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パチ屋通いの童貞と、ホスト狂いの処女の物語♯10


小説の途中ですけど、まえがきを



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 ヤマピーは、去年まで、わたしと(ニックと)同じマンションに住んでいた。

 彼女の両親は父親の浮気が原因で離婚して、母親はさっさと再婚し、ヤマピーは父親とふたりで暮らすのが嫌で、以来、父親に家賃光熱費と生活費を出してもらって、この1Kのアパートにひとりで住んでいる。

「なあ、ヤマピー、これから、つうか、人生、どうするよ?」

「ん?」

 ぐびぐびとチューハイを飲んだ。「よくわかんねえけど、何か、このままだとうち、やばいような気がする」

「たしかにキャバ嬢ってリミットあるね。二十後半できつい。だからその前に、キャバ→おっぱぶ→ヘルス→ソープって感じでこなして金貯めて、三十までに結婚か、でもなきゃ独立ってのが黄金ルートなんじゃね?」

「独立って何から独立? この支配からの?」
「卒業♪」ヤマピーは笑う。「いや、卒業はねえだろ。クラブとかじゃない? クラブのママ。他の水商売に比べてたぶん一番開店コストが安い。まあぶっちゃけ、甲斐性ある人と結婚できちゃえばいいんだろうけど、そんな時代でもないし、あんた無愛想だもんねえ、口悪いし、花嫁的な素養も特技も何もないし」

「いや、あんたに言われたくないし」

「つうかさ」ヤマピーはポテトチップの袋をびりびり開けながら言う。「あんた、今のキャバでちゃんと働けてんの?」

「働けてない」うん。働けてない。チューハイを飲む。「指名とかもらったためしないし、営業メールとかもしたことない。ヘルプ専みたいなこともできないし。このままばっくれても、店から電話かかってこなそう」

 ぐびぐびとチューハイを飲む。

「悲しいことだけど、全世界的な傾向として、若い女性がさ、資格とか技術、何もないでだよ、一番時間効率よくお金を稼ぐ方法はやっぱり売春だって、偉いっぽい人が言ってたよ。身の安全を確保する担保がないと、死に直結する場合もあるけど、って」

「偉いっぽい人って誰?」

「うちが昔お水やってたときのお客さん。どっかの大学の教授かなんか」

「あんたがもう少し痩せてた頃のことね」

「うっせえし」

「つかありえないんだけど。効率? そいつの言ってることクソじゃん」

「でもさ、ソープで働いてる子に出会ったことがあって、その子は売れっ子で、九十分で一万八千円もらってるんだって。一日三人客を取ったら五万四千円。実質四時間半でだよ。基本的には奉仕するだけだからピンサロとかよりよっぽど楽って言うよ。あんた時給いくら?」

「三千円」

「八時間で二万四千円か。単純に比較はできないけど全然違うよね。まあソープの仕事は特殊技能でもあるからなあ。サービス精神が必要だろうし。不器用なあんたには向いてないかも。つうか、今のあんたがたとえばコンビニでバイトするとしたら、せいぜい時給千円くらいでしょ、今でも充分もらってるっちゃもらってんだよね。普通のバイトだと週三なんかじゃそもそも雇ってもらえないし」

 耳痛い、頭痛い。「あのさあ、うちじゃなくて、あんたの話をしてるんだけど」

「だからうちはいいんだって。親父の財産を食い潰す。大した財産もないけど、母親は母親でダンナつかまえてよろしくやってるし、浮気相手に逃げられた親父には、うちの他に遺産を残す相手もいないし。もちろんそのあとのことはわからないよ。でも、適当に死ぬっしょ。もう夜の世界も社会にも混じる気がしない。勉強もしたくねえし、人生がどうだとか、うちはもう考え飽きたんだよね。正直」

