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 思えば、この数ヶ月は、とても安定していた。ファミレスとコンビニを挟んで車の中とパチ屋を往復するだけの生活ではあったが、かつてないほどに穏やかな精神状態でいられた。初代北斗が消えたことで、やる気のある店とやる気のない店の線引きが容易になった。朝は激戦区のA店で抽選の運を競いつつ設定を狙い、それが失敗したら、マイホで番長か秘法伝の6を打つ。あぶれた方はハイエナという三段構え。スロット人気が落ち込んだことで、内部留保を再投資したい店と、懐の紐が閉まった客という分断で生まれた隙。スロット生活には、時期によって難易度に差があるが、それはイージーモードと言ってよい難易度だった。
 その鍵が、太郎だった。太郎は、虚偽の申告をしなかったし、打ちたい台を勝手に打ち始めることもなかったし、断りなくチリドッグを食べたりもしなかった。自分たちで決定したボーダーをしっかりと守り、自分だけで抱えられない問題が生じたときは、すぐに相談を持ちかけてきた。それは理想の相棒だった。僕も理想の相棒の理想の相棒たるべく、同じように行動した。与えられた条件の中で最高のパフォーマンスをするべく努める。太郎の中で過去の自分たちは無敵の二人だったらしいが、今回ばかりはその仰々しいタイトルを名乗ってもいいような気がした。
 眠る前に、今後の人生でしたいこと、という話をした。
 太郎は、お金が1000万貯まったら、どこかの海辺でカフェを開きたいと言った。
 僕は特に要望はなかった。こんな日々が続いてくれるといいな、という以外には何も。そしてやはり、具体性がない分だけ、僕の願望は弱かった。そういうことなのだと思う。
 外は見えなかったが、音と振動を聞く限り、この車は高速道路かそれに準じた自動車専用道路を走っているようだった。
 僕たちがここに来てからどれくらいの時間が経ったのだろう?
 10月、11月、12月、1月、2月、3月。その間、桜井さんはお金を集め続けたのだ。未来の記憶をもとに、大量の資金を市場にばらまき、利益が最大化する際に引き上げる。日時こそ、同じスタートラインにいたが、スロットしかしなかった僕らとは、社会に与えられる影響力が桁違いになってしまった。文字通り、数値的に。だけど、どうして細々と生きている僕らが目障りだったのだろう? 反抗する意志なんてさらさらないのに。
 簡易用トイレ。ペットボトルの水。カンパン。テーブルの上に並べられたライフラインを眺めながら、それらをどう分配しようか、ということを考えることにした。ただし、最適解という出力を求めるには、どれだけの時間ここにいるのか、という入力が必要だった。1時間ならばこのまま呆けているだけで何の問題もない。2時間ならば水を少し飲もう。が、3時間を越えるとなると対策が要る。とりあえずは、最悪のケースを考えておきたい。最悪、トイレは垂れ流したとしても不快なだけで死にはしない。この量の水と食料で、どれくらいの間、命を保つことができるだろう? 3日くらいだろうか。5日くらいだろうか。それとも、一週間は持つのだろうか? 人の生命力には個体差があるという。我がことながら、そればっかりはやってみないとわからない。まあいい。とりあえず3日と設定しよう。単純計算で1日500ミリリットル。それはだいたいの目分量でいけそうだった。1時間あたり20ミリと少し。というのは意味のない計算だ。ずっと起きているわけではないからだ。細かい設定では最適と思える考えも、まとめてみると見当違いになっていることがある。このような事例を、合成の誤謬(ごびゅう)という。ということを何かの本で読んだことがあった。そうならないためにはどうすればいいのだろうか。その答えは本に載っていなかったように思う。載っていたとしても記憶にない。とにかく、大枠として、1日500ミリリットル。カンパンの内容量の1/3。という量を守ろう。おそらく、大事になってくるのは、ペットボトルの水をこぼしてしまう、などのケアレスミスだろう。もったいないというか、それが一番せつない。僕は慎重にペットボトルの蓋を回し、口の中を湿らす程度に水を含んだ。
 ふう。
 そういえば、この半年の間、一人になることがほとんどなかった。スロットを打っている以外は、常に横に太郎がいた。考え方の違いによる細かな意見の相違はあったが、言い争いと呼べるようなものはひとつもなかった。不満といえば、寝ているときに屁をこくくらいだった。太郎は今どこで何をしているだろう?
