KIMG1996 - コピー

枠上というスロットのゲーム性が好きでした。何ということのない出目なのに、リールの枠上をのぞいてみるとボーナスが確定したり、(たとえばどんちゃんがいたりして)やべえ、氷外れたらリーチ目だぜ、と、たちまち激熱の展開になる。枠上の世界。そんなささやかでダイナミック(動的)で個人的な時間が好きでした。

書くこと、賭けること 寿 

       777


「ここ、天国?」太郎は言った。
「まあ、天国ちゃ、天国かな」僕は返す。さっきまではあたふたしていたが、テンパッている太郎を見ることで、落ち着きを取り戻していた。「で、どうすんの? もうちょいでパチ屋開くけど」
「パチ屋? いや、意味わから……んあ? この車、おれらのステップワゴンやん」
 真っ青だった太郎の顔は、幾分赤みが戻っていた。太郎も太郎で、僕の存在があることで落ち着いたのだろうか?
「うん。おまえが持ち逃げした車な」僕は言った。
「こないだ謝ったし、金払ったやんけ」
「こないだ?」
「なあ、サダオ、これは夢なのか、それともこれが現実なのか、どっちや?」
「わからん」僕は正直に言った。
「おまえ、サダオだよな?」
「そうやって呼ぶのはおまえだけだよ。俺の名前は山村崇。おまえの名前は松田遼太郎だ」
「……何でおれのフルネーム知ってんの? 言ったっけ?」
「色々あってな」
「色々?」
「まあ聞けよ」僕は言った。「俺の知ってるおまえは、2014年に死んだ」
「何? その変な言い方?」
「今が2006年だからだ」
「は? 意味わからんこと言うなや」
「意味わかんねえのはこっちも同じだ。とりあえず聞け」僕は言った。「2014年の秋、おまえは死んだ。香川県高松市で。梅崎さんの手で」
「てか、それ、さっきやで」
「さっきではない。絶対に」僕は笑う。
「何なんそれ。ほなおれ、死んでへんの?」
「知らんよ」僕は言った。
「てか、待てよ。ここ2006年なんやろ。何でお前が2014年とかって……は?」
「だから聞けって。俺は、2015年の夏に、アメリカで、ネヴァタ州にあるカジノホテルの一室で梅崎さんに首を掻っ切られた。おまえの言い方で言うなら、さっき」
「はあ?」太郎はそう言った後、笑い出した。「まったく話が繋がらんやん」
「いや、繋がる。この2つの出来事から、2つの類推ができる。ひとつは、俺たちの時間は一直線じゃないかもしれない、ということ。もうひとつは、梅崎さんはただの殺し屋じゃないかもしれない、ということ」
「サダオ、おまえ、何でそんな冷静なん?」
「テンパッても意味ねえだろ」
 嘘だった。さっきまでの僕は完全にテンパッていた。人間は、自分よりも過剰な反応を示す人間を前にした場合、苛立つか、または落ち着くか、という反応になりがちというだけだ。何だか調子が出てきた。そう、僕という人間は本来こういう人間だった。
 太郎はセブンスターの白い煙を大量に吐き出した。「8年前か……、ってことは、ギリ4号機打てるな」
「うん」
「打たへんの?」
「いや、おまえがぶるぶる震えてる間に、入場始まっちゃったよ」
「いや、そんなん言うけど、おれ、今、死んだばっかりやで。普通、あせるやろ」
「死んだらあせれねえだろ」僕は笑う。
「……おまえは変わらんな。ほんで、2006年やったら何が打てるんやった?」
「ええとね」僕は頭の中で2006年のスロット事情を思い出しながら答えることにした。「北斗SEとか、初代秘法伝とか、4号機の搾りかすみたいな台は残ってるけど、基本的には5号機にすげ代わりつつあって、吉宗はもう消えてるし、後2週間とかそれくらい北斗が打てる」
「で、ベニヤ板時代が始まる、か」
「うん。初代エヴァとか設定が狙えたような気がするけど、あんまり覚えてないんだよな」
「おまえが覚えてないんやったら、お手上げやん」
「今日のところは」
「ほなどないするん?」
「腹減っただろ。飯でも食おうぜ」
「よっしゃ」

       777

 僕たちは、パチ屋の駐車場を出ることにした。よっしゃ、と威勢のいいことを言ったものの、太郎はまだしんどそうなので、僕が運転を代わった。
「物語とかやったらさ」太郎がぽつりと言った。
「ん?」
「タイムスリップするやつって、たいてい過去に果たせなかった目的があるよな。おまえ、この時代に何かあるん? 心残りみたいなん」
「ある」と言った。
「何?」
「8日後に元カノと出会う」
「失われた女を求めて」と言って太郎は笑った。「典型的やな」
「おまえは?」
「おれは生きてるだけで充分やけど……」
 何かを思いついたのだな、と思った。太郎は、何かを思いついたとき、思い出したとき、それが彼にとって大切であればあるほど、こうやって話をぶつ切りにして黙りこくるのだった。わかりやすいというか、不愉快極まりないというか、お喋りな男だが、肝心なところは秘密主義なのだった。
 ステップワゴンのスピーカーからは、シーモの「ルパン・ザ・ファイヤー」が流れている。太郎は割と頻繁にTSUTAYAでCDを借りて、ドライブ用の音源をつくっていた。基本ズボラなのだが、変なところでマメな男だった。当時はただうっとおしいだけだったが、今ならば、33年の経験があれば、彼の性格の機微を理解してあげられたのにな、という妙な後悔がわいてきた。僕も僕で、彼に甘えていた点、助けられていた面が確実にあったのだし。
「なあ、2006年って、おれらの関係は破滅しかけてたよな」太郎は僕の心を見透かしたようにそう言った。
「そうだっけ?」気恥ずかしさから、僕は忘れたふりをしてしまった。

つづく
にほんブログ村 スロットブログへ  





♯5へ行こう。