「クズだな、マジで」

「まあねえ」

「ヤマピー昔そこそこ勉強できたのに、もったいなくない?」

「何がもったいないの? うちは今の生活けっこう満足してんだけどな。時々彼氏がセックスをしにここに来て、それ以外はほぼ毎日あんたが来て、好きなときにお菓子食べて、好きなように寝て、起きて、テレビ見て。あんまり不満がないんだけど。つうか、唯、チューハイ取って」

 冷蔵庫から缶を取って、渡す。チューハイを飲み下しながら、わたしは言う。
「思うんだけど、今ここに、一億円とか二億円あって、好きなように使っていいよって誰かに言われても、悩みは消えないようんが気がする。つうか、その状況が考えられないっつうのもあるけど。でもたぶん、そういうことじゃないんだよ、何て言うのかな」

「中坊じゃねーんだから、もっと現実を見なさい」

「現実を生きてないヤマピーに言われたくないんだけど」

「世間で言われてる成功者とかって人は、まず第一に、やりたいことがあるんだよ。最初から。もしくは自然と見つけちゃうんだよ。見てる世界が違うっていうか。唯、あんたそういうのある?」

「……ない、かなあ」映画が好きなことは、ヤマピーにも言えなかった。

「でしょ? 信じれば夢は叶うとか、努力すれば道は開けるとか、たぶんそのとおりでさ、信じられない人とか、努力できない人はどうしようもないんだよね。結局は生まれた段階で、お金持ちであるか、容姿端麗であるか、もしくは何かしら特別な才能があるか、あるいは情熱があるか。それがない人間はどうにもならん。以上」

「実も蓋もないこと言うなよ」

「だってそうじゃん。あんたに何があるよ?」

「何もない」

「でしょ」

「でも、何かあるような気もする」

「何が?」

「わからないけど……」

「でも、何かあるような気がするなら、あるのかもね。うちにそんな感覚ないもん」

「ほんと?」

「別に褒めてないよ、ぜんぜん。あんたはお金持ちの娘じゃないし、容姿端麗でもないし、何かの才能があるようには思えないし、うちには見えないってだけで」

「は? そこそこ可愛いし」

「化粧下手だし、髪ぼさぼさだし、プリンだし、胸ないし、ずっとジャージだし、変なメガネずっと使ってるし、きたねえスリッパ履いてるし、靴下穴開いてるし、どこが?」

「心」

「それ、どこ?」

 ぐびぐびと、チューハイを飲んだ。空になった。

「ニックが好きって言ってくれたもん」

 自分で言いながら、気持ち悪いやつだな、と思う。だいたいニックなんて、ずっと同じマンションに住んでいたとしても、はっきり認識したのは昨日のことなのだ。冷蔵庫を開けてみたが、ビールしか残ってなかった。

「ヤマピー、酒買いにいかね?」

「いいよ。てか出たり入ったりすんのめんどいから、飲み屋行こうぜ。腹減ったし。昨日親父からこづかい振り込まれたからおごったげるよ。ニックに手を出してごめんなさいっていうのも込めて」

「そんなん込められても許しませんけど」

「男の体なんて減るもんじゃねえって。あいつらの精子ってほぼ無限なんだぜ? シェアってやつでよくね? 共有財産みたいな感じで」

「よくない」


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 雨は止んでいた。

 街道沿いの、朝までやってる焼き鳥屋に入る。駅から大して近いわけでもないのに、飲酒運転が名実ともに禁止された世の中で、それでもこんな時間に客が入っているのはすごい。

 ヤマピーはビールを、わたしはウーロンハイを注文した。すぐに出てきたドリンクで乾杯した。すかさずヤマピーが料理を頼み出す。トリワサ、トリレバサシ、ナンコツカラアゲ、ツクネ(たれ)、ネギマ(塩)、牛串(塩)、豚串(塩)……。

「何か、久々にコンビニ以外の場所に入った気がする」ビールを勢いよく飲んで、ヤマピーが言った。

「それやばいって」

「ヒッキーにとってはあたりまえのことだけど?」

「あんた別に、外に出られないとかじゃないじゃん」

「どうでもいいけど生うめえ。そろそろ夏だなあ。やな季節だけど、てか大嫌いな季節だけど、ビールは夏が美味しい」

「ビールの美味しさがわかりません」わたしは言った。

「唯はお子様だかんな。そのうちわかるっしょ。つか今思ったんだけどさ、さっきの話の続き。成功者と、失敗者? そんな言葉ねーか、敗北者? そのせいで犯罪に走るやつとか、よく考えたら紙一重じゃね? 才能とか、容姿端麗とか、その根拠のない自信みたいのがもしなかったら、人間は勝負に出ないもん。つうことはさ、やっぱお金を持ってるってのが、一番安全ってことなんじゃないかな、とか思うんだけど」

「じゃあ、お金がない時点でダメってことじゃん」

「うん」

「話終わっちゃうじゃん」

「要は勘違いすんなってことよ。身の程を知れっていうか。つうかうち、そもそもアイドル目指してますみたいな女が一番嫌いじゃん。まあ男も女もそうだけど。何なのアイドルって? キモくね。ただのオナニーの対象のくせに」

「あんた大昔、エックス好きだったじゃん」

「好きだったよ。だってアイドルじゃねーもん。バンドじゃん。アーティストじゃん。つか母親の影響だし。何つうのかな、容姿が整ってもいない、歌もうまくない、ダンスがすごいわけでもない、演技ができるわけでもない、体張ってもいない、何があるわけでもない人間がチヤホヤされるのが嫌なの」

「アイドルって普通そんなもんじゃない」わたしはなぜかアイドル側に立って反論していた。「逆に、何もないのにチヤホヤされるってすごくない? それは何かあるってことなんじゃないの?」

「知らね。そうかもね。すいませーん。生、お代わりくださーい。ほら、唯も食べな」

「うん」

「そういやさ、唯、あんたあのホストとどうすんの? 続けんの無理じゃない? いいかげん」

「そうなんだよね。うちの中では終わったっつうか」

「マジ? 何きっかけ? やっぱセックス?」

「それもそうだけど、週六で働いてくれとか言われて」

「はい、アウトー。やっぱそうか。それ彼女じゃないじゃん。最初から。ぶっちゃけさ、あんた貢いでたっしょ。バレてるからもう言いなって。だっていくら週三しか働いてないとはいっても、あんた金なさすぎだもん」

「……」

「で、何、もしかして、働くみたいなふりしてセックスを迫ったの? もしかして」

「……」

「マジかよ。最低だな。最低で、最高だな。超詐欺師。いいじゃん。やってやったじゃん。今まで散々貢いだんだから、そんなん気にすることないよ。それに、あんまりよくなかったんでしょ?」

「痛かった。でも、たぶん、前戯とかはうまかったと思う」

「まあ、そんなやついっぱいいるって、ニックを仕込めばいいんだよ。若いからすぐだよ、すぐ」

「ニックとはそういう感じじゃない」

「何? もっとピュアだって? キモッ。でも、すげえな。うちには無理だわそんなん。何、何、金、直接渡したりするの?」

「封筒には入れるよ?」

「フハ。そんなんどうでもいいわ。マジか。やっぱそういう人いるんだ。しかもこんな身近に」

「ヒいた?」

「ヒいた」

「やっぱヒくよね」

「ヒく。でも、目が覚めたんだからいいんじゃない。ん? ちょっと、やばい! 思いついた」

「何を?」

「金よりも大事なのあるじゃん」

「何?」

「愛は金では買えない」

「何、それ」

「低額だと買えないし、高額だとサめる。名言誕生じゃね? これ」

 上機嫌のヤマピーは、頼んだ料理を、ことごとく平らげた。次々とビールのジョッキを飲み干した。わたしはおごられる身分なので控えめに、ウーロンハイをうじうじ飲んだ。ヤマピーはいつになく饒舌だった。

「つうかマジで、恋愛ってすげえな。金よりも好きって気持ちのがでかいわけでしょ。だから稼いだ金をあげちゃうんだろうし。でも、あんまりにもその要求が大きくなると、さすがに無理ってなる。やってあげるのはいいけど、やれって言われるのは嫌っつうか」

「うん、たしかに。そんな感じかも」

「ニックが言ってたさ、アイス理論あるじゃん。あれホントかもね。うち別に可愛くもないし、デブだし、でも、男とふたりっきりになったらほぼほぼそういう関係になったよ。今まで。全員がうちのこと好きだったわけないじゃん。あんたの相手はさ、インポって言ってたけど、それが事実かもしれないけど、仕事だって割り切ってるから、あんたに手を出さなかったってのもあるんじゃないの? 仕事の最中にアイス食べるわけにはいかないっていうか」

「そうなのかも。なんか、変な薬みたいなの飲んでたし」

「……バイアグラ?」

「わかんないけど」

「別れて正解でしょ。別れてっていうか、向こうからしたらそもそもつきあってないんだろうし。もう会わないほうがいいよ。正解というか、ゴールがないもん、その関係には」

「うん」

「あとはニックとの問題だよね。でも、本当にセックスなんて気にしなくてよくね?」

「だから手を出したおまえが言うなって」わたしは言う。「またイライラしてきた」

「だからごめんて」

「うっせえ」

「てか、どうすんの」

「どうするって?」

「ニック、いいやつっぽいぞ」

「だから?」

「つきあってやれば。で、時々貸して」

「ふざけんな」


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 クーラーが寒すぎて、目が覚めてしまった。そうだ。朝方まで飲んで、そのままヤマピーの部屋に泊まったのだった。

 クーラーを止めると、ヤマピーはむくりと起き上がり、暑いと言って、親を殺す勢いでクーラーのリモコンをわたしからぶんどって、最低温度に設定し、再び寝た。

 寝てられないのでテレビをつけてみたものの、特に見たいものもなく、音量を下げ、チャンネルをぱちぱち変えながら、CMだけを追いかけた。うううう、寒い。設定温度を少し上げ、ヤマピーが起きないように、徐々に温度を上げ、最終的にドライにした。それでも充分涼しくて、というか、寒くて、ヤマピーの服をはおった。
 テレビではCMが流れていた。

「お父さん、大好き」と、少女が父親らしき男性のもとに駆け寄った。父親は娘の姿をカメラで写す。「ねえ、撮って。もっと撮って、もっともっと」

 こんなものを見て、よし、カメラを買おう! と思う人間なんているのだろうか? でも、いるのか。いるであろうから、CMがあるのか。そうか。

 あの少女が年を取って、子どもができて、その子にあの写真を見せるだろうか? まあ、過剰な自意識の持ち主なら見せるかもしれない。でも、その子どもが子どもを生んで、自分の祖母の写真を我が子に見せるだろうか? その子どもは? そのまた子どもは? 子々孫々、その写真を残すのか? 

 残ればいいが、ものごとには大抵、期限がある。そう考えると、すべてのCMがホラー映画みたいに見えてくる。期限をあせる企業の悲痛なスクリーム、怨念めいて見えてくる。

 こんな寒い部屋で、納涼体験をしていてもしょうがないので、テレビを消して、ヤマピーを起こさないようにこっそり帰ることにした。

「昨日はごちそうさま」宅配ピザのチラシにマジックで書き、横にドラえもんの下手な絵を添えてコタツの上に置き、サンダルを履いて外に出た。

 もわっと暑かった。寒いだとか暑いだとか、感覚器が忙しい。どんより曇ってはいるが、雨は降っていない。ヘルメットをかぶり、カブにまたがり、エンジンをかけた。

 いつもより道が混んでいるように思えた。それでも五分くらいでマンションに着いた。ふたつ隣に、ニックの銀色のスクーターが停まっていることにホッとした。
 何でだろう?

つづく

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♯11は8月17日午前11時にアップします。寿