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 桜井さんは、松田遼太郎なき後の事務処理だか財務整理だか人事再編だかがあると言って出て行った。
 小腹が減ったので、フロント兼コンシェルジュのイノウエさんにカップラーメンを持ってきてもらった。
 見るともなくブラウン管の、まだデジタル方式になる前のテレビを見ながらカップラーメンをすすった後で、シャワーを浴び、ニュース番組をBGMに、パンツ一丁でベッドの上でストレッチをしていると、ドアがコンコン、と鳴った。
 ドアを開けると、昨日の女が立っていた。
 ゲロにまみれたワンピースではなく、細身のジーンズにスプリングコートという格好だった。
 何、確認もなしに通してんだよ、とロビーの3人に不信感を抱きながら、「何?」と言った。
「ええと、やっぱり、昨日のお礼をしないとな、と思いまして」
「いいよ、別に」
「本当にご迷惑をかけました。それで、あの、御飯でもどうかなって」
「……」

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「いってらっしゃいませ」というロビーの三人の声を聞きながら、外に出た。
 高架をくぐって東口へ。
 そこまでお腹が空いているわけではなかったので、キリンシティでビールを飲むことにした。
「昨日の今日で酒飲んで大丈夫?」と聞いた。
「私、あんまり二日酔いならないから大丈夫」
「……ああ、そう」
 ピクルスと、ジャーマンポテト、そしてドラフトビール。
 黙々とグラスを口に運んでいると、女は言った。
「名前、何て言うんやった?」
「永里蓮」
「私は……」
「ああ、ごめん。おれ、名前聞いても覚えられないから」
「……」
 傷ついたような顔で、女は固まっている。
 申し訳ないとは思うものの、正直、名前は聞きたくないのだった。覚えたとしても、忘れてしまうのだ。2回目以降は嫌でも覚えてしまうのだ。
「じゃあ、何の話する?」女は言った。
「……何の話がいい?」
 女は、芸能人だかアーティストの話を始めた。おれが知らない、と言うと、女は口を尖らし、ありえん、と言う。
「じゃあ、永里蓮は何が好きなん?」
 おれは首を振った。
「あるやろ。何か」
「パチスロ」しょうがないのでそう言った。
「やったことない」女は言う。「てか、法律で禁止されるんちゃうかった?」
「昔は良かった」
「昔?」
「うん。ずっと昔」
 おれは絶滅してしまった生き物を思った。恐竜、マンモス、サーベルタイガー、スロッター。
「永里蓮は何歳?」
「実年齢は、25歳」
「変な言い方やな。他に何年齢があるん?」
「年の割に経験豊富ってこと」おれはビールを飲み干して言った。それから店員を呼んで、黒生を頼む。
「私は何歳に見える?」
「知らん」
「知れや」
「じゃあ25歳」
「惜しい」女は顔を歪めて言った。
「26歳」
「惜しい」
「27歳」
 女は明るい表情でうなずいた。
「27歳でゲロ吐いてたらあかんわ」
「昨日のことはなかったことにしてください」
 おれは首を振った。それから笑った。「まあ、そのうち忘れる」

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 女は明るい性格だった。前向きで、屈託がなかった。酒が進むうちに、心を許しかけている自分がいた。
 首を振る。ダメだ。おれは絶滅危惧種ですらないのだ。ここではないどこかで大量絶滅した生き物の、成れの果てなのだ。
 恐竜、マンモス、サーベルタイガー、スロッター。しかし、おれたちの化石はどこからも見つからない。

つづく
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