「大切なものは何か?」と聞かれ、こいつだ、と僕は答えたのだ。そう答えた以上、太郎が生きていてくれればいいか、と思う。
 僕に残されたのは、この水と、食料と……。
 と、早々にケアレスミスを発見してしまった。時間を計る術がないのだった。時計がない。二つ折りの携帯電話もない。無論、数は自分で数えられる。手首に指を這わせれば、脈も計れる。が、はたして自分の脈が1分間に何回脈動しているか、だいたいのところはわかっても、正確な値がわからない。1分がわからないのだから。少しの入力の違いが、大いなる出力の違いになる。これは合成の誤謬以前の大問題だ。
 きちんと揃えてポケットの中に入れていたはずなのに、イヤホンがいつの間にか絡まっていることは多々ある。でも、絡まった状態のイヤホンをポケットの中に入れて、歩いているうちに絡まりが解消していたという経験はないような気がする。そんなことを誰かが書いていた。
 すべては間違った方向に流れていくのだろうか? 間違っているものを足して正解にたどり着くことはないのだろうか? それとも、それは単に、確率の問題なのだろうか 不正解は数多く、正解はひとつしかない。それだけのことなのか?
 あるいは、絡まっているものをポケットに入れておいて、出したときにすんなり出てきたら、そもそも絡まっていなかったのだ、という結論を出しているだけなのだろうか?
 ポケットの中の秘密。
 そういえば、太郎がゾーンと呼ぶ自意識に滞在するのも、久し振りに思えた。
 とりあえず、今わかっていることは、外の世界を見ることができなければ、人間は時間を計る術がないということ。時間を計る術がなければ、計算が成り立たないこと。では、この空間で僕は何ができるのだろう?

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 うつらうつらと眠っていたようだった。だけどそれが1分なのか、1時間なのかわからなかった。不安を感じる前に、ペットボトルのキャップを慎重に開けて口を湿らした。
 珈琲が飲めるといいのだけど、と思う。その上でタバコが吸えたらなおいい。カフェイン。ニコチン。そうすれば、もう少し良い考えも出てくるに違いない。カフェイン。ニコチン。それらは薬物、向精神薬の類である。人間の生活は、かくも外的な物質に依拠しているのですなあ、と他人事のように思ってみる。……腹が減った。
 腹が減ったことは、他人事にはできなかった。
 カンパンをテーブルの上に出してみようと思うものの、それでカンパンの破片がどこかに流出してしまい、内容量を減らすのは避けたいところだった。が、出してみない限り、何がどれくらい入っているかはわからない。ポケットの中の秘密。意を決し、僕はカンパンの中身をひとつひとつテーブルに出して、数を数えることにした。誤りのないよう、正確に。
 乾いたパン「カンパン」という、ビスケットに似た形状の非常食が36、砂糖を溶かしてダイヤモンド型に整えたというものが7つ、パイナップルのフリーズドライが4つ。という結果が出た。
 一瞬、割り切れない数だな、と思ったものの、いや、違う。カンパンは12個。砂糖は2つと1/3。パイナップルは1つと1/3と、思考を割り切ることに成功。きちんと覚えておかないとな、と思いつつ、カンパンを1つ食べてみた。
 ……まったく美味しくなかった。味が薄く、香りもなく、パサパサで、何一つ味覚にアピールしてくるポイントがなかった。低純増ART機のクソ台で大量上乗せをしてしまったときのような感覚。確かに枚数は出るのだろう。時間も費やせるのだろう。だけど面白みがない。面白みのないところに喜びは生じない。
 非常時だから仕方ない、とは思えなかった。ということは、まだまだ全然飢餓の状態にはないのかもしれない、という前向きな結論を出しておこう。僕はカンパンをきちんと缶の中に戻し、ソファに深く座った。

つづく
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