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パチスロ必勝ガイド、パチスロ必勝マガジン、パチスロ必勝本、という例を出すまでもなく、「勝ち方」は商品になる。需要があるのだ。無論、人間はみな、勝ちたい。が、勝ちたい人は、負けを受け入れる余裕がない。おそらくは、ここに人間の脳の欠点がある。

人間は、勝ったときよりも、負けたときの方がダメージが大きい。イライラするたびに台を殴ったり、誰かにあたったり、酒に逃避していては、身も心もしんどい。であるならば、「勝ち方」よりも、「負け方」を覚えることの方がずっと大切ではないだろうか? 

実も蓋もない話、勝ち方とは、この状況下でのみ有効、というものが多い。あるパチスロ台が、600ゲームから打って期待値2000円あったとして、300ゲーム、200ゲーム、100ゲームという台しかなければ使えない。そもそも、その「勝ち方」の大部分は、運に依存しているのだ。反して、「負け方」というものは、汎用性がある。運があっても、なくても、いつ、いかなるときも、使える。

この場合、600ゲームから打てと命ずるのが「勝ち方」だとすれば、600ゲームを下回れば打たないと選択するのが「負け方」である。600ゲームからの最大投資金額、勝率、マイナスに振れたときの心のダメージを正確に把握し、いざその事態が起きたとしても、すっと席を立つのが「負け方」である。「勝ち方」を指標にするのか、「負け方」を指標にするのか。まこと逆説的であるが、私は、後者こそ、生き残るために必要なことだと思っている。

イチローが、日米通算ヒット4000本という金字塔を打ち立てた際に、こう言った。
「4000のヒットを打つには、僕の数字で言うと8000回以上は悔しい思いをしてきている」
野球では、バッターは、3割を打てば成功者である。成功者ですら、7割は失敗するのだ。その高確率といえる7割をどう過ごしたか。どう失敗したか。ただバットを振り回すだけでは手に入らないこの姿勢をこそ、私は「正しい負け方」の指標としたい。
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