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私の黄金時代は、0歳でした(赤ちゃん最強説)。

書くこと、賭けること 寿 


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 田所りんぼさん。僕は、その不思議なおじさんと四国で出会ったのだった。その頃、僕は旅打ちをしていた。地元のパチ屋にいられなくなっての放浪だった。昼はパチ屋でスロットを打ち、夜はそこで知り合った大勢で宴会をした。りんぼさんはいつも、アースカラーのよれよれの服を着ていた。僕とりんぼさんは、夜、みんなが寝静まった後、湯呑みに入った芋焼酎を片手に、色々な話をした。政治、宗教、サブカルチャー。博識な人だった。高度な知識や技術を必要とされる専門的な仕事をしていたが、何かがあって早期リタイヤをしたというような雰囲気があった。いつだったか、りんぼさんの過去の話になったことがあった。「人を不幸にする仕事をしていた」りんぼさんはそう言ったのだった。
 人を不幸にする仕事?
「そう。人が不幸になることで利ざやを得る仕事ってけっこうあるんだよ」りんぼさんはそんなことを言った。「武器商人がそう。警備会社とかもそうだよね。ギャンブル関連。お酒や薬、医療関係、法曹関係、宗教関係の仕事もそうかもね」
 そのとき僕が何を言ったかは覚えてないが、今考えてみると、りんぼさんが並べたのは、人の不幸を是正しようとする側の仕事であり、人を不幸にすることを目的としているわけじゃない。お酒やギャンブルで身を滅ぼす人もいるかもしれないが、それは単に、期待と惰性による過剰摂取に過ぎない。すべての旨み、良いとされるものには中毒性がある。というか、中毒性のあるものをよいものと認識する脳みそを我々は有している。ギャンブルがいけないといっても、すべてのゲームにはギャンブル要素があり、ゲームのない世界には、人間はたぶん住むことができない。狩りも異性選びも住居の選択も、選ぶことじたいがギャンブルなのだ。
 その後で、神について語った。りんぼさんは、神と悪魔は一人が裏と表のように演じない限り、成立しないゲームだ、というようなことを言った。悪魔は神を常に監視している。でなければ、すべてを見通す神の目をかいくぐって、悪さをすることなんてできない。それはある種のパラドクスだ。エピメニデスのパラドクスは知ってるかな? りんぼさんそう言った。
 エピメニデスは言った。「クレタ人は嘘つきなのだ」と。が、ここで問題が生ずる。このエピメニデスという人自身がクレタ人だからだ。嘘つきが言うことは、もちろん嘘であり、「クレタ人は嘘つきだ」という言葉すらも嘘になってしまい、無限ループに入る。神と悪魔の関係もそれに似ている。りんぼさんはそんなことを言った。
 ……どうして僕はこんなことを考えているのだろう? この引き延ばしRTはどれくらい続くんだろう?

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「師匠」梅崎さんはもう一度言った。
 ふいに、目の前にいる殺し屋と、りんぼさんが重なった。殺し屋、死の運び屋、人を不幸にする仕事。
「そうか。梅崎さん、あなたがりんぼさんだったんだ」
 自分でも何を言っているのかわからなかったが、そう思ったのだった。
「違いますよ」梅崎さんは否定した。「師匠の目が、田所班長と繋がってたんです。だから、あなたは、酔っ払わないという約束をした。酔ってしまったら最後、あなたの見ている世界を覗けないから。今からそれを断ち切ります」
「どうやって?」
 梅崎さんは僕の質問には答えず、僕の髪を左手で掴んだ。いよいよ最期だ、と思った。不思議と怖くはなかった。約束を破ったのは僕なのだ、という諦念があった。それに、他の人ならいざ知らず、梅崎さんだ。プロなのだ。すんなりと僕の人生を終わりにしてくれるだろう。同じ人間の手で葬られるのだから、向こうで太郎に再会することもあるかもしれない。梅崎さんは、左手で僕の髪を掴んだまま、手に持ったナイフを僕の首筋に当てた。その刹那、生暖かいものが僕の首から噴出した。変化したのは、痛みというよりも視神経だった。とても明るいのだった。何となく、死は暗いものだと思っていた。真っ暗闇から明るい場所に出てくることが生まれるというイメージだったから、明るい場所から暗い場所に戻るというのが、死のイメージだった。が、とても明るい。いや、むしろ太陽を直視してるみたいにまぶしいのだった。
 あまりにまぶしいので、僕はサングラスをかけることにした。ここはどこだ? 僕は車の中にいた。どこまでも続く一本の道、見渡す限りの荒野だ。小さい頃に見た、アメリカンニューシネマの世界だった。胸が躍るような音楽が流れていて、僕は助手席に、運転席には相棒がいる。
「どこを目指そうか?」彼は言う。
「フロリダまで行こうか」僕は言った。
 真っ赤なオープンカーは、真っ直ぐな道を進んでいく。いつかどこかで同じような経験をしたような気がした。あれはどこだった?

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 そうだ。あれは24歳の頃だった。運転席でハンドルを握るのは太郎。薄汚れたジーンズにライダースをはおった僕の相棒。僕と相棒に職はない。無職ではあるが、収入はある。ある程度の貯金もある。どこから収入を得ているか? パチ屋からだ。スロットを打って、だ。
「おいサダオ、おまえ、またゾーン入ってんぞ」
 僕が黙って考え事をしていることを、相棒はゾーンと呼ぶ。頭が悪いからだろう。僕はこんなに口が悪かったか? たぶん、若かったのだろう。スロットを打って得た金で共同購入した黒いステップワゴンの車内には、湘南乃風の「純恋歌」が流れている。
 2006年。それは、膨大な数の機種が消え、北斗SE、秘法伝の登場したパチスロにとって暗黒の入り口の年だった。そして、佐和に出会った年だった。
The Golden Age
 黄金時代という言葉があるが、パチスロにとってのそれは、アステカ、大花火がデビューした1999年から、初代北斗が登場し、コンチ、金太郎、GODなどが検定取り消しになった2003年までだと思う。どれだけお金を使っても、それ以上のお金が手に入った。それはさながら、人類の追い求めた永久機関か錬金術だった。しかしこの地上においては、永久機関は夢、錬金術は幻に過ぎない。夢や幻に回収機能は存在しない。雪だるま式に膨らんで、現実の介入で打ち切られる。いつでもそうなのだ。2004年、北斗の人気が異常なほどに加速し、今までもこれからも決して塗り替えられることのない宇多田ヒカル的セールスを記録。2005年、番長がデビュー。2006年、それまでパチ屋の中の風景になっていた機種たちが撤去され始める。吉宗が消える。北斗が消える。
 そう、泡は弾け、夢が覚める。2007年には4号機以前のすべての機種が粛清された。その後も、スロットは堅実に稼ぎになったが、あの熱狂は帰ってこない。
 ただ、僕の人生に限ってみれば、1号機も2号機も3号機も4号機も、AタイプもBタイプもCタイプも(そしてナイツも)、裏モノも、そして太郎も佐和も同時に存在していた2006年は、黄金時代だったのかもしれない。
 ……2006年? 僕は2015年のアメリカにいたのではなかったか? どうして2006年なんだ? 夢か? 古典的にほほをつねってみるが、痛みよりも、自分の肌がツルリとしていることに違和感があった。
「なあ、太郎」僕は言った。
「ん?」
 僕が太郎と呼んで、太郎が「ん?」と返す。それはそれまで何度となく繰り返された、そして二度と叶わないと思っていたキャッチボールだった。
「どうした?」ハンドルを握る太郎は怪訝な顔で言った。
 僕は思わず目を伏せた。「……なあ、今年って2006年で間違いない?」
「うん」気のない返事を太郎は返す。
「どこ向かってるんだっけ?」僕は言う。
「パチ屋に決まってんだろ」
「何打つんだっけ?」
「は?」太郎は僕の顔をまじまじと見て言った。「抽選次第。おまえが言ったんだろ」

つづく
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