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パチ屋通いの童貞と、ホスト狂いの処女の物語♯13 


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 ……うーん、気軽に聞いて、悪いことをしたかなあ。

 でも、聞いたからには責任があるよね。麦茶を飲んで(こいつんちの麦茶は妙にうまいんだよな)、心を落ち着かせて、そして言った。「そんなんおまえ、職業差別はダメだって」

「職業じゃないですよね、ホームレスって」ニックは表情を変えずに言う。

「何か理由があるかもしれないじゃん。人を殺したって、理由いかんによっては無実になることもあるんだし、その現象だけで、何かを決めつけるのはよくないって」

「ニーナさんは寛容なんですね」
「さん」
「すいません。つか、父親って何なんですかね」

「諸悪の根源?」

「……諸悪の根源に会いたいと思わないんですけど」
「でもヤマピーにとっては財布らしいし、会ってみないことにはわかんなくね?」

「急にそんなやつがいるって言われても、母親にわたしが死んだらお願いとか言われても、どうしたらいいかわかんなくて。その話を聞いてから、ずっとそのことばっか考えちゃって」

「よし、うちがついてってやる。会いに行こう」

「いいっすよ」ニックは首を横に振った。「会ってもしょうがない」

「行こうぜ。もしかしたら何かわかるかもしれないじゃん」

「わかったところでおれどうすりゃいいんですか。そんな父親……」

「ちげーって、そうやってウダウタ考えないために会いにいくんだって。でさ、その親父がクソヤローだったらもう会わなきゃいいだけの話で」

 自分のことだとウダウダしてるくせに、人のことだとずばずば言えるんだな、わたしは……。


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 確かに、どうしておれはこんなにもウダウダ考えてしまってるんだろう? ニーナのことが好きだということは、歴史の教科書に載せてもいいくらい確かなことなのに、そのニーナが目の前にいるというのに、おれはどうして今まで見たこともない父親なんかのことを考えているんだろう? ヤマピーさんとのことで後ろめたさがあるからか? それはあるかもしれない。でも、不可解だった。

「この手の傷、何?」ニーナがおれの手を掴んで言った。
「ああ、これは中学んときにみんなで根性焼きって」
「お酒の一気とかもそうだけど、人間が自分のことを傷つけようとするときは、大抵、他人に認めてほしいから、らしいよ」
「どういうことですか?」
「わかんない。何かの本で読んだ」
「ニーナさん、そういうの多くないですか?」
「さん」
「ニーナそういうの多くないですか?」
「そういうのって?」
「誰か、とか、何か、とかあいまいな感じで濁すことが」
「何かうち、あれなんだよね。本読むの大好きなんだけど、覚えらんないんだよね。部分的にしか覚えられないというか。だから誰の本? とか言われてもわかんないの。どこかで読んだのは覚えてるんだけど」
「何か可愛いっすね」
「は?」
「うん。可愛い」
「とにかく」ニーナは怒ったような声で言う。「考えてもしょうがないことを考えてもしょうがなくない?」

「そう、なんですけど」

「それでも考えてしまう。それは、そのことがあんたにとって避けては通れないことだからでしょ」

「考えたくないんですよね、正直」

「だから余計なことを考えないために、現実を直視しに行くんだよ」
「……」  

「どうすんだよ。行くの? 行かないの?」

「行きます」
 
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「ニック、この帽子、あんたのメットインに入れてくんない?」

「いっすよ」 

 ヘルメットをかぶり、わたしたちは駐輪場番号27と29から出発した。

「浦安駅だっけ?」

「はい」とニックが返す。

 夜の甘やかな香りを鼻から吸い込んだ。雨は降っていない。梅雨ももう終わりかな。カーディーラー、ファミリーレストラン、コンビニエンスストア、ツタヤ、ラーメン屋、面白みのある風景ではない。目を閉じると、たちまちどこに何があるか忘れるくらい特色のない、日本全国どこにでもありそうな街並み。

 眼前にはおじいちゃんが運転するトヨタのセダンが、制限速度以下のスピードでノロノロ走っている。だけど別にかまわない。わたしたちは別に急いでない。痺れを切らした何台かの車が、対向車線に乗り出してわたしたちを抜き去り、おじいちゃんのセダンを抜こうとして、対向車線の車が視界に入ったのか、あわてて元の車線に戻ってきた。どうして男ってバカなんだろう? こんなところで1台抜いたって何がどうなるわけでもないのに。
 赤信号でとまった。 

「もしかしてさ」と言ってみる。「緊張してる?」

「わかんないです」

「うち、ちょっとドキドキしてきた」

「どうしてですか?」

「だってさ、何かワクワクするじゃん。初対面なんでしょ。そこから親子の友情が芽生えて、息子よ、父よ、うわーって」

「ないない」

 信号が変わる。アクセルを回す、ギアチェンジをする。ガコン。ガコン。わたしは目一杯アクセルを開ける。が、それでもニックの原付のほうが速い。ニックの原付は常にわたしのカブの右前方にいた。何だよ。でも、こっちの方が燃費はいいんだから。……変なところで張り合いたいわたしは、車を抜かしたい男たちと大差ないのかも。

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 しゃらくせえと心が喚く。
 浦安の駅前は、束の間の休息を取る人たちで賑わっていた。ニーナとおれは、駅前から少し外れたコンビニの前に原付を停め、店内に入った。ニーナがファッション雑誌を読んでいるうちに、ペットボトルの緑茶を買い、外に出た。緑茶をごくごくと飲む。少し間を空けてニーナが出てくる。「一口ちょーだい」

「どうぞ」

 ニーナはゴクンと緑茶を飲んで言った。「さ、捜索開始」


つづく 
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