遅ればせながら、カズオイシグロさんのノーベル賞受賞をお祝いしたい。おめでとうございます。

寡作な作家とはいえ、私の手元にある小説は「日の名残」と「わたしを離さないで」のみであり、熱心な読者とは言いがたいが、カズオイシグロという人物について思うとき、思い出すのは、ドラゴンボールというマンガに登場する、地球の神様である。

若き日の彼は(無性生殖で個体を保存しているため、男っぽく見えるものの、実際には性別はない)、異常気象が起きたナメック星から、宇宙船に乗って難民のように逃れてきた。
親から言われたのは、「後で迎えに来るから」というような言葉だった。若きナメック星人は、来る日も来る日も、その言葉を胸に、来るべき迎えを待った。若き日の神様が降り立った地は、ユンザビット高地。地の果てと言われ、食べるものもなく、とても人間が快適に生きていくにはふさわしくない土地だったにもかかわらず。はたして、迎えは来ず、若きナメック星人は地球を放浪し、紆余曲折を経て、ついには地球の神様になったのだった。

カズオイシグロは、5歳のとき、父親の仕事の都合で、長崎からイギリスに引っ越している。カズオ少年が言われたのは、「来年こそは日本に帰る」という言葉だった。はたして、カズオイシグロは、一度も日本の土を踏むことなく大人になり、紆余曲折を経て、小説を書き始めた。

若き日のカズオイシグロの引き裂かれた心について、正確に思いを馳せるのは無理があるが、幼年期、揺籃期の不安は、37歳になった今でも、私の中にありありと残っている。それまでの私の傍らには、常に母がいた。しかしその陽だまりのように心安らぐ環境は、幼稚園に通う段になって、劇的に変化した。知らない大人、知らない子供、その集団の一員として過ごさなければいけない。ほんのひと時、母親から引き離されるだけで、心はひび割れ、さざなみが生まれてしまう。いわんや、カズオ少年は、言葉も食べるものも天候も別の環境に適応しなければいけなかった。並大抵のことではない。しかし、人間は、そこがどこであれ、どんな場所にも、適応しなければいけない。するのではなく、しなければいけない。過去を振り切っても、現在を掴まなければいけないのだ。それでも、残るものがある。

カズオイシグロは言った。
「記憶は、死に対する部分的な勝利だ」と。
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