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 ……蓮
 誰かがおれの名前を呼んでいた。
「……永里蓮」
 目が覚めても、おれはアジールの一室にいた。そりゃそうだ。1101号室はベジータこと功刀さんの部屋になったので、その一階下の1001号室で生活をしている。
 めまぐるしく変わっていく世界を、部屋の中からぼんやりと観察している。
 この2007年の最大の話題は、自爆テロだった。
 シラケと呼ばれても、サトリと呼ばれても、結局、若い世代は、何かしら、自分の身を焦がす、没頭する何かを必要としていたということだと思う。
 肉体が爆発し、他人をまきこむという物理的な衝撃は、言葉よりもはるかに雄弁だった。
 テロルが、世界的になくならない理由は明白だった。いつでも、どこでも、誰でもできる。人種、年齢、性別、資格がまったく必要ないのだ。
 たとえばテロは、爪楊枝一本で成立する。包丁、ナイフ、高枝切り鋏、チェーンソー、ライター、お湯、人の生命を脅かすものであれば、どんなものでも恐怖の材料になる。
 すべての尖ったもの、温度の高いもの、爆発の可能性のあるものを禁止することはできない。人間の生活が立ち行かないからだ。包丁は料理に必須の道具であり、電気中心の世の中になったとはいえ、火の扱いは人類最大の発明のひとつだ。
 失われた10年とも失われた20年とも40年とも言われる斜陽日本に生きる新世代にとって、テロルの流行は、何かが変わるのでは、という不安と期待を同時に抱かせた。
 平和というシステムの制度疲労なのだろうか? 江戸時代は飢饉があった。一揆があった。人間の持つ死への衝動をうながすようなイベントが必要ということか? あるいは、パチンコが廃止になったことも追い風になったのだろうか。
 とか何とか他人行儀に回想しているけれど、自爆テロの中心になったのは、桜井さんがここに連れてきたネカフェ難民たちだった。つまり、このアジールが、テロリストの前線基地なのだった。
 吐き気がする。
 赤の他人を巻き込んで死ぬこと、人が死んでいくことを娯楽として消費する赤の他人。
 桜井さんが何がしたいのか、おれにはさっぱりわからない。
「永里蓮」
 また、声が聞こえた。それから、ドアがノックされる音。
 しょうがなく、立ち上がり、ドアを開ける。
「永里蓮」ドアの向こうに立っていた女がフルネームで言った。「ねえ、どうして部屋が変わったって教えてくれへんかったん? 何か小さなおじいちゃんが出てきて、永里蓮が小さくなっちゃった、て悲嘆にくれてしまった」
「どないしたん?」おれは聞いた。
「いや、ヒマやって」
「……」
 彼女に会うのは3度目だった。3度目があったということは、4度目もあるのだろう。この期に及んでは、しょうがない。名前を聞くことにした。
「カナ」女は嫌そうな顔で言った。本名か偽名かは不明。27歳と言っていたが、27歳にはとても見えない。二十歳そこそこか、一〇代にすら見える。
「地元は?」
「西の方」
「何、その漠然とした感じ」
「ええやん地元なんて何処でも。東京は問う虚って言うやろ」
「知らん」
「なあ、永里蓮、ご飯食べいこう」
 上半身裸、下半身ボクサーブリーフ。以上。自分の格好を見て、これじゃ出られないな、と思う。
「ちょっと着替えるから、待って」

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 ピンク色のポロシャツに、ジーンズ、革のサンダル、サングラス。新宿は今日も猛暑日だった。
「蕎麦でええか」と聞くと、「うん」と返ってくる。
 週に一回くらいのペースで行く脱サラ個人経営の蕎麦屋に入ってエビスの瓶ビールで乾杯。
 まずは板わさ。すりおろされたばかりの生わさびがたっぷり乗った自家製のかまぼこを食べながら小さなグラスを口に運ぶ。
「永里蓮って何もんなん? お金持ちなん」カナは言う。
「金は持ってるけど、おごらんよ」
「いや、そんなん言ってないし。仕事は?」
「言ったやろ。スロッターって」
 それは昔の話やろ。カナが不審の目でおれを見ている。
「今の話してんねんで。いつ会っても永里蓮ヒマしてるやん。それとも、スロッターって何かの隠語なん?」
「うんにゃ」と否定した。「そのまんまスロットを打つ人って意味」

つづく
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本日は一時間後にもう一話あげます。よしなに。寿