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 うるせえ。時計がうるさくて、眠れない。
 立ち上がり、電池を抜けばいいのだが、めんどくさい。眠れないしんどさと、立ち上がるしんどさを、天秤にかけることができないのだ。立ち上がって電池を抜く面倒なんてたかが知れてる。同じ機種の、天井まで残り1200ゲームと、残り200ゲームのどちらに期待値があるかわからんという状態。そこまでわかっていながら、動けない。
 人間の脆さと、初期設定みたいなものの強力さを思う。寝起きや、二日酔い、病気や、精神が重いときは、「嫌だ」という否定の気持ちが何よりも優先されるのだ。
 それでも、パチ屋に入れば、大丈夫だった。それはおれが、一応、――もちろん自称――スロプロだったからだ。そらそやろ(だから何?)そんなようなくだらんことを考えた後で苦笑し、覚悟を決めて、立ち上がろうとした。あのうるさい時計の電池を抜くぞという、それだけの覚悟だった。が、携帯電話がおれの覚悟をあざ笑うように鳴り出したのだった。
 桜井さんからのメールだった。
「蓮、おはよう。ロビーに来てくれ」
 壁にかかった時計は7時を指していた。ウダウダしている間も、時間は過ぎていたのだ。
「5分で行きます」と返信して、ベッドから飛び起き、服を着た。

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 ロビーは、20人ほどの男で埋め尽くされていた。
「誰?」
 その中心でコーヒーを飲む桜井さんに聞いた。
「漫画喫茶で寝てる兄ちゃんらに事情を聞いて連れてきた」
「……何で?」
「ここを使ってもらおうと思って」
「……」
 ロビーの3人は、彼らに鍵を渡したり、相談を受けたり、荷物を持ったりと、ホテル業務的な仕事に忙しいらしい。
 おれは、桜井さんの向かいのソファに座って、彼らを眺めた。10代後半から30代中盤くらい。血気盛んなようには見えない。といって、身なりが極端に悪いわけでもない。学生に見えなくもないが、サラリーマンには見えない。在りし日のパチ屋に並んでいたような顔ぶれだった。
「オレたちは同士みたいなもんだ」男たちの最後の一人がエレベーターの向こうに消えた後で、桜井さんは言った。「彼らはこの社会に強い不満を持っている。だけど、あいつらは真面目だから、悪事に手を染めず、自堕落をよしとせず、人に迷惑をかけず、派遣のバイトで食いつなぎながら、その日を暮らしている。立派だ」
「……」
「既得権益を持ってるってだけのやつが、国の格を下げることで私腹を肥やし、踏みとどまっている彼らがじりじりと後退していくんだぜ。何で彼らが尻拭いしなきゃなんねえ?」
 うん、と言った。「悪事に手を染めない。自堕落をよしとしない。人に迷惑をかけない。それは立派なことだと思う。だけど、派遣会社に中間マージンを抜かれながら、真面目に仕事をする。寝床は家賃よりも割高なマンガ喫茶。立派?」
「ポイントは、ふたつ」桜井さんは言う。「真面目であること。そして、責任感があること。根が腐ってない。後は適切な土壌、目的さえあれば、花が咲く」

つづく
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