんは言った。「もちろん。だけど、もう少し、オレのしていることにコミットしてほしいんだわ。ぶっちゃけると」
「桜井さんのしてることに賛同はできません」
「おまえ、いっつもそうだよな。堂々と自分の意見を言う。どうして物事をそんな簡単に割り切れるか? 自分が当事者じゃないからだ」
「当事者ですよ。おれは、おれの」
「いや、違う。自分が傷つく可能性のあることを、おまえは絶対にしない。おまえは忘れてしまってるだろうが、オレは、一〇代の頃のおまえを覚えてるよ。おまえが苦悩していたことも。その結果、おまえが海に飛び込んだことも覚えている。どうして? オレはおまえの人生に対しても、責任があるからな」
「人の人生の責任なんて取れませんよ」
「人がどう思うかは関係ない。少なくとも、オレは覚えておく。決して忘れない。ぶれずにやることをやる。誰に恨まれようとも、完遂する」
「でも、ズルしてますよね」おれは言った。「桜井さんが、そうやって主役面で行動できるのは、時間を繰り返しているから。ただそれだけですよね。それこそ、自分が絶対に傷つかない、絶対に負けないギャンブルを打てる。アドバンテージに甘えてる人間が責任?」
「蓮、おまえは何回時間を繰り返しても、何も学んでない。確かに、オレはおまえのことを必要としている。が、おまえが言った通り、おまえはただ、オレと同じ時間を繰り返すことができるというただそのことだけで、ただ飯を食らい、ただ酒を飲み、ホテルの一室を与えられている。違うか? それ以外におまえに何がある?」
「おれは……」そう言った後で、確かに何もないな、と思った。「何もないっすね。確かに」
 おれがいたい場所は、あの1990年代の阪神間だった。だけど今、1990年代に戻っても、おれはきっと満足しない。というかできない。おれはすでに、あの時代を生きてしまったのだ。もう一度やり直すことができたとしても、同じことを繰り返すだろう。おれはただ、ないものねだりをしているだけなのだ。だからもう、できれば、何も望みたくないのだ。
「まだ大丈夫だ。おまえは若い」
「37歳ですよ」おれは言う。
「実際の年齢は25やそこらだろ。まだ何でもできる」
 おれは首を振った。「何でもはできない。それに、また、いつ繰り返しが来るかわからない。こんな不安定なところで、何ができるんですか?」
「繰り返しはこれで最後だ。オレが終わらせる」
「終わる?」
「ああ。ピースが揃ったって言ったろ。ちっとは協力しろ」

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 深夜0時を回っていたが、桜井さんは、仕事があると言って、出かけていった。
 どこからあのモチベーションがわいてくるのだろう。
 おれの感覚は、もう枯れている。にもかかわらず、毎日、飯を食べ、排泄し、眠り、夢を見る。何百回となく思ったことだが、もう終わらせてほしかった。おれはもう、疲れた。人間でいることに。
 このままいけば、人類はそう遠くない未来に絶滅するだろう。希少価値だ何だと、勝手にやってくれ。おれはもういい。
 ……そうか、死んでしまえば、いいのか。親父がそうしたように。

つづく
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