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 桜井さんからメールがあって、アジールに戻る。
 桜井さんは、ロビーの3人に見守られるような格好で、待合室のソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。
 ロビーの3人が「おかえりなさいませ」と言った。彼らはこんなところにずっといて、飽きはしないのだろうか?
「ちょっと蓮と話があるんで」と桜井さんは言った。「お三方は席を外してくれますか」
「かしこまりました」と頭を下げて3人はどこかに消えた。
「あの人たちは、何のために必要なんですか?」おれは聞く。
「必要のあるなしで人を決め付けたらダメよ」桜井さんは言う。
「ふん」おれは鼻を鳴らした。「おれのことは必要必要言うくせに」
「そりゃおまえは特別だからな。他に替えがきかん。ただ、それとこれとは話が違う。二八の法則とかって言うだろ」
「8割の蟻は働かないってやつ?」
「そう。大事なものは少なく、どうでもいいものは多い。人間も基本的には変わらん。確率論みたいなもんだ。ぶっちゃけ、能力だけで集団に影響を与えられる人間なんて1パーに満たない。というか、通常、組織に一人いるかどうかだ。上にも、下にも。後はただ、役割分担なんだよ。だけど、その話とも少し違う。考えてみろよ。こんなクソみたいなホテルがまがりなりにも営業できてたってことを。場所がいいとはいえ、メインスタッフたった3人だぞ。おまえが思うよりも、あの人たちはずっと有能だ」
「そんなもん?」
「そんなもんだ」
「で、話って?」とおれは言った。
「松田遼太郎が死んだ」
「じゃあ、記憶からは」
「間もなく消去されるだろうな」

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 松田遼太郎は、桜井さんの言うところのスタメン。ばりばりのレギュラーだった。年齢は確か二個上、梅崎とタメで、お調子者というか、ムードメーカーだった。いると場が華やいだ。いつだったか、一緒に海外を旅して回ったこともあった。直線的な思考をするところはあったが、おれは嫌いではなかった。
 おれよりも、桜井さんの方が付き合いは深い。桜井さんにとっては、直属の部下という感じだったからだ。
「でも、どうして?」おれは言う。
「オレにもよくわかんねえんだよな」
「わかんねえって?」
「……」桜井さんは言葉を濁していた。
「自殺ってこと?」
「……」
「ねえ桜井さん、何がつらいって、おれ、これが一番つらいんだけど」
「これ?」
「繰り返す時間を一緒に繰り返したってことは、それこそ仲間みたいなもんだろ。その代替のきかない存在が記憶から消えていく。それを留めることはできない」
「記憶できないなら、記録しておけばいい」
「……記録?」
「うん」桜井さんは、何でもないことのように言った。
「もしかして、毎度毎度の繰り返しの詳細とか取ってるの?」
「うん」
「どうやって?」
「ちょっと小細工して」
「残してて辛くないの?」おれは聞いた。
「何で?」
「だって、それ読み返しても、それが誰だかわかんないでしょ」
「うん。でも、感謝はできる」
「もしかして、桜井さんがしてる墓参りってそれ?」
「うん」
「何でもっと早く教えてくれなかったの?」
「祈りとかって個人的なことだろ。人に強要するもんじゃない」
「じゃあ、松田の墓も?」
「うん。もう手配した」
 どうしておれはこんなにも自分勝手なんだろう?
 記憶がなくなるのがつらい、つらい、と思いつつ、桜井さんに言われるまで、そんなこと、思いつきもしなかった。おれがつらいのは、誰かがいなくなることではなく、自分の記憶が失われることなのだ。
 どうしておれはこんなにも自分勝手なんだろう?
「じゃあ、松田がやってたことは?」
「オレが引き継がないとな」と桜井さんは言った。

つづく
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