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この小説は、師匠の一人語りで進んでいきますが、誰々と、かくかく、しかじか、会話した。これ、コレ、こういうことをした。という彼の過去語り、記憶そのものが、実際の出来事というか、実際のスロ小説と違う点が散見されます。これは、師匠に若年性健忘症の疑いあり、というフラグではありません。記憶(特に個人の記憶)とは、主観による上書きの連続で成立しているものであり、主観とは、勘違いの賜物のようなもの。ということで、いいわけっぽいですが、ご理解いただけると幸甚です。

書くこと、賭けること 寿 

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 ……俺さあ、実はこの何ヶ月か、スロット打ってないんだよね。というか、俺、2015年のアメリカのカジノで遊んでたところなんだよね。そんなことを言って、太郎が理解してくれるとは思えなかった。
 ポケットを探ると、タバコが入っていた。そういえば、この頃の僕はタバコを吸っていたのだった。僕はタバコをくわえ、火をつけてから窓を開けた。
 煙を吸う。煙を吐く。……何だこれ? にが。苦いだけだった。僕はすぐにタバコをもみ消して、窓を閉めた。
 甲州街道は、相も変わらず混み合っている。スピーカーからはデフテックの「Catch The Wave」
「昨日そんな飲んだか?」太郎は言う。
「わかんねえ」僕は本当のことを言った。マジで、本当にわかんねえんだよ。
 車内から、若干饐えた臭いがする。そういえば、僕たちは、この車で寝泊りしていたのだった。ん? 僕は佐和の住んでいた家に上がりこんだのだった。どうして彼女が彼女の契約する賃貸アパートから出ていったんだ?
 物事の順番がわからなかった。記憶が混濁しているのだろうか? あるいはショックで蓋をしてしまったのだろうか? それともこれは、夢特有のゴリ押しだろうか。わからなかった。
「今、何月何日?」僕は聞いた。
「10月10日」
「ああ、ゾロ目のイベントか」
「……おまえ、大丈夫?」太郎は心配そうに言う。
 佐和に出会ったのはいつだ? ……10月16日。たぶん、記憶違いではない。吉祥寺のパチ屋でスロットを打って、太郎は街にくりだし、僕は漫画喫茶に入った。そこで僕と佐和は出会った。それまでまだ6日ある。そのことに僕は少し安堵した。
「大丈夫」僕は言った。
 何か、太郎と会話をしたかった。が、久しぶりすぎて、とっかかりがないのだった。何の話がいいだろうか?
「なあ、太郎、おまえ、初めて打ったスロットって何?」
「ピンクパンサーだっけな」太郎はそう言うと、ブレーキを踏み、信号を見つつ、ポケットからセブンスターを取り出し、火をつけた。一瞬で煙が車内に広がり、僕は手で煙を振り払いながら窓を開けた。「ピンパンってピンパン3?」
「違う。初代のピンパン。ノーマルのAタイプ」太郎はくわえタバコでパワーウインドウのボタンを押して窓を開け、右手にタバコを持ち直して外に出し、車を発信させた。
「それ、いつの話?」僕は言った。
「10年くれえ前じゃねえか」
 ……そういや、太郎は2個上だったっけ。必然的にスロットを始めたのが早いのだ。どうして僕は年長者に対してこんな態度なんだろう?
「おまえは?」太郎は言う。
「サンダーV」僕はバツの悪さをごまかすために、ピースサインをした。
「そういや最近サンダー打ってねえな」太郎はそう言って、白い煙を窓の外に吐き出した。

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 パチ屋の立体駐車場は、同類たちで混み合っていた。同類というのは、同業者という意味ではない。スロットで勝ちたいという気持ちのみ共有している獲物だった。枯渇しつつあった砂漠では、誰もがオアシスを求めていた。捕食者である同業者が大勢いる場所には、進んでいきたくはない。うーん、やっぱり口が悪い。2010年代の僕ならば、もう少し穏便な表現を選ぶはずだ。スマホ、はないので、ヒマ潰しのためのスロ雑誌を持って外に出る。十年一昔と言うが、この頃の情報収集は、雑誌がメインだったのだ。抽選を待つ人は200人ほどだろうか。並んでいるスロッターたちのズボンのサイズが若干太い感じがした。これも時代だろうか。スロ雑誌をめくってみたものの、載っている機種の大半を忘れていた。というか、業界的には、すでに5号機に移行していたのだった。これ全部記憶してたのか? 抽選の結果、僕は3番をゲット。太郎は101番。
「お、やったじゃん」太郎は言う。「さて、どうすっか?」
 どうするもこうするもなかった。何を打てばいいか、何を狙えばいいかもわからないのだ。
「太郎おまえ、こっちの番号で行ってくんね?」僕は言った。
「先に入場するのはおまえの役目だろ?」
「いや、ちょっと体調悪くて」思わず嘘をついていた。パチ屋の中で嘘はつかなかったんじゃなかったか? 特例として処理することにした。まだ外だし。
「大丈夫か?」
「うん……」
「まあ、いいけど、おれが行って、取った台で後でごちゃごちゃ言うなよ?」
 困ったな、と思う。この店には、たしかによく来た記憶はあるのだが、機種構成やら設定配分やら、優先順位やら、何もかもわからない。となると、立ち回りのしようがないのだった。じりじりと時間が過ぎて行く。考えがまとまらないうちに、集合の時間になってしまった。

「おい、太郎」僕は言った。「時間だ。行こうぜ」
「……」反応がなかった。
「おい」
 太郎は眠っているようだった。
「おい、太郎。起きろって」
 呼吸は確認できる。が、揺すっても、叩いても起きないのだった。そうこうしている間にも、時間が過ぎていく。まあ、スロットは正直どうでもよかった。優位性も見出せず、戦略も何もあったものではないのだから、勝てるべくもない。
 そういえば、太郎はこの時期、酒浸りだった気がする。疲れているのだろう。僕はタバコを取り出して、窓を開けた後で火をつけた。どうしてこんなものを吸っていたのか、よくわからない。メンソールのタバコなのに、ノドがいがいがするとはどういうことだろう? 思い切り吸い込むことができないので、中学生のようにふかしを交えつつ、吸った。それにしても、長いRT(引き延ばし)だ。死んだはずの相棒。幾分新しい肉体。何だか感覚がおかしかった。後何本か吸えば、タバコに対する違和感もなくなるのだろう。慣れは怖いな、とつくづく思う。
「あああああああああああああああ」
 何の予備動作もなく、太郎が体をびくんと起こし、目を開けると同時に叫びだした。思わず人差し指と中指にはさんでいたタバコを落としてしまい、それも、タイミングの悪いことに、シートの裏側に落ちてしまい、あたふたしてしまった。
 太郎はきょろきょろとあたりを窺った後、真っ青な顔で僕を見て言った。「サダオか? おまえ、何してんねん」
「は?」そう言いながらも、何とか落ちたタバコを回収することに成功した。
「何でおまえがここおるねん。てか、ここ、どこや?」
「……は?」
「つか、え? これ、マジ、え?」太郎は震える体を抱きかかえるようにして言う。「何なん?」
「いや、それはこっちのセリフだ」僕は言う。
「梅おらんかった?」
「梅?」
「いや、おれ、梅に殺されんかった?」
「梅って梅崎さん?」
「何でおまえが梅知っとん?」
「いや、こっちのセリフだけど、それも」
「ちょ、サダオ、おれにタバコくれ」
「おまえ自分で持ってんだろ」
「……ほんまやな」そう言って、太郎はセブンスターに火をつけた。「ほんでさ、サダオ、これ、どういうこと?」

つづく